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法律相談

2020年10月13日

Q.アフターコロナ時代の人事採用 〜シンガポールにおける遠隔採用の法的留意点①〜

【ウォッチリスト対策や就労ビザ対策の一案としてのリモート採用】

 2020年8月27日、外国人の就労ビザに関する内容が変更され、特にEP(Employment Pass)取得の際に要求される最低基本月給が大幅に引き上げられました(関連ニュース12)。また、従業員の国籍が偏っている会社には、警告がなされる運用も始まりました。
 
 シンガポール人の雇用に消極的と判断された企業が分類される「ウォッチリスト」に関するご相談も最近増加しており、多くの日系企業が人事制度の根本的な見直しの必要性に迫られています。日本人が担っていた業務をシンガポール人に任せていくことが重要になりますが、どうしても日本人でなければできない仕事もあるはずです。このような趨勢の中、EPを取得しない勤務形態、すなわちシンガポール国外で就労する日本人を採用する「遠隔採用」に乗り出す会社も増えてきました。以前、シンガポール国内でのリモートワークに関するコラムを執筆しましたが、今回は、シンガポール国外で就労する従業員を、シンガポールから遠隔採用する際に生じる法律問題について、解説します。
 

準拠法の合意とは

 Q. 弊社(シンガポール法人X社)は、シンガポールでのEP取得者を減らすため、日本に居住している日本人Yさんを採用して、シンガポールの仕事を日本の自宅やオフィスからリモートワークで行ってもらいたいと考えています。Yさんと雇用契約書を締結する際、「この契約に適用される法律はシンガポール法とする」というような記載をすることはできますか。
 
 A.「この契約に適用される法律はシンガポール法とする」という規定は、準拠法規定と呼ばれています。準拠法とは、当事者が締結した契約関係や、これに基づき生じる契約内容の解釈の紛争などを規律する法律のことをいいます。一般的な契約書において、「準拠法をシンガポール法とする」という規定が定められていた場合は、原則として、シンガポール法によって契約内容を解釈することになります。本件において、X社がYさんを雇用する場合の雇用契約書においても、一般的な契約書と同様、「準拠法をシンガポール法とする」と記載することは可能です。

 

残業代に関する法律内容

 Q. Yさんの給料を月給約60万円と定めました。日本法に従うと、弊社(X社)はYさんに残業代を支払わなければならないようですが、シンガポール法では、残業代を支払わなくてもいいと聞きました。雇用契約書の準拠法をシンガポール法とした場合、今回採用する予定のYさんに対して、残業代を支払う必要はないと考えていいでしょうか。
 
 A. 日本法によると、給料額にかかわらず、従業員が残業(1日8時間・週40時間を超える労働)をした場合には、従業員に残業代を支払わなければなりません。他方、シンガポール法によると、月額給与4,500Sドル以上のいわゆるブルーカラー職(workman)や、月額給与2,600Sドル以上のいわゆるホワイトカラー職(non-workman)の従業員に対しては、契約書に明記がない限り、原則として残業代を支払う必要はありません。
 
 つまり、X社は、Yさんに対して、日本法に従うと残業代を支払わなければならない一方で、シンガポール法に従うと月額給与が2,600Sドルを上回るため、残業代を支払う必要はないということになります。

 

残業代支払いの場面で適用される法律

 それでは、本件のように、従業員が日本で就労するような場合であっても「準拠法をシンガポール法とする」と契約書に記載をすれば、残業代を支払わなくてもいいのでしょうか。

 
 原則として、「準拠法をシンガポール法とする」と定めた場合には、シンガポール法に従って契約書を解釈することになります。

 
 しかし、本件のように、従業員との間で雇用契約を締結する場合には、例外があります。法律で明文の規定はないものの、労働者の保護を目的とする絶対的強行法規と呼ばれる日本の法律、例えば、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法等は、仮に雇用契約書において「準拠法をシンガポール法とする」と定めた場合でも、日本国内で就労する従業員に対して適用されると考えられています。これは、せっかく日本法で日本で就労する従業員を保護するために様々な規定を定めたにもかかわらず、従業員が外国法に従わざるを得ない状況になってしまうと、日本法で労働者を保護した意味がなくなるので、このような状況を防止するという趣旨です。
 
 したがって、本件のように「準拠法をシンガポール法とする」と契約書に記載した場合であっても、Yさんが日本で就労している以上、X社は日本法に従い、Yさんに対して、残業代を支払わなければなりません。
 

シンガポール以外の国で遠隔採用する場合

 Q. それでは、弊社(X社)が日本及びシンガポール以外の他国で就労予定のZさんを遠隔で採用する場合には、どうなりますか。
 
 A. 基本的な考え方は、Yさんのケースとおおよそ共通していると考えられます。つまり、他国を就労場所として従業員を採用する場合は、残業代などが定められている絶対的強行法規と呼ばれる法律に関しては、その就労予定の国が定めた法律に従い、雇用契約書が解釈されることになる可能性が高いといえます。そのため、就労先の国の法律を確認することが必要です。
 
 国境をまたぐ従業員の採用の場合には、複数の国の法律が複雑に絡み合うため、国際私法に詳しい専門家にご相談ください。
 

日本法弁護士・シンガポール外国法弁護士 山本裕子

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