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法律相談

2020年12月11日

Q.アフターコロナ時代の人事採用 〜シンガポールにおける遠隔採用の法的留意点②〜

ウォッチリスト対策や就労ビザ対策の一案としてのリモート採用

 今回は、シンガポールでEP(Employment Pass)の取得が厳しくなる中、EPを取得しない採用形態、すなわち、シンガポール国外で就労する従業員をシンガポールから遠隔採用した場合に生じる法律問題について、前回に引き続き解説いたします。
 

解雇に関する法律内容

 Q. 弊社(シンガポール法人X社)は、日本で勤務するYさんを遠隔採用しました。ところが、Yさんは期待されたパフォーマンスを果たさなかったため、Yさんを解雇したいと考えています。シンガポール法によると、日本法と比べ簡単に解雇できると聞きましたが、本当ですか。
 
 A. はい。日本法と比べた場合、一般的にシンガポール法の方が容易に従業員を解雇することができます。日本法では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定されており、解雇には「合理的な理由」が要求されます。他方、シンガポール法では、解雇に「合理的な理由」が存在しない場合でも、解雇予定日の1カ月前に本人に通知をすることで従業員を解雇することが可能です。そのため、日本法よりもシンガポール法の方が、容易に従業員を解雇することができると考えられています。
 

解雇の場面で適用される法律

 Q. 弊社(X社)とYさんとの間の雇用契約書には、「準拠法をシンガポール法とする」と記載されています。弊社は、当該雇用契約書の規定に従い、1カ月前に解雇の予告通知をすることで、Yさんを解雇することができると考えてよろしいでしょうか。
 
 A. 前回のコラムでは、「準拠法をシンガポール法とする」と契約書に記載した場合であっても、絶対的強行法規と呼ばれる日本法(残業代などを規定する労働基準法等)については、日本国内で就労する従業員に対して原則的に適用されることを解説しました。
 
 しかし、従業員の解雇に関する法律は絶対的強行法規ではありません。そのため、解雇の効力を争う場面では、残業代の支払いの場面のように就労場所の法律(本例題では日本法)が原則的に適用されるのではなく、雇用契約書に明記されている準拠法(本例題ではシンガポール法)が原則的に適用されます。ただし例外として、従業員が就労場所の法律(本例題では日本法)の適用を主張した場合には、就労場所の法律が適用されることになります。つまり、従業員が、契約書に記載された準拠法(本例題ではシンガポール法)と就労場所の法律(本例題では日本法)を比較し、就労場所の法律が自分にとって有利であると判断すれば、その法律の適用を求めることができ、反対に就労場所の法律が自分にとって不利であると判断すれば、その法律の適用を求めず契約書に記載された準拠法の適用を求めることもできます。このように、法律は、従業員に選択権を与え、企業に比べて立場の弱い従業員をできる限り保護しようとしているのです。
 
 本件において貴社は、原則として、雇用契約書に準拠法として規定したシンガポール法を適用することができます。しかし、Yさんが就労場所である日本法の適用を求めれば、日本法が適用されることになります。つまり、Yさんが日本法の適用を求めた場合、貴社はシンガポール法を根拠にYさんを1カ月前の解雇予告により解雇することができず、日本法が要求する解雇についての「合理的な理由」が必要となります。
  

最密接関連地の判断方法

 Q. それでも、弊社(X社)はYさんを1カ月前の解雇予告によって解雇したいのですが、他に方法はないのでしょうか。
 
 A. 貴社が、Yさんとの雇用契約について「最も密接な関係がある地の法が日本法ではない」という証明ができれば、1カ月前の解雇予告によってYさんを解雇できる可能性があります。
 
 例えば、貴社のケースですと、シンガポール法人である貴社が「Yさんを含む全従業員の労働条件に関する決定権や基本的人事権を掌握している」という事情や、「Yさんを採用した場所がシンガポールである」という事情があれば、いずれもYさんの雇用がシンガポールと密接に関係する事情になります。したがってこれらの事情は、Yさんの雇用契約に「最も密接な関係がある地の法が日本法ではない」という証明に有利な事情となります。
 
 他方で、「貴社の親会社が日本に所在している」という事情や、「日本の親会社が貴社の全従業員の労働条件に関する決定権や基本的人事権を掌握している」という事情、さらには「Yさんを採用した場所が日本である」という事情がある場合、このような事情は、Yさんの雇用契約に「最も密接な関係がある地の法が日本法ではない」という証明に不利な事情となります。
 
 どのような事情があれば、雇用契約について「最も密接な関係がある地の法が日本法ではない」という証明として十分かについては、個々のケースによって異なります。また、ケースによっては、1カ月前の解雇予告通知によって解雇する他の方法も存在します。いずれにしても、事前の工夫によって適用される法律を変更できる可能性がありますので、雇用時に解雇のことも考えて契約を締結することが賢明です。
 

日本法弁護士・シンガポール外国法弁護士 山本裕子

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