2006年11月6日
インド人とIT(IT2)
今回はまたITにもどって、その第2回、インド人とITの相性について考えて見ます。
インドはITをエンジンに経済浮揚を果たしましたが、これはインド人がもともと持つ素養を生かした必然だったのでしょうか?
インドは古代から数学に秀でていました。本連載の第5回でもふれたように、インドでは紀元前2600年ごろからのインダス文明において、すでに10進法に基づく計算を行っていました。また紀元前1000年ごろに編纂され、人々の宗教的義務や生活規範の根源ともなった人類最古の文献「ヴェーダ」の中に、「計算」を示す言葉が頻繁に出てきます。ここでは家や祭壇の建て方などの日常生活においても、月の位置の計算を基にするなど、宗教的慣例の中で、数学がしっかりと根付いていました。
ゼロの概念や10進法をインド人が発見しましたし、5世紀にはインド人天文学者がすでに地動説を計算により導いてもいました。さらにインドでは小学校で19×19まで覚えるように、一般にインド人は暗算が得意という話は有名です。
またインドは古くから宗教が発達しましたが、それは数学と同様に高度に抽象的な思考を必要とする点で同根です。ヒンドゥー教の基本概念である輪廻転生、すなわち自分自身が過去の生の結果であるという思想もそうであるように、インド人は物事を全体の中で関連付けて考えることを得意とし、その中で解決策を導くと言われています。
そのほかにインド人の特性として肉体労働を嫌う考え方も、ITとの相性と言えるでしょう。これはカースト制度のもので、古くから肉体労働は最下層の人たちの仕事であったことが、インド人の心の奥底に影響を与えています。そのため肉体労働から逃れるために、インドでは多くの人が高等教育へと必死になって取り組み、親も子供の教育に熱心です。政府もこうした国民の意向を汲み取り、初等教育よりも高等教育の振興に手厚い予算を組み、最近でも大学の新設や増設に力を入れています。このようにインドは低い識字率と、毎年200万人の大学卒業者という充実した高等教育とが同居した国なのです。
加えて印僑には華僑も一目置くように、インド人は金儲けに執着する傾向にあります。この点でITは、努力すればお金が入るとみられていることもITへのモチベーションを高めることに貢献しています。インド人はホットメールを作り出し、マイクロソフトに4億ドルで売ったサミュエル・バティアや、インフォシスを立ち上げたムルティ氏などの例をみています。またインド最貧のビハール州で貧しい家に生まれ、昼間アルバイトしながら本を買って勉強し、インド最高峰のインド工科大学(IIT)から米プライスウォーターハウスクーパーズに入った人の話など、IT業界では成功者や出世話には事欠きません。この金銭的に大きな見返りが期待できることが、インド人のITへの強いモチベーションになっています。頭脳労働であり、高額の収入が得られるという点で、IT業界は常に人気の職種であり、優秀な人が入ってくる構造になっています。
加えてIT業界に入れば海外に行けるということもIT業界への強い動機になっています。カーストなどの階級制度の影響や、しがらみや慣習にしばられ、現状への服従を余儀なくされるようなインド社会を出てみたいと思っています。のびのびと自己の考えに基づいて創造性を発揮でき、お金を稼ぐチャンスも多い海外への憧れは強いものがあります。この若者の気持ちに対する答えを、IT業界に見出しているのです。
またインド人の英語力も、ITとの相性は最高です。
インドは優秀な技術者が多くてコストが安く、数学に強い素養と英語力があり、空間認識力と強い上昇志向が、ITの持つ特性、環境とマッチしていると言えます。最近の欧米における若者のIT業界離れの状況もあり、今後ますますインドの優位性が増すものと思われます。
以上のような背景のもと、ITスキルの認定を行っている米ブレインベンチの調査によると、ITスキルの総合力調査でインドは世界第2位になっています(1位は米国、3位はロシア)。
次回の宗教では、アーリア人侵入後に形成され、後のヒンドゥー教の成立や展開に影響を与えた「ヴェーダ」聖典と、バラモン教についてまとめます。
文=土肥克彦(有限会社アイジェイシー)
福岡県出身。九州大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。東京本社勤務時代にインド・ダスツール社と協業、オフショア・ソフト開発に携わる。
2004年有限会社アイジェイシーを設立、ダスツール社と提携しながら、各種オフショア開発の受託やコンサルティング、ビジネス・サポート等のサービスで日印間のビジネスの架け橋として活躍している。
また、メールマガジン「インドの今を知る! 一歩先読むビジネスのヒント!」を発行、インドに興味のある企業や個人を対象に日々インド情報を発信中。
この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.085(2006年11月06日発行)」に掲載されたものです。