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ビジネスインタビュー

2020年1月8日

【テック系投資家】William Klippgenさん

テック系投資家から見た 「起業と投資を取り巻く環境変化」

 2017年と2018年、配車アプリ・グラブへの大型投資が相次いでニュースを賑わせた。そんなテック系スタートアップの資金調達額が2017年に過去最高を記録するなど、デジタル技術分野のスタートアップ拠点として近年特に注目されるシンガポール。政府の当核分野へのサポートに加え、投資ベンチャー・キャピタルも集積し、起業・投資活動の活性化を後押しする。起業家や投資家を取り巻く環境は、この10年でどう変化したのか?
起業した会社が2004年Yahooに買収され、テック系投資家に転身。現在 Cocoon Capital 共同創業者である William Klippgen (ウィリアム・クリップジェン)氏に話を聞いた。
 

過去10年でシンガポールの起業・投資環境はどう変わりましたか?

 2004年以降、シンガポール政府が投資、インセンティブスキームをローンチしてベンチャー育成強化をし始めたのが変化点です。それにより、国外からの起業家、投資家もシンガポールに集積しました。近年は高学歴で素晴らしい職歴を持つ若い外国人が、特に起業家として渡星。彼らは、アジアでビジネスの急成長を味わう起業経験を積むために、やってくるのです。
 資金調達のためのベンチャー・キャピタルがない昔と比べて、今、私たちは、政府が知的資本10億ドルを出す時代にいます。これは起業の初期段階から支援を受けられる体制が整っているということ。日本の貢献も大きく、カカクコムによるシンガポールのEコマース・ファッションブランド「Love,Bonito」への投資もそうですが、日本は特に起業後期への資金提供に積極的という印象があります。
 
 また、人のマインドセットの変化も大きい。10年前、起業家になることはシンガポールの文化伝統的になじまないコンセプトでした。良家の親は、子供に政府、大企業での就職を望んでいた時代。それが現在は、子供が起業することに対して、寛容になったように感じます。
 2008年に私がシンガポールで初めて投資した不動産ポータルサイト「Property Guru」ですが、元々たった4人で始めた小さい会社でした。今では社員が1,000人以上、10億ドルの企業価値がある会社に成長しました。このような話を聞くと、起業家を志す若者がさらに増えるのではないでしょうか?
 

シンガポールはどのような点でスタートアップ・へヴンだと言えますか?

 ひとつめに、政治経済の安定と法規制がシンプルであること。投資家スキームの登録方法が簡単で、リコールがある。効率的でフェアなシステムだと思います。
 
 ふたつめには、シンガポールはフィンテックの分野で“Sandbox”を適用した世界で2番目の国であること。Sandboxは直訳で「規制の砂場」ですが、革新的な新事業の創出を目的として、事業の実証実験に対する現行法の規制適用を一時的に停止する規制緩和策です。もしビジネスアイデアが成功すれば、それに合わせて法規制を柔軟に変更するということ。起業家に対して協力的な国だと言えます。
 
 さらに、ファイナンシャル・スキームが多数用意されており、私の会社もディープテック(根深い課題を高度な技術で解決する活動)分野への投資リスクを軽減する効果があるSV Equityに参画しています。これはハイテック、ティープテック分野の起業、投資促進のための政策の一環です。
 
 また、25歳以下で条件にあった若手起業家に50,000SGD以下が支給されるキャッシュ・スキームやNGOによるシリコンバレーとの交換プログラムもあり、起業家にとって外の世界を見るということが重要なので有意義だと思います。自国での問題が他国で異なるやり方で解決されている例を見ると、起業のヒントになるためです。私自身、IT分野で当時最先端だったアメリカで学んだことを、ヨーロッパに持ち込みましたがそれと同じことです。
 

起業家になったきっかけは?

 ノルウェーでの大学時代に奨学金をもらい、米国留学をしました。1995年のことで、アメリカでまさに「.comブーム」の真っただ中。1996年にマスターを終えるとともに、シリコンバレーでサーチエンジン会社に就職しました。私の担当は、USサーチエンジンの日本版をオープンする新規事業。右も左もわからない中、漢字、片仮名、平仮名と言語最適化など四苦八苦しました。その会社が、在職中に企業価値が20倍、従業員が100倍に急成長。起業の持つ可能性に大変驚いて、ノルウェーに戻りすぐに起業することを決断。当時のヨーロッパではまだ新しいサーチエンジンの会社を1997年に始めたのが、起業の始まりです。アメリカで学んだことを商品開発に活かした結果、2004年にはヨーロッパで第3番目に大きいEコマースサイトに成長しました。
 

起業家から投資家になったのはなぜですか?

 投資家は、良い服を着て優雅にリラックスして幸せそうに見えたんです。それに比べて起業家の道のりは大変で、ひげを剃る時間も睡眠時間も削って働き、その上貧乏です。投資家側になりたい、と決意して、2003年に渡星。シンガポールのビジネススクールで不足していた知識を補うべく勉強しました。そして、2004年にYahooが私の会社を買収したのをきっかけに希望通り投資家一本で生きて行くことになりました。元起業家として、起業の道のりにつきものの痛みや困難がよく分かります。そんな起業家たちに経験、知識を還元することが今投資家として社会全体に貢献できることだと思っています。
 

ベトナムにて開催の「2019年台湾スタートアップスタジアム・タームシートブートキャンプ(TSS)」でパネルスピーカーを務めた際のWilliam氏と、素晴らしい起業家たち

 

シンガポールが今最も起業、投資に力を入れている分野は?

 「インダストリー4.0」という取り組みが有名ですが、これはAIやロボット、インターネットなどICT技術を活用した製造業のデジタル化、効率化を推進するための準備指標です。シェアリングエコノミーや、エナジーマネジメントテクノロジーもそうですが、この取り組みに沿った分野に国が力を入れています。
 

ウィリアムさん自身はどのような分野に注目していますか?

 東南アジアで初期起業段階にある、ディープテック分野の会社に注目しています。世界的な問題を独創的で革新的に解決するアイデアを持つ創業者がいれば、ぜひどんどん会っていきたいと思います。特に、AIが活用できて、人の暮らしに大きなインパクトを与えるメディカル・テクノロジー。これは将来が約束されたような分野です。また、コンピューターセキュリティ、サイバーセキュリティにも注目しています。今後中間層の拡大が大きく見込まれる、東南アジア。5年前、東南アジアのインターネット普及率は僅か25%でした。しかし今後5年で、東南アジアのインターネットエコノミーは2,400億ドルに達すると予想されています。その人たちを対象にしたビジネスやインターネットを駆使したブランドを確立するのに、良いチャンスです。
 

起業家のメンターとしてコーチングをされていますが、どのようなサポートをしていますか?

 起業家は、自信を持つことが最も重要。フルタイムの安定した仕事と違って起業は長期にわたる孤独との戦いです。彼らに金銭的投資をするだけでなく、育てること。困難な時に励まし、必要な人脈を紹介し、問題解決能力をつけるべくコーチングすることで、戦っているのは一人ではないと感じ、自信を持ってもらうようサポートしています。
 

Cocoon の経験、知識還元” エコシステム” の信念に基づき、
起業家へ定期的なメンターシップをするWilliam氏

投資をする際の決め手は?

 人の選別です。これは、フィーリングとしか言いようがありませんが、何度も起業家と会い、トラブルが起きた時の対応や態度から、起業という困難な道のりに耐えうる人柄かを見ています。
 

最近投資した会社について教えてください。

 ミャンマーの「Kargo」です。今年80万ドルを投資してニュースにもなりました。これはUberのようなサービスですが、物流のトラッキング&マッチングアプリで、日系の会社によく利用されています。
 

Cocoon Capitalの起業家投資審査について教えて下さい。

 1,500から2,000件の応募の中、審査により年間6件の起業家のみ投資支援しています。東南アジアで設立した会社が応募できるので、韓国を含めて他国からも積極的に応募がありますが、まだ日本の起業家からの応募はありません。日本からシンガポール、もしくは東南アジアの他国へ進出したい起業家を投資、支援することが可能ですので、どんどん応募してほしいと思います。その際、英語で意思疎通がスムーズにできると、情熱と審査の基準となる人柄が伝わりやすいので、有利だと思います。
 

投資をする上でのリスクマネジメントは?

 やはり、人の選別。良いと思う“人”に投資をすることです。そして最初の2年間徹底的にマンツーマンでコーチングして、ベストプラクティスを経験してもらうことです。
 

AsiaX読者が投資デビューするとしたら、何かアドバイスはありますか?

 大都市には必ずある、エンジェル投資クラブのようなコミュニティーに入り、投資経験者と情報交換をして、その人から学ぶことです。最初から大きく投資せず、まずは小さい投資で、最低10件のポートフォリオを作ること。
 

次の目標は?

 第2期目のファンド(3,000万ドル)を閉めたところですので、2024年に向けた次期ファンドを2023年から始める予定です。
 また、東南アジアで成功したビジネスをグローバルに通用するレベルに育てるのが次のオポチュニティと考えています。シリコンバレーやロンドンほどの細やかな起業サポートはまだない当地で、私どもの会社ではそれに近いマンツーマン指導をしてコーチングして、グローバルレベルで成功する会社を育てたいと考えています。
 

休みの日の過ごし方は?

 昨年、日本に子供と旅行して温泉や温泉卵を満喫しました。週末はスポーツと家庭菜園。採れたての新鮮な野菜を使ってクッキングするのが一番の至福の時間です。
 

William Klippgen ウィリアム・クリップジェン
シンガポール在住、ノルウェー出身の起業家、投資家。Cocoon Capital共同創業者。
1997年に起業した価格比較サイトZoomit.comが後に名称を変えKelkooとしてヨーロッパで3番目に大きなEコマースサイトに成長。2004年にYahooに同社買収されたことをきっかけに投資家に転身。2012年チャンネルニュースアジアのテレビ番組「Angel’s Gate」で審査員として出演。Cocoon Capitalでは審査を通過した起業家に投資支援。自らの起業経験を生かし、若い起業家のメンターとして活躍。これまでにProperty Guruなど25件以上のスタートアップに投資。

( 取材・文/舞スーリ)

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