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シンガポール星層解明

2020年1月3日

東京を上回るシンガポールのホームレスの実態

 2019年11月に発表されたホームレスの実態に関する調査結果が物議を醸している。その数は意外にも人口1人あたりで東京23区を上回る。裕福なイメージが先行するシンガポールであるが、10%の世帯は「絶対的貧困層」にあると言われている。本稿では、調査結果を皮切りに現代の階級社会が抱える貧困・格差問題を取り上げ、解決に向けて「両刃の剣」となりうるギグエコノミーの影響についても考察していく。
 

ホームレスに関する初の概数調査
人口あたりホームレスは東京以上

 英エコノミスト誌の調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)によれば5年連続で世界一コストの高い都市とされるシンガポール。人口564万人の小国に億万ドル長者が44人、百万ドル長者が20万人いると推定される裕福な国のイメージに隠れ、経済的に困窮する国民の話にスポットライトが当たることはあまりない。増大するホームレスの問題もその一つであるが、そのホームレスの実態や概数を探る初の全国調査が行われた。2019年11月にシンガポール国立大学リー・クアン・ユー公共政策大学院が発表した「シンガポールのホームレス:路上生活者の実態調査」によると、当地には約1,000人の路上生活者が存在することが判明。人口921万人の中に1,126人のホームレスを抱える東京23区と比較すると、人口1人あたりのホームレスの数ではシンガポールが東京23区を上回ることになる。
 
 過去に網羅的な調査が実施されたことが無く、統計データを欠いていたこともあり、シンガポールに路上生活者が存在すること、さらにその規模が約1,000人にもおよぶという事実に衝撃を受けた人は少なくないだろう。しかし実際には、例えばチャンギ国際空港に深夜の便で到着した際に到着ロビーのベンチでホームレスとおぼしき姿に遭遇することは珍しくない。また、シンガポールの社会・家族開発省は、2016年から2018年の間に毎年平均して約290人の路上生活者を支援しているという。今回の調査結果の公表によって、シンガポール社会に存在する貧困・格差問題が改めて世間の耳目を集めることになった。
 
 その調査結果によると、インタビューを受けたホームレスの平均年齢は54歳、その中の約6割は何らかの職に就いているものの、賃金の中央値は月額1,400Sドル(約11万2,000円)と、全国の中央値である3,467Sドル(約27万7,000円)の半分以下に留まる。2019年5月に同じくシンガポール国立大学リー・クアン・ユー公共政策大学院が調査した結果によると、当地でまともな生活を送るためには、65歳以上で月に1,379Sドル(約11万円)、55歳から64歳の場合は1,721Sドル(約13万7,000円)が必要とされていることから、仕事に就く路上生活者の稼ぎが十分でないことは明らかである。また約半数は、路上で寝ている理由として、「失業している」、「定職に就いてない」、あるいは収入がごくわずかなために「家賃や住宅ローンを支払うことができない、もしくは家を売却した」や、「家族や同居人との対立」などを挙げている。
 

なぜホームレスが発生するのか
ホームレスに対する国の支援策

 個々のホームレスが結果的に路上での生活に陥っていく背景には、経済的な理由だけではなく、様々な社会問題が複雑に絡み合っている。2017年にシンガポールにおけるホームレスの人物像を知るべく、ボランティア団体のモンフォート・ケアとSW101によって初めて実施された路上での調査の結果によると、その背景には精神疾患や家庭内暴力が作用しているという。
 
 2018年5月には、ホームレスや路上で寝ている人々の問題に対処するための政策や、支援プログラム、手順を確認するために、住宅開発庁(HDB)や人材開発省(MOM)など複数の政府機関をまたいだタスクフォースが正式に設立された。また、社会・家族開発庁は、定住地を持たない路上生活者が一時的に宿泊できるシェルターを用意し、ホームレスをサポートしている。
 

10%の世帯は「絶対的貧困層」
シンガポールは現代の階級社会

 2019年に新たに結成された野党「シンガポール前進 党(PSP)」が、貧困問題と対策を議論する会合を2019年9月に開催した。その中で、シンガポール政府投資公社(GIC)の元チーフエコノミストであるヨー・ラム・ケオン氏は、直近の推定ではシンガポール人の約25万人、世帯ベースで全体の7.5%から10%に相当する約10万~13万世帯は、定収入だけではまともな生活に支障をきたす「絶対的貧困層(Absolute Poor)」に該当すると指摘している。ヨー氏はシンガポールで5年ごとに実施される家計支出調査の結果などを元に、シンガポールの貧困層を、働いても貧困状態にある「working poor(ワーキングプア)」、「elderly poor(高齢者貧困)」、そして「unemployed poor(失業者貧困)」の3つに分類している。
 
 また2019年10月に開催された、建国の父ラッフルズ卿がシンガポールに上陸して200年を祝うイベントの中で、元国連シンガポール代表部のトミー・コー教授は、今やシンガポールは階級社会になってしまったと指摘。コー教授は、シンガポール国民は富、収入、職業、居住地、そして学校によっても分断されており、次の世代のリーダーは、より思いやりのある包摂的な社会の確立を支援し、経済の再構築に伴って解雇される人々を官民一体で支援していく必要性があると訴えている。
 

ギグエコノミーは「両刃の剣」
格差是正ではなく助長の恐れ

 メディアや日常生活を通して目にする機会が日増しに増えているシンガポールの貧困・格差問題。その流れに拍車をかけているのがグラブ(Grab)に代表される配車サービスや料理宅配サービスなど、シェアリングサービス市場で単発の仕事を請け負う「ギグエコノミー」を支えている労働者の動向である。地元紙ストレーツ・タイムズが最近実施した調査によると、シンガポールでは約4万人が配車サービスや料理宅配サービスで運転手として働いており、その数は過去1~2年の間に急増している。
 
 米配車大手ウーバー(Uber)や地場グラブがシンガポールでサービスを開始した2013年当時は、都合の良い時間帯に働ける柔軟性や採用のために支払われた一時ボーナスで魅力が増した報酬により、「ギグエコノミー」はフルタイムでの勤務が困難なシングルマザーや隙間時間を活用して副収入を得たい人々から救世主のごとく歓迎された。ストレーツ・タイムズが実施した調査によると、回答者の4人に1人はフルタイムで配車や料理宅配サービスのドライバーの仕事をしているほか、4分の3は35歳以下と労働者は若い傾向がある。また、回答者の半数は月1,500Sドル(約12万円)以下の収入しか得ていないことが分かっている。別の調査では、料理宅配サービスのドライバーはフルタイムで働いても月の収入は2,000~3,700Sドル(約16万円~30万円)に留まっている(図1)。さらに彼らは一般的な企業で職に就いていれば享受できるであろう有給休暇や、雇用主による中央積立基金(CPF)の掛金拠出などの福利厚生もない。
 

 
 前述したGICの元チーフエコノミストのヨー氏は、「シンガポール人の所得下位10%の上には、月に約2,500~3,000Sドル(約20万円~24万円)を稼ぎ基本的なニーズを満たすことができる別の10%が存在しているが、彼らの貯蓄はごくわずか、もしくはまったく無い」と指摘している。収入を得る新たな手段としての役割も期待される「ギグエコノミー」であるが、実際のところ、グラブやグラブフードなどのドライバーの大半は所得下位10%から20%に位置しているとみられる。
 
 シンガポール社会に横たわる貧困・格差問題、ひいては潜在的な政情不安への対策を講じる上で、彼らドライバーが支える「ギグエコノミー」は軽視できない存在になっているとみる。短期的には手取りの収入額の多さから貧困や格差を是正する手段の一つとして期待される一方、長期的には福利厚生の欠如やスキルアップにつながらない労働集約的な仕事内容から、逆に貧困や格差を助長するリスクを垣間見る。2019年11月に電動スクーターの歩道での走行が全面禁止された際は、仕事の手段を奪われることになった料理宅配サービスのドライバーに対する政府側の説明会が各地で開催され、抗議集会の様相を呈したドライバーの集まりに対する政府の対応が大きく報道された。いかに「ギグエコノミー」のメリットを最大限に享受しつつ、潜在的な政情不安につながるリスクを管理していくのか。シンガポール政府の舵取りに注目していきたい。
 

ピックアップニュース

Becoming slaves in the gig economy? (ストレイツ・タイムズWeb版 2019年12月1日付)
 
<記事の概要>
シンガポールでは料理宅配サービスや配車サービスの担い手である運転手が急増している。その多くは35歳以下の若者で、労働時間が選べることや、一見高い報酬にひかれて参入しているようだが、現実には問題点も多いことが見過ごされがちである。
 
 
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。
週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。
週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

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