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シンガポール星層解明

2019年11月25日

岐路に立つシンガポールの料理宅配サービス市場

 

スマホのアプリを利用して飲食店から食事を注文する、料理宅配サービスの市場が拡大している。グラブフード、フードパンダ、デリバルーがシェア獲得にしのぎを削る中、消費者の使い勝手が高まっている点が背景にある。一方で、配達にも利用される電動スクーターを起因とした交通事故の頻発により、政府は電動スクーターの歩道での走行の禁止を決めた。本稿では、日進月歩の市場動向に目を向けた上で、新たな規制が及ぼす影響を考察していきたい。

 

料理宅配の市場は3年で2倍に
69%の消費者は月に1度は利用

 

 シンガポールで料理宅配サービスの市場が急拡大中だ。その規模は2017年の2億600万米ドル(約218億円)から2020年には4億1,800万米ドル(約443億円)と、3年間で2倍もの成長が見込まれている(図1)。市場を構成する主要3企業の筆頭は、シンガポールの配車大手グラブが展開するグラブフード(GrabFood)。グラブが2018年に米ウーバーテクノロジーズの東南アジア事業を買収したことに伴い、ウーバーが2016年から展開していたウーバーイーツ(Uber Eat)を引き継ぐ形で2018年5月からサービスの提供を開始。今では約7,500の提携飲食店と約1万人の配達員を擁する。グラブフードに続く2社はドイツに本拠を置くフードパンダ(Foodpanda)と英国に本拠を置くデリバルー(Deliveroo)。フードパンダは2012年からシンガポールでサービス展開をしている老舗で、約7,000の提携飲食店と約8,000人の配達員を擁している。一方のデリバルーは2015年にシンガポールに進出、約4,500の提携飲食店と約6,000人の配達員を抱えている(図2)。

 

 外食や中食(持ち帰り用の調理済み食品)とは異なる料理宅配サービスの市場が拡大していく過程には、消費者のライフスタイルや購買行動の変化が大いに関係する。デリバルーが今年の3月に公表したシンガポールの消費者500人を対象にした調査結果によると、消費者の69%は、少なくとも月に1回、スマホのアプリを利用して料理宅配サービスを利用している。また消費者の76%は、自宅での調理あるいは料理を外で購入して自ら持ち帰る形態ではなく、スマホのアプリを利用した料理宅配サービスを好んで利用しており、料理宅配サービスが普及している実態が読み取れる。

 

各社はサービスの多様化でシェア争い
バブルティーの定額制サービスも登場

 

 前述の大手3社は、いずれは成熟するであろう、この狭い市場においてシェアを獲得すべく、従来の料理宅配サービスの枠に留まらないさまざまな施策を打ち出して競い合っている。各社が今年に入ってから導入している主な施策を見ていく。

 

 グラブフードはサービス開始から1年が経過した5月に、それまでは単独で存在していたグラブフードのアプリを、配車アプリなどを含むメインのアプリに統合した。新たな集客に向けて、配車サービスにおける高い知名度と利用頻度との相乗効果が期待されているが、背景には配車以外にも消費者の生活全般の問題を解決する「スーパーアプリ」の主導権を握りたいグラブの狙いがある。8月には、新たに「ホーカー・ハブ」なる施設を島内の5ヵ所に設置し、ミシュランガイドの星付き店を含む人気のホーカー(屋台)70店舗で予め調理された料理を施設内で一時保管した上で、昼食と夕食のピーク時間帯に消費者から注文を受けて配送する「グラブフード・ホーカー・ピックス」なるサービスも開始。さらに10月からは、1日24時間いつでも配送するサービスを一部の提携飲食店において開始したほか、当地でも人気が高いバブルティー(タピオカ入りの茶飲料)のサブスクリプション(定額制)サービスを導入するなど、顧客体験の向上を目指す動きに絶え間は無い。

 

 デリバルーは3月、ワン・ノースのオフィスビル内に無人のフードコートを開業した。料理の注文、支払い、受け取りの各プロセスは自動化されており、来店客は人の手を介さず7つのレストランが提供する料理を店内で楽しむことができる。またフードパンダは10月、シンガポールの食品スーパーなど約1,000店の小売店と提携した上で、新たに食料品や雑貨、ベヒー用品や花など幅広い商品の宅配サービスを開始することを発表している。

 

各社は宅配専用の調理施設も競って開発
グラブは域内5ヵ国で計50ヵ所超の計画

 

 大手3社は、売上拡大のみならず低コストでのオペレーションが見込める宅配専用の調理施設の開発にもしのぎを削っている。

 

 その先駆けとなったのが、デリバルーが2017年にカトン、2018年にラベンダーに開設したセントラルキッチン「デリバルー・エディション」。これらの調理施設は、提携先レストランがそれまで配送を行っていなかったエリアに立地していることから新たな潜在顧客層へのアプローチが可能になるほか、宅配専用のため接客などの人件費がかからず低コストでの運用が可能になっている。

 

 フードパンダも2018年3月に、ウッドランズに同様のセントラルキッチン「フェイバリッツ・バイ・フードパンダ」を開設。シンガポールの料理宅配サービスでは初の試みとなる飲食スペースを兼ね備えた施設となっている。

 

 グラブフーズは、今年の4月に開設したインドネシアを皮切りに、10月からはタイ、ベトナムでも宅配専用の「グラブキッチン」を展開している。タイ、ベトナムでは1ヵ所ずつに留まるが、インドネシアでは既に18ヵ所で展開しており、今年中にはシンガポールとフィリピンを追加した域内5ヵ国で計50ヵ所超まで宅配専用の調理施設を増設する計画を公表している。
 

電動スクーターの歩道での走行が全面禁止へ
外部環境の変化への対応が今後の試金石に

 

 現在シンガポールの料理宅配サービスの市場には、これまで述べてきた大手3社のほかに、ホーカーからの宅配に特化したホワイキュー(WhyQ)や品質にこだわった料理の宅配に強みを持つグレイン(Grain)など、10社前後の企業がひしめいている。ただ海外に目を向けると、昨年12月には米アマゾンが英国の料理宅配サービス市場から撤退、地場デリバルーや米ウーバーイーツとの競争に押されたことが背景として報道されている。また今年の5月にはデリバルーが実施した計5億7,500万米ドル(約630億円)の資金調達において、アマゾンが最大の出資者になった一方、8月にはそのデリバルーがドイツ市場から撤退している。大手でさえもグローバルで選択と集中が避けられないレベルにまで競争は激化しており、シンガポールでも企業間の統廃合は時間の問題とみている。

 

 実際に、シンガポールで料理宅配サービス企業の淘汰を加速しそうな動きが起きている。運輸省は、今年の11月5日から料理の宅配にも利用されている電動スクーターの歩道での走行を全面禁止し、電動スクーターを始めとするPMD(パーソナル・モビリティ・デバイス)の共用サービスも禁止することを発表したのだ。以前に本コラム『シンガポールからシェア自転車が消えた理由(2019年6月号)』では、「運転に慣れない消費者が頻繁に交通事故を引き起こし、政府が早晩更なる規制に乗り出すことになる」ため、電動スクーターのシェアサービスは普及しないと考察していた。

 
 新たな規制により、今後シンガポールで電動スクーターを利用できるのは、国内の歩道総延長の10%にも満たない自転車専用通行帯のみとなる。電動スクーターはバイクや自転車と並んで料理宅配の主要な手段の一つであり、今年5月にはグラブフードが配達員向けに電動スクーターの定額利用サービスを開始、フードパンダが電動スクーターの地場スタートアップ企業テレポッド(Telepod)と提携するなど、料理宅配サービスのビジネスモデルには欠かせない存在になっていた。既に政府は大手3社と共同で支援基金を設けた上で、電動スクーターから電動アシスト自転車や自転車へ乗り換える配達員への支援措置を発表している。しかしながら、一部の宅配を電動スクーターに頼ってきた大手3社(図3)においては、配送オペレーションの抜本的な見直しが求められており、今回の規制にいかに対応していくのか、各社の動向に注目していきたい。

 


プロフィール
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.352(2019年12月1日発行)」に掲載されたものです。

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