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2019年10月25日

JR東日本が開拓するシンガポールの駅ナカ市場

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Japan’s largest train operator to open shops in Thomson-East Coast Line stations
(TODAYオンライン版 2019年9月5日付)
〈記事の概要〉JR東日本が、2020年1月より順次開業予定のトムソン・イーストコースト線(TEL)で 駅ナカ店舗の開発に取り組むことになった。TELの駅構内商業区画の開発・運営権をSMRTおよびNTUCフェアプライスの各子会社とともに獲得、TEL全32駅のうち27駅で駅ナカ店舗を開業する予定。

 

2016年に「ジャパン・レール・カフェ」を開業して以降、シンガポールで生活サービス事業を推進するJR東日本は、来年に開通予定のMRTの新路線で駅ナカ事業を開始する。これまで展開してきた小売・飲食店などの事業とは異なり、市場が未確立で大きな可能性を秘めている。本稿では、海外で非輸送サービス事業に注力する背景にも触れながら、当地で駅ナカ事業を成功に導くための要点を考察していきたい。

 

シンガポールで生活サービス事業を展開
出発は「ジャパン・レール・カフェ」

 

 東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)がシンガポールで積極的な事業展開を進めている。その内容は、鉄道を中心とした輸送サービス事業ではなく、小売・飲食店やシェアオフィスなどの生活サービス事業だ。

 

 皮切りとなったのが2016年11月、タンジョン・パガー駅に併設した商業施設内にJR東日本が初の海外常設店として開業した「ジャパン・レール・カフェ」である。東日本のみならず日本全国の食・観光の情報発信拠点となるべく、食事の提供に加えて日本政府観光局や自治体、企業と連携して物産展などのイベントを開催。開業から3年が経過した現在でも当初の予想を上回る好反応を見せているという。また2017年11月には子会社のルミネが海外初の店舗として、クラークキーのモール内に「ルミネ・シンガポール」を出店。当地の働く女性をメインターゲットに、独自の視点で「東京スタイル・カルチャー・デザイン」を発信するコンセプトストアを展開している。2018年12月には、シンガポールの公共交通運営大手SMRTの子会社で小売・広告事業を手掛けるSMRTエクスペリエンスとの初の共同プロジェクトとして、オーチャード駅の改札口真上の商業施設内に、期間限定の物販・飲食店舗「インスピレーション・ストア」を出店。また今年の4月にチャンギ国際空港の隣接地に開業した巨大商業施設、ジュエル・チャンギ・エアポート内には、三井物産との合弁により、日本の食を中心とした店舗「JW360°」を出店している。

 

 JR東日本の事業は小売・飲食店の展開だけにとどまらない。今年の8月には、新興企業を支援する取り組みの一環として、タンジョン・パガーのオフィスビル内にコワーキングスペース(共用オフィス)「One&Co」を開業。単にオフィススペースを提供するだけではなく、提携企業との協業を通して、日本企業のシンガポール進出や日本産品の販路拡大、訪日プロモーションなどを幅広くサポートしていくという。

 

生活サービス事業の売上を全体の4割に
鉄道各社は海外で不動産・ホテルを開発

 

 2016年の「ジャパン・レール・カフェ」の開業から矢継ぎ早に新規事業を展開するJR東日本。その狙いを探るべく、鉄道会社を取り巻く環境に目を向けてみたい。

 

 JR東日本はグループの経営ビジョン「変革2027」の基本方針の一つとして、輸送サービス事業を質的に変革させると共に、生活サービス事業およびIT・Suica事業に経営資源を重点的に振り向け、新たな成長エンジンとしていくとしている。人口減少で輸送サービス事業だけでは収益拡大が厳しくなる中、現在は全体の売上高の3割を占める生活サービス事業を、2027年を目途に4割まで引き上げる目標を掲げている。2018年11月に設立されたシンガポールの現地法人JR東日本東南アジア事業開発は、この生活サービス事業を現地市場に根差して機動的に推進していくことを目的としている。また生活サービス事業の海外展開はシンガポールだけにとどまらない。事業の中核であるショッピングセンター事業を代表する「ルミネ」は、シンガポールに続く海外2号店を2018年12月にジャカルタに開業しているほか、「アトレ」は今年の1月に台北に海外1号店を開業し、今後は東南アジアを含めたアジアの消費市場を開拓していくことが予想される。

 

 なお、鉄道会社で非輸送サービス事業の海外展開に積極的なのはJR東日本だけではない。JR九州は2017年に海外での不動産・ホテル事業に参入し、バンコクでサービスアパートやホテルを経営しているほか、今年の3月には同じくバンコクで高層マンションの分譲計画を発表。2021年度の海外不動産事業の売上高を、2019年度比で5倍の100億円まで拡大することを目指している。また4月には、JR九州のグループ会社でJR博多駅で大型商業施設を運営するJR博多シティが、5年以内にアジアに進出して商業施設を運営する計画を発表。その他にも、相鉄ホールディングス、京浜急行電鉄、西日本鉄道が、本業以外の収益源を模索する形で主に東南アジアでホテル開発に乗り出している。

 

MRTの新路線で駅ナカ事業に参入
当地の駅ナカ市場は今後成長期へ

 

 さてシンガポールでの存在感を徐々に高めているJR東日本。今年の8月にはJR東日本東南アジア事業開発、上述したSMRTエクスペリエンス、小売大手NTUCフェアプライスの投資子会社との3社連合で、MRTの新路線トムソン・イーストコースト線(TEL)の駅構内の商業権を陸上交通庁(LTA)より2,400万Sドル(約18.6億円)で獲得した。マレーシアと国境を接するウッドランズからチャンギ国際空港方面をつなぐTELは、来年1月から2024年にかけて5回に分けて開業する予定であり、3社の合弁会社ステラー・シンガポール(以下、ステラーSG)は、権利獲得の対象となった31駅のうち27駅で、今後16年間にわたって駅ナカを開発・運営していく。JR東日本は合弁会社の株式の35%を保有し、日本で拡大してきた駅ナカのコンセプトをシンガポールに導入する中心的な役割を果たすことになる。

 

 これまでJR東日本がシンガポールで展開してきた小売・飲食店やシェアオフィス事業は、品揃えやサービスにおいて日本発の独自性を打ち出してはいるものの、業態自体に新規性は乏しく、また当地には競合企業も数多く存在することから市場や消費者に与えるインパクトは限定的であった。一方の駅ナカ事業は、シンガポールでは小売スペースや販売チャネルとして市場が確立されているとは言い難く、駅の集客力や利便性に加えてJR東日本が日本で培った経験を上手く活用していくことで、市場は飛躍的に拡大する可能性を秘めている。

 

駅ナカの潜在顧客への訴求点とは?
消費者と市場への洞察力が成否を左右

 

 駅ナカの市場が確立、そして拡大していく過程においては、必然的に鉄道の利用者や沿線で生活する消費者の購買行動が変化することが求められる。では潜在顧客に駅ナカの利用価値を訴求していくためには何が必要か。

 

 まず1点目は、テナントミックスの最適化。すなわち出店する駅ナカのスペースにどのようなテナント(店舗)を入居させれば売上を最大化できるのか。ステラーSGが賃借する店舗面積は合計5,000平方メートル。中でも最大はウッドランズ駅の1,570平方メートルの予定であり、残りの面積を他の26駅に均等に配分すると、1駅あたりの店舗面積は131平方メートルとなる。これは日本のコンビニの平均的な売場面積と同等であるが、このスペースに例えば合弁パートナーのNTUCフェアプライスが展開するコンビニ「Cheers」だけを入居させるのか、または複数の業種・業態の店舗を入居させるのが良いのか、解を出すのは容易ではない。駅ナカが販売チャネルとして確立されている日本では、例えばセレクトショップ大手のユナイテッドアローズなどが駅ナカ向け専用業態を出店するなどしており、食品や日用雑貨以外にもファッションやヘルス&ビューティーなど幅広いカテゴリの商品が駅ナカにおいて一般的に販売されている。シンガポールでは話題性や独自性と実際の需要とのバランスを勘案しつつ、駅周辺の小売環境なども考慮しながら最適なテナントミックスを分析する必要がある。

 

 2点目は、品揃えの最適化。つまり出店するテナントを決定した上で、実際にどのような品揃えを提供すれば売上を最大化できるのか。例えばコンビニを例にとると、日本の駅ナカ店舗は通勤や通学の動線上に立地する特性上、即食商品(おにぎりやパン)、携帯可能なペットボトル飲料や菓子、雨傘など緊急性の高い日用雑貨が売れ筋となっている。しかしながら、当地ではコンビニ、ましてや駅ナカの店舗で習慣的に即食商品やペットボトル飲料を購入する消費行動は日本ほど普及しておらず、品揃えや価格を含めた商品政策の抜本的な策定は必須となる。また各駅の立地属性に応じた品揃えを展開していくことも重要になる。例えば金融街のシェントン・ウェイ駅の店舗では、周辺に勤務する多忙で健康意識の高いオフィスワーカーに向けに簡便性や効果効能を訴求する商品を強化するといった具合である。

 

 最後に3点目は、物販以外のサービスの拡充。テナントと品揃えを強化したところで、その店舗でしか購入できない希少性の高い商品でも販売しない限り、駅ナカ店舗以外にも多様な選択肢を持つ消費者の来店動機を高めることは難しい。そこで物販以外のサービスの提供・高度化によって来店の頻度を高め、ついで買いを促すような施策が必要となる。具体的にはネット通販の受け取り用の宅配ロッカー、コンビニ店内のイートイン(店内飲食)スペース、隙間時間で利用できるマッサージやネイルサロンなどが挙げられる。これらのサービス自体は当地でも珍しくないが、各駅の周辺環境に応じて日本の高いサービス品質を訴求していけば商機は見込める。

 

 車の少ない「カー・ライト社会」の実現を目指す政府の意向もあり、今後も路線網と利用者数の拡大が見込まれるシンガポールの鉄道。その駅ナカを舞台にする小売事業は可能性を秘めた魅力的な市場である一方、当地で約400店舗を展開するコンビニ大手のセブン-イレブン、日本で「エキドンキ」を展開するドンドンドンキ、将来的には無人店舗など、潜在的な競合企業は当然ながら存在する。日本の駅ナカの第一人者とも言えるJR東日本がシンガポールの駅ナカでも先駆者となれるのか、今後の動向に注目していきたい。

 


プロフィール
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.351(2019年11月1日発行)」に掲載されたものです。

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