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シンガポール星層解明

2020年2月10日

シンガポール経済を支える出稼ぎ労働者の実態

 シンガポールの経済成長を陰ながら支える出稼ぎ労働者。その生活は普段は国民の耳目を集めることはない。
 昨年末にメイドが巻き込まれた事故では、図らずも彼女たちが休日を過ごせる場の不足が問題視され、また繰り返される建設現場の事故は、ともすると人命を軽視する風潮が指摘される建設業界の労働環境を明らかにする。
 本稿では、事故から垣間見える出稼ぎ労働者の実態に着目し、社会的包摂の重要性について考察していきたい。
 

ラッキー・プラザでメイドが犠牲に
相次ぐ建設現場での死亡事故

 シンガポール最大の繁華街、オーチャードにあるショッピングモール「ラッキー・プラザ」。入居するテナントの多くはフィリピンからの出稼ぎ労働者を相手に小売や飲食、そして母国への送金を請け負う金融業を営んでおり、日曜日の昼下がりには、モール周辺の歩道までをも占拠する多数のメイド(家事手伝い)が同胞との憩いを目的に集まる。そんな在星フィリピン人のハブと言える建物周辺で、昨年の12月29日、2019年最後の日曜日に一足早く仲間と新年を祝うはずであったフィリピン人のメイド6人に乗用車が衝突し、うち2人が亡くなった。この事故を契機に、メイドが休日を過ごせる公共の場が不足している問題点が世に知れ渡った。
 
 シンガポールで働く外国人労働者の中でメイドに並んで多数を占める建設労働者。街中の工事現場で働く作業員は十中八九、インドやバングラデシュからの出稼ぎ労働者であるが、彼らが事故に巻き込まれる報道も絶え間なく目にする。昨年の11月は、ノベナのタントクセン病院、センカンのHDB(公団住宅)、アングロ・チャイニーズ・スクール(ACS)などの建設現場を中心とする作業現場において9人が亡くなり、月間の犠牲者数としては年間最多となった。人材開発省(MOM)は、建設業界の生産性を向上させるため、2015年から、建設会社に対し、WP(ワーク・パーミット)保有者の5%を高技能の熟練建設労働者とすることを義務付けている(2017年からは10%)。その成果もあってか、建設現場における傷害事故の発生率は、ここ数年で減少傾向にある(図1)。しかしながら、センカンのHDBの建設現場に関しては昨年2度の死亡事故が発生していることが物語るように、現場ごとにばらつきがある安全管理の態勢を徹底的に改善していく必要がある。

人口の約40%は外国人
国民の過半は出稼ぎ労働者を歓迎

 シンガポールの人口構成に改めて目を向けてみたい。統計局が昨年9月に発表した人口統計によると、2019年6月末時点の総人口は対前年比で1.2%増加の570万3,600人。増加を牽引しているのが全体の約30%を占める外国人居住者であり、対前年比で2.0%増の167万7,400人。またシンガポール国民は0.8%増の350万900人、外国人永住者(PR)は0.6%増の52万5,300人となっている。
 
 外国人居住者のうち、国民やPRの配偶者や留学生を除いた139万9,600人は、就労ビザを取得して職に就いている。その外国人労働者の中でも最大の規模がWPの保有者であり、その数は外国人労働者全体の70%に及ぶ。またWP保有者の半数以上はメイドと建設労働者のいわゆる出稼ぎ労働者であり、当地の外国人労働者全体の39%を占めるに至っている(図2)。

 シンガポールの経済成長を陰で支える出稼ぎ労働者。その存在は国民も評価している。国際労働機関(ILO)と国連ウィメン(UN Women)がシンガポールと日本を含む4ヵ国において2018年末に実施した調査によると、対象となった約1,000人のシンガポール人のうち、58%は「出稼ぎ労働者はプラス」、17%が「出稼ぎ労働者はマイナス」と回答。外国人労働者を積極的に受け入れているとは言い難い日本とは対照的な結果となっている(図3)。

 

休日も窮屈なメイドの生活環境
建設現場の安全対策は道半ば

 当地の出稼ぎ労働者がさらに安全かつ快適に過ごせるために官民が採るべき施策、また個々人が留意すべき点は何か。先述したメイドと建設労働者に焦点を当てて考察してみたい。
 
 先ずメイドについては、時折報道される、「十分な食事を与えない」、「重労働を課す」といった人権を侵害する虐待的な行為は言語道断であることは言わずもがな、それらの行為を助長しかねない「罵声を浴びせる」ような行為も、雇用主のストレスを発散するだけで問題の解決にはつながらない。複数のメイドを間近で見てきた筆者の経験上、雇用主がメイドを家族のように接する傾向が強いほど、良好な関係が長続きする。その前提にはメイドが雇用主に対して従順かつ誠実である必要があるが、仮にそうでない場合はメイドを交代すべきである。また住み込みのメイドが休日に、フィリピン人は「ラッキー・プラザ」、インドネシア人は「シティー・プラザ」、そしてミャンマー人は「ペニンシュラ・プラザ」に大挙して押しかけるのは、現実的に彼女らが集まれる公共の場が限られている点が大きい。一部のショッピングモールで退去を求められたり、コンドミニアム内のプールやBBQピットの利用を禁じられているケースも散見されるなど、国内で25万人を超えるメイドの多数が、社会の中で肩身の狭い立場に置かれている状況は否めない。
 
 一方の建設労働者であるが、基本的に彼らは雇用主が用意する郊外のドミトリーで集団生活を送ることから、住み込みのメイドとは対照的に、休日に街中で仲間と時間を過ごす必要性は薄い。課題は生活の大部分を占める建設現場での安全対策の強化。昨年11月に多発した死亡事故を受け、政府は通常の検査に加えて、建設や船舶業界など危険度の高い400ヵ所の現場を緊急に検査することを発表した。また当地の建築物の完成度合いが日本などに比べて劣る点は明らかであり、前述した生産性の向上のみならず、熟練度や品質を上げていく努力が建設業界全体に求められる。またそれが結果的に現場での事故を減らしていくことにつながると考える。
 

社会起業家が出稼ぎ労働者を支援
社会的包摂の成否が経済成長を左右

 現在シンガポールでは、複数の団体が、草の根の活動を通して出稼ぎ労働者の生活をサポートしている。その代表格は、最大の労働団体である全国労働組合会議(NTUC)とシンガポール国家雇用者連合(SNEF)が2009年に共同で設立した移民労働者センター(MWC)。出稼ぎ労働者が公平な雇用慣行の下で健全な心身を維持できるよう、多様なプログラムを提供している。また最近では社会的企業も積極的に支援活動を実施している。その一例には、出稼ぎ労働者が暮らすドミトリーの敷地内などでフリーマーケットを開催し、不要となった衣類や電化製品を格安で販売することで物価の高い当地での生活をサポートする「Barang for your Buck」や、若年世代のシンガポール人に出稼ぎ労働者の実態を理解してもらう活動を通して社会的包摂の実現を目指す「Migrant x Me」といった企業がある。
 
 昨今のシンガポールでは、社会的に弱い立場にある人々を含む全ての人を地域社会の一員として取り込み、支え合う概念であるこの「社会的包摂(Social Inclusion)」という言葉に接する機会が増加している。チャン・チュンシン貿易産業相は今年の1月6日、国会答弁で、ホワイトカラーの外国人労働者が国民の仕事を奪う懸念について、「本当の競争はシンガポール国民、永住者(PR)、そして外国人労働者との間ではなく、これら3者からなるチーム・シンガポールと世界各国との間にある」旨の発言をしている。この発言はいみじくもメイドや建設現場で働く出稼ぎ労働者、そして国民の中でも低所得者層が直面する社会的および経済的な格差が是正されることなくシンガポールがさらなる経済発展を達成することは困難である点を言い表しているのではないだろうか。
 

ピックアップニュース

Bangladeshi worker dies after being caught between barricades and rotating crane at Sengkang worksite
(ストレイツ・タイムズWeb版 2019年11月22日付)
 
<記事の概要>
2019年11月22日、センカンのHDB建設工事現場で、バングラデシュ人労働者がクレーンと鉄柵の間に挟まり、亡くなるという事故が発生した。この現場では昨年3月にも、シートの山が崩れてインド人労働者が下敷きになり、亡くなっていた。
 
 


山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。
週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。
週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

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