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ビジネス特集

2019年6月25日

今どき「シンガポール駐妻生活」

多彩なワークバランスを実現する女性たち

 シンガポールは外国人の選ぶ「住みやすい都市」NO.1だ。2014年から4年連続で1位にランキングされている(HSBC調査)。母国よりも収入・キャリアの向上が見込めるとして、多くのハイスキル外国人人材を惹きつけていると同時に、シンガポール生活のクオリティの良さが評価されているようだ。家族と快適に暮らすのに欠かせない治安の良さと充実した医療、そしてなによりも非常に高い教育水準――。何もかもが魅力的に映るシンガポールでの海外生活。そして、ここに集う日本人駐在妻。何が日本と違うのか、そもそも彼女たちが求める理想の生活はここにあったのか。今回は、駐在妻の四方山話、最近の駐在妻事情を特集にてお届けする。
 

環境に慣れるまで1年。
「ポートフォリオ的仕事」で自分のペースを掴んだ

 日本では共働き。夫に辞令が出た時、日本で働きながら一人で子育てをすることは到底できないと判断、働き方を変える良いチャンスと敢えて「駐妻」生活に飛び込んだと言うジャーナリストの中野円佳さん(34歳)。来星2年になるが、最初の1年間はなかなか大変な日々だったと当時を振り返る。胃腸炎を繰り返しながら、息子(当時5歳)と娘(当時1歳)の幼い子供たちと向き合う異国での育児。夫は長期出張がしょっちゅうあり、留守がち。自分の時間もなかなか持てず、定期的な仕事をこなせない現実――日本から取り残された感に、とかく苛まれた。

 

 そんな中、やっとの思いで著書『上司のいじりが許せない(講談社新書)』を上梓。やり遂げた思いからか、ちょうどその頃から自分のペースで仕事ができるようになった。現在は、日本とのリモート執筆・講演活動、オンラインサロン主宰、シンガポールでのLOC(letter of consent:労働許可申請)による日系メディアでの原稿書きなど、1社に滅私奉公するのではなく収入源を複数持って「仕事のポートフォリオ」を組む働き方をしている。「子育てをしながら、自分の仕事をすることに流れができた。定期的にオンラインメディアへの連載も始め、それを本にまとめ、講演活動もしている」と日々、精力的に活動している。「シンガポールでの子育てはスクールバスがあるのが嬉しい。日本での電動自転車の前後に子供を乗せての保育園通園は大変だった」と日本生活を振り返る。

 

キャリアを追及するか、家族とともにあり、か

 2018年7月、日本女性の「就業率」は69.9%(総務省労働力調査)と過去最高になった。配偶者が転勤になった時、自分の仕事を辞めて帯同する女性はどのくらい存在するだろうか?夫の単身赴任という選択肢ももちろん存在する一方で、様々な葛藤に悩みに悩んで、帯同することを決意する女性も数多く存在しているのも事実である。

 

 「専業主婦という人種とキャリアウーマンという人種があるわけではない。専業主婦も、ワーキングマザーも、お互いに”なれたかもしれない選択肢”だったり、”いつかなるかもしれない選択肢”」と語る中野さん。シンガポールには、前は総合職で働いてた人や、教師や看護師など資格職を持っていて日本に戻ったら、また働こうと思っている人もいる。ちょっとしたきっかけで復職できる人が大勢いるのだ。「日本は同調圧力があるけれども、そもそもシンガポールは宗教も人種も多様だから、全く気にならないはず。せっかく日本ではなかなか会わなような人たちに接する機会があるのだから、いろいろなことを気にせずに自分のやりたいことをやったらいい」と語った。そんな中野さんの当地での経験も含め、多くのインタビューを元に社会構造問題をクローズアップした新著『なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造 (PHP新書)』が出るので、こちらも参考にしたい。
 

ハードな仕事でも、「心のゆとりが全然違う」

 IMDの経済競争力ランキングで1位、子どもが最も守られているランキング1位でもあるシンガポール。だからこそ、敢えて、子どもを連れて駐在を希望する女性もいる。

 

 金融機関でマネージメント職に就くKさん(44歳)だ。自身が駐在辞令を受け、2人の子供(12歳女子と10歳男子)と来星。夫は月に在宅勤務が10日間ある研究職で拠点は東京、月に1度来星するペース。滞在中の土日は友人とバドミントンを楽しむ「駐夫」だと笑う。

 

 来星当初はトラブル続きだった。コンドミニアムのエアコンが3台いっぺんに故障し、修理をお願いしてもなかなか来てくれず、どうにかリビングのエアコン1台で数日過ごした。当地ではよくあるエアコン修理工待ちぼうけだ。「今は、良いメイドが見つかり、全ての家事をしてくれる。日本家庭で働いていたこともあり、日本食も作ってもらえる。もう頼りっぱなし」。

 

 通勤は会社へ2駅15分。ラッシュアワーの混雑もなく、毎朝、お子さんと一緒に電車で通っているそう。「日本食は高すぎるけれど、ローカル食はおいしいし、安いから手軽に食べに行ける。朝から晩までほぼ外食で、デリバリーサービスも充実しているから、料理はあまりしない。生活しやすく、気が楽です」と日々の生活について語る。今回敢えて帯同させた子どもたちは、インターナショナル校に通う。「本人たちにとっては、思いが通じないこともあって、なかなか厳しい状況のよう。クラスでも日本人がいなくて、孤立してしまうこともあるらしい。でも、いろんな人種と混ざりながらいろいろな体験ができているのだから」と、ポジティブに子どもたちには話しているという。当地での仕事と家庭の両立については「仕事は場合によっては日本よりも拘束時間は長いし、ローカルのマネジメントに慣れていない分、大変だ。でも、日本にいた頃は夜11時に帰ってもごはんを作って、洗濯していた。その分、メイドがいてくれるから負担は大幅に減った。心のゆとりが全然違う。子供との時間を大切にできる」とここでの生活がいかに充実しているかを語る。「日本では土日も含めて、いつも時間に追われていた。今は、帰宅後、子供とべったり一緒に居られる。今を大切に過ごしている」。ローカルの人は家事をほとんどアウトソーシングしていて、余裕があって機嫌がいい。子どもとも良い関係を築いている。「すべてを自分でこなそうと思わずに、気楽に生活を楽しんで。自分から枠を作らないで」と日本で働くママにエールを送る。
 

「駐妻、最高!」


 
 Sさんは日本の広告代理店で勤続31年になる。施行されたばかりの会社の「配偶者転勤に伴う休職制度」を利用して渡星した(1年間滞在し、帰国後復職予定)。2年前に夫が中学生の二男を連れて先に来ていたが、半年も過ぎた頃、二男の骨折事故で、全治7ヵ月、車いす生活になったと知らせが入った。息子を一人で置いておくわけにいかないと、渡星を決意。「運良く、会社に新休暇制度ができた」と当時を振り返る。入社は1988年男女雇用機会均等法が施行されたばかりの頃。まだまだ、専業主婦とキャリアウーマンには大きな隔たりがあった時代だった。「がむしゃらに髪振り乱しながら、子ども二人を育てた。子供よりも、自分よりも、仕事を優先してきた。仕事を自分都合で休むなんて考えたこともなかった」と話す。来星後、しばらくは、病院と学校の往復と反抗期に入った息子の世話に明け暮れていた。やっと息子のけがの経過も落ち着いてきた頃、自身がこの生活をエンジョイしようと思い始めた。「会社にいたら絶対に体験できないことをすべて体験しようと思った。シンガポール中を見て歩き、近隣諸国を10ヵ所以上訪問、旅行記を書き溜めたり、英語力をブラッシュアップしたり。好奇心の赴くまま、見聞を広め、充電しようと思った」と語る。そして何よりもよかったのは「息子との時間を大切にできた」こと。「駐妻、最高。ここはなんでもチャレンジできる環境が整っている」と残り少ない駐在生活を名残惜しそうに振り返る。
 

自分らしさを追求できる環境がある国

 確かにシンガポールに駐在することは、他の国よりも恵まれているだろう。清潔で安全、渋滞はなく交通も便利、日本人学校や質の高いインターナショナル校があり、スクールバスが配備され、子育て環境も充実している。創立102年会員数約15,000名のシンガポール日本人会では様々なコミュニティー、イベント、稽古事も充実している。働こうと思えば、DPでもMOMにLOCを申請すれば、仕事ができる数少ない国だ。もちろん、働くことだけが自己実現ではない。シンガポールには多様な人種、宗教を受け入れる素地が備わっている。働くか、専業かという二者択一ではなく、ここには様々な人生を多彩に彩れる可能性がある。固定概念や枠を取り払い、自分らしさを追求すること、それはキャリアウーマンでも専業主婦でも関係ない。現在、シンガポール在留邦人女性は17,173人。うち20歳以上5,832名(外務省海外在留邦人数調査統計2018年度版)が同居家族として、シンガポールに滞在している。きっとここには、6000通り近い素敵な駐在の在り方が存在する。「やろう」と思えばできる、そんな環境がここシンガポールには備わっているのだ。

 


「なぜ共働きも専業もしんどいのか主婦がいないと回らない構造 」(PHP新書)
 【「東洋経済オンライン」ジャーナリズム賞受賞 上野千鶴子さん推薦】シンガポール在住、現在は日本とシンガポールを行き来しながら活動する著者が、日本の「専業主婦前提構造」を読みとき、その変化の兆しを探る。日本の働き方の矛盾に斬りこんだ本書。「東洋経済オンラインアワード2018」でジャーナリズム賞を受賞した好評連載に大幅加筆のうえ、書籍化。

文:越智 栄

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