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シンガポールの会計・税務・規制事情

2019年4月25日

第5回 オフショア法人の危機とその影響

 シンガポールは、日本人の間ではいわゆる「タックスヘイブン」としても知られています。法人税率17%と日本のタックスヘイブン対策税制の対象となっていることによるものですが、本当のタックスヘイブンは、カリブ海にあるヴァージン諸島やケイマン諸島、太平洋にあるマーシャル諸島、インド洋のセイシェルなどの税率がゼロの地域のことです。これらのタックスヘイブンで今、大きな変革が起きており、今までのように簡単に使えなくなるかもしれないと言われています。今回は、最も利用されていると言われる英領ヴァージン諸島(British Virgin Islands;BVI)における動きに関連して、解説していきます。
 
BVI法規制の変更と背景

 2016年にテレビなどで騒がれた「パナマ文書」とは何かご存知でしょうか。これはパナマにある法律事務所から流出した文書に関する騒動です。これによりBVIも含むタックスヘイブンに設立されたオフショア法人に関する情報が漏れ、富裕層の資産隠しや、課税逃れの実態が明らかになりました。ここに出てくるオフショア法人は、必ずしも不当な目的で使われるものではないのですが、実際に課税逃れなどが行われているものもあり、近年の国際課税の厳格化の一環として、世界的に厳しい目が向けられています。
 その流れを受け、世界的な課税適正化の動きが加速。2017年12月には、欧州共同体(EU)が租税に関する「EUブラックリスト」を公表しました。その中でBVIなどのタックスヘイブンが、経済実態を反映しない利益の移転を促進しているとしてグレーリストに挙げられ、2018年末までに公平な税制に改善するための具体的な行動をとることを迫られました。その結果、BVIは2018年12月に「経済実態法」を成立、2019年から施行されています。
 この法律では、特定の事業を行う法人(ファンド運用、ファイナンス、本社機能、持株会社など)は、税務上の居住地がBVIであるならば、経済実態を備えていなくてはならないというものです。その経済実態の要件を満たすこと、またその報告義務の期限は2019年6月末とされています。
 
日本の個人と法人への影響

 それではこの経済実態を備えることについて、日本人や日本の法人に対してどのような影響があるのでしょうか。
 日本に居住している個人や法人がBVIを設立し、その事業実態がない場合は、日本のタックスヘイブン対策税制の対象となります。つまり、BVIに事業所や従業員などをおいて事業を行っていない場合は、税務上の居住地が日本であると同様に、日本で課税されることとなってしまいます。このようなスキームは意味がないため、実務上はとられていません。強いて影響があるとすれば、タックスヘイブン対策税制に気付かず、適正な納税をしていない場合でしょう。その意味で、本改正は目的に合っていると言えるかもしれません。
 一方、シンガポールに移住して、資産運用をBVI法人を利用して行っている場合はどうでしょうか。このようなケースは多くみられます。経済実態はシンガポールにあったとしても、個人ではキャピタルゲインや配当収入がそもそも非課税であるため、実態がBVIでもシンガポールでも税務上の取り扱いは変わらないことになります。
 しかしながら、BVIがシンガポール居住法人であると確定した場合、これをシンガポールにて税務申告する必要が生じる可能性があります。その場合、法人課税となるため今までは無条件で非課税となっていたキャピタルゲインなどが事業収入として課税対象となる可能性があります。その場合は、個人での資産運用に変更するなどの対策をとった方が安全かもしれません。
 
今後の動き

 今回の法規制の改正については、大まかな方向性が示されたものの、具体的な手続などについてはさらなる発表を待っている状況です。従って、制度改正を注視しておく必要があります。
 また、EUの2019年3月の会合で、BVIは経済的実態の要請については協力的かつ積極的と評価されたものの、未だグレーリストに入ったままとなっており、2019年末までに経済実態に関連するEUの懸念に対して対応を行うことが求められています。そのため更なる規制の強化がされる可能性もあると考えられるでしょう。
 
とるべき対策

 今後のBVIの法改正については継続的にモニタリングする必要があります。特に法令違反の場合にペナルティとしての罰金などが科される可能性もありますので、情報を取れる体制にしておくことが望まれます。
 また、日本の個人と法人への影響で述べた通り、状況によっては思わぬ影響がある可能性があります。BVIの法改正を待たずに、課税関係の見直しと、それに伴うスキームの変更の可能性を検討しておくことが迅速な対応を可能にします。

 

プロフィール
伊藤 哲男(Tetsuo Ito)
フェニックス・アカウンティング・グループ グループ代表
公認会計士・税理士・シンガポール勅許会計士

東京都出身。東京大学経済学部卒。1997年より KPMG東京事務所にて金融機関を中心に日本・米国基準での監査を行う。上場支援コンサルティング、組織再編、M&A関連業務に従事。その後、KPMGニューヨーク事務所に現地採用にて勤務。2005年12月に帰国してフェニックス・アカウンティング・グループを創業。2012年5月に来星し、SGX所上場プロジェクトや、日本企業のアジア進出支援に携わる。シンガポール、東京の他、マレーシア、インドネシアにも展開し、グループとしてクロスボーダーの会計・税務・財務・M&A関連サービスを幅広く提供している。フェニックス国際税務研究所理事。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.345(2019年5月1日発行)」に掲載されたものです。

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