シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP第6回 シンガポールでのM&A ~優遇税制

シンガポールの会計・税務・規制事情

2019年5月25日

第6回 シンガポールでのM&A ~優遇税制

 
 シンガポールは税率が低い国、またアジアの金融ハブとも言われ、そのための優遇税制が整備されている他、シンガポール企業の成長を促すための優遇税制も各種整備されています。
 
 その一つがM&Aに関連する税制措置です。これはシンガポールの中小企業がM&Aを通じて戦略的に成長をしていくための税制ですが、適用要件にはシンガポール人であるという規定はありません。またローカル企業の成長支援の意味合いがあるため、過去2回の改正で拡充されています。
 
 日系企業、特にシンガポールにて起業している日本人も利用できるため、これを熟知しておけば、M&Aにおける経済性の分析を通じて、適切な投資意思決定ができます。

 

M&Aにおける税制のポイント

 

 通常M&Aにおける税制は、組織再編税制に見られるように、売却する側にどのように税金が発生するかが問題になります。また、一般的によく利用される単純な株式の売却および取得に関しては、売却した側に株式の売却益の課税がなされます。シンガポールではこの株式の売却においてキャピタルゲインが非課税になるので、シンガポールの優位性として広く知られています。
 
 一方で、M&Aの買い手に対する税制はどうでしょうか。M&Aの買い手で特に大きな財務上の問題点はいわゆる「のれん」です。のれんは、取得の対象となった会社の簿価を上回る価格で取得した場合の差額です。営業権とも言われ、成長性のある会社を取得する場合はこれが多額になり、日本の会計上は一定期間で償却する必要があり、収益の圧迫要因となります。IFRSでは償却こそ不要ですが、絶えず減損の検討をする必要があり、その価値に対して常に見直しをしなければなりません。
 
 そのような償却や減損の要因であるならば、税務上も当然損金になるのだろうと思いますが、実際はそうではありません。日本の税制では、M&Aのスキームとして事業譲渡の形式によったり、取得会社が連結納税を選択している場合など、一定の方法による場合のみ「のれん」部分が損金になります。
 
 この点、シンガポールではどうでしょうか。シンガポール税制では「のれん」の損金算入の規定こそありませんが、M&A控除(Merger and Acquisitions Allowance)という損金項目が認められており、のれんの損金算入に比べて、以下のような特徴と有用性が認められます。

 
1. 株式の取得に適用される
 
 シンガポールでは株式の売却益が非課税であるため、単純な株式譲渡が用いられることがあります。これに対応してなのか、株式譲渡のスキームに対して適用されます。従って、税制上のメリットを取るために複雑なスキームを考える必要がありません。

 
2. 取得価額の25%が一律損金になる
 
 「のれん」がなくても、取得価格の一律25%を「のれん」とみなしていることになります。従って、価格交渉で買収価格が下がっても、のれんの割合は変わりません。さらに簿価やそれ以下の価格の取得でも、この控除が使えることになります。

 

シンガポールのM&A税制

 
 シンガポールにおけるM&A税制は他にもありますので、改めてまとめてみます。

 
A. M&A控除
 
 上記にて説明した控除です。株式の取得価額の25%を取得後5年間にわたって損金にすることができます。上限は取得額にしてSGD 4,000万(約32億円)、控除額にしてSGD 1,000万(約8億円)です。
 
 この控除については過去2回の改正がありましたが、控除割合が5%から25%に上がり、控除額の上限も約4億円から約8億円に上がっており、M&Aによる企業成長の促進を図るシンガポールの姿勢がうかがえます。

 
B. 印紙税の軽減
 
 シンガポールにおける印紙税は、株式の売却価額か、対象会社の純資産価額のいずれか高い価額に対して0.2%となっています。
 
 しかしながら、一定の要件を満たす株式の取得に対してはSGD 8万(約640万円)を上限としています。これはM&A控除の取得額上限の約32億円に合わせた金額であり、M&A控除が使える上限を超えた場合でも印紙税の負担額がそれ以上増えないようにする制度です。

 
C. M&A費用の200%控除
 
 M&Aに関連して支出した専門家報酬(弁護士費用、会計士報酬、税務アドバイザー報酬、株価算定書作成報酬など)について、支出額の2倍まで損金を認めるものです。なお、買収資金の資金調達に関する費用は除きます。
 
 この費用については、日本の税法では買収対象会社が特定されており、その取得のための調査費用等であれば、株式の取得価額に含めるものとして、まったく損金になりません。一方でシンガポールでは支出額の2倍の損金算入が認められています。

 
 これらの制度は、M&Aを行う買い手会社に対して税金負担を軽減し、積極的な企業買収をし易くする環境を整えている制度と言えるでしょう。

 

M&A税制活用の要件

 
 このM&A税制は、シンガポールの中小企業の企業買収を促進するもので、適用会社(若しくは最終的な親会社)がシンガポールで設立された居住法人であることが要件の一つです。従って、日本に親会社があるグループのシンガポール子会社での適用はできません。近年みられるシンガポールに本社、親会社を移転している企業グループや、そもそもシンガポールで起業しているベンチャー企業や個人企業であれば適用が可能です。

 
 株式の取得割合の制限もありますが、一方で20%以上の取得でも適用可能であり、支配権を伴う企業買収の手前での一部取得でも適用できる利点もあります。
 
 他にも従業員数(3名)要件もあるため、自社が適用できるかを十分に検討する必要があります。
 
 なお、本控除は2020年3月末までのM&Aへの適用になっていますが、過去にも延長をしていたため、2020年の税制改正に要注目です。適用条件や適用時期については会計事務所などに相談し、M&Aのタックスプランニングを十分にしておくことが、M&Aの経済性の分析において重要です。

 

プロフィール
伊藤 哲男(Tetsuo Ito)
フェニックス・アカウンティング・グループ グループ代表
公認会計士・税理士・シンガポール勅許会計士

東京都出身。東京大学経済学部卒。1997年より KPMG東京事務所にて金融機関を中心に日本・米国基準での監査を行う。上場支援コンサルティング、組織再編、M&A関連業務に従事。その後、KPMGニューヨーク事務所に現地採用にて勤務。2005年12月に帰国してフェニックス・アカウンティング・グループを創業。2012年5月に来星し、SGX所上場プロジェクトや、日本企業のアジア進出支援に携わる。シンガポール、東京の他、マレーシア、インドネシアにも展開し、グループとしてクロスボーダーの会計・税務・財務・M&A関連サービスを幅広く提供している。フェニックス国際税務研究所理事。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.346(2019年6月1日発行)」に掲載されたものです。

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