シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP第4回 2019年税制改正

シンガポールの会計・税務・規制事情

2019年4月22日

第4回 2019年税制改正

~ファミリーオフィスへの朗報

 2019年税制改正(予算)ですが、かつて見られたような大幅な所得控除などのアナウンスがありませんでした。一方で、全ての投資の奨励よりも、シンガポール人のための中小企業の成長、雇用の促進などのための予算措置が多かった印象です。
 その中で目立ったものが、「ファンド優遇税制の強化」です。アジアの金融・投資のハブとしての地位を堅持する姿勢を感じましたが、これはどのようなものなのでしょうか。
 
ファンド免税制度

 日本から富裕層が当地へ移住してくる目的の一つに、安い税金で資産運用できることがあげられます。株式などの売却益は無税、株式からの配当金も、債権投資からの利息収入も無税なため、日本で資産運用するよりも圧倒的に有利です。
 こういった資産運用は個人で行うケースもありますが、相続対策やファミリー資産の一括運用、その配分を考えて法人形態で運用されることもあります。いわゆる「ファミリーオフィス」です。
 しかしながら、上記のような運用収益を法人で計上した時点で、資産運用事業から生じる収益、つまり、事業所得として課税対象になってしまいます。
 これを解決するために、ある一定の要件を満たしたファンドを作って資産運用した場合、そのファンドの収益のすべて(資産運用の対象要件あり)を非課税とすると、シンガポールの税法は定めています。これは、シンガポールをアジアの資産運用の拠点とすることを奨励するもので、ファンドから運用手数料を得る運用会社の法人税も、10%の軽減税率が適用されます。
 
ファミリーオフィスによる利用

 このファンド免税制度を、富裕層がファミリーの資産運用のために利用しています。一族の資産を運用するファンドを設立し、それを運用する会社も、親族の誰かが経営し、運用する形です。ちなみにアジアの超富裕層は、運用会社による資産運用に元ファンドマネージャーなどを独自で雇用しているケースが多いようです。
 なお、ファンド運営にはシンガポール金融庁によるライセンスの認可・承認が必要になりますが、親族の資産運用のためのファンドは規制の対象外となり、ライセンスがなくとも運営が可能という免除規定が設けられています。

 


(*1)ファンドライセンス保有会社、ライセンス免除会社若しくは、別途大臣承認を得た会社
(*2)シンガポール人・シンガポール居住者・シンガポールに恒久的施設のある法人
(*3)株主数は10名未満の場合。10名以上の場合は50%

 
税制改正

 この「ファンド免税」は、設置場所、規模などにより用件が異なります(表1)。 
 今回の税制改正では、このファンド免税を使いやすくする改正が多く行われました。具体的な改正内容は、かなり専門的になるのでここでは割愛しますが、注目すべき点の一つが、表の投資家要件にある「シンガポール人・居住者がファンドを100%保有してはならない」という制限の廃止です。

 
従来の問題点と今回の改正の意義

 この100%保有要件については、シンガポールに移住してファミリーオフィスを立ち上げるに当たっての障害となっていました。つまり、シンガポールに移住してきても、自分たちでファンドを100%保有すると、この規定に抵触することになってしまいます。
 過去の実務上では、金融庁の承認を得る際、シンガポール居住者の保有が30%程度に制限されていた事例があります。また、この規制のために別途、海外に慈善信託などを設立して70%を保有させるなど、不要な対策を行っているケースもありました。
 また、日本人の場合、日本在住の関係者に70%を持たせると、その時点でタックスヘイブン対策税制に該当し、日本での税金が発生してしまうことになります。
 今回のこの改正点は、ファミリーの資産運用について、シンガポールをその拠点にしやすいように大幅に改善したものと言えま
す。今までファミリーオフィスの設置をあきらめていた方は、再考してもよいかもしれません。

 

プロフィール
伊藤 哲男(Tetsuo Ito)
フェニックス・アカウンティング・グループ グループ代表
公認会計士・税理士・シンガポール勅許会計士

東京都出身。東京大学経済学部卒。1997年より KPMG東京事務所にて金融機関を中心に日本・米国基準での監査を行う。上場支援コンサルティング、組織再編、M&A関連業務に従事。その後、KPMGニューヨーク事務所に現地採用にて勤務。2005年12月に帰国してフェニックス・アカウンティング・グループを創業。2012年5月に来星し、SGX所上場プロジェクトや、日本企業のアジア進出支援に携わる。シンガポール、東京の他、マレーシア、インドネシアにも展開し、グループとしてクロスボーダーの会計・税務・財務・M&A関連サービスを幅広く提供している。フェニックス国際税務研究所理事。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.344(2019年4月1日発行)」に掲載されたものです。

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