2019年3月6日
第3回 難しくなる会社設立/口座開設~マネーロンダリングとテロ資金供与対策
シンガポールは世界で最も会社設立が簡単でスピーディーにできる国と言われていますが、ここ最近、手続にあたっての本人確認や、様々な質問を受けることが多くなってきました。これは会社設立だけでなく、銀行口座の開設、弁護士への依頼に関する契約の締結など、ビジネスの様々な面で多くみられるようになっています。これらの背景と趣旨、行われている手続きなどを理解しておかないと、シンガポールはビジネスがしにくくなったと感じたり、何度も親会社へ説明をしなければならないなど、マイナスの影響を受けることもありますので、今回は、この動きについて解説したいと思います。
制度の趣旨と背景
会社設立、銀行口座の開設にあたって、最近厳しくなっている規制の趣旨は、ずばり、マネーロンダリングとテロ資金供与対策です。この動きは、シンガポールや日本だけのものではありません。世界情勢を見ると、北朝鮮や、タリバンなどのテロリストなどに国連の経済制裁が行われています。これを実効的なものにするために 、各国政府が不適切な資金の国際間移動に関連して、自国の銀行や企業などが使われないように、経済取引の監視を強めています。
これはシンガポールにとって、国の生命線とも言える重要な活動になります。アジアの金融センターとしての地位を確立している一方で、マネーロンダリングや、テロリストへの送金の舞台になる疑義と表裏一体で、それを許した場合には国際的な非難を浴び、国の経済発展の基礎が失われてしまうことになります。従って、政府機関だけで なく、民間銀行や 、財務アドバイザー、監査法人、セクレタリー会社、弁護士にもガイドラインを出して規制を厳しくしています。この広範囲な規制網があるために、日本からの進出にあたって行う会社設立や銀行口座開設段階で問題が生じてしまうことがあります。特に、国の金融センターとしての根幹にかかわる問題ですので、適当にごまかしたり、中途半端な情報提供で終わらせることができない手続きであることは理解しておく必要があるでしょ
銀行などがやっていること
それでは、銀行などが行っている手続きはどのようなものなのでしょうか。概ね以下のとおりですが、各機関の属性や内部規定によって異なります。
1. 本人確認
会社設立関係者の確認です。株主と役員が主に確認対象ですが、それだけでは済みません。株主が法人である場合は、その株主の実質的な所有者である個人が誰であるかを追求されます。名義を借りている場合でも同様です。また、パスポートなどの確認を、現物確認や、役員の原本証明などにより行います。なお、対面での面談ができない場合はリスクが高いと認識される可能性があります。
2. 当事者の規制対象の有無の確認
各機関が必要と認めるスクリーニングが行われます。つまり、マネーロンダリングやテロ資金供与に関与している人物ではないかが個別にチェックされます。国連が開示している制裁対象者、団体との照合から、インターネットの検索まであらゆるチェックが行われます。なお、重要な政府関係者であるかが聞かれることがあります。これは、汚職などのリスクが高いと認識されているためです。
3. 取引内容、理由、資金源等の確認
取引内容の詳細について質問されることがあります。会社設立であれば設立の理由、事業の内容、出資金の出どころなどが聞かれ、不透明な点がないかが検討されます。また取引先国が国連制裁
対象国である場合などは、さらに詳細な取引内容の開示が求められたりします
4. 疑義のある取引の当局への報告
マネーロンダリングなどの疑義がある取引について、各機関には当局への報告義務が課されています。この点、当局が挙げている疑義のある取引の指標として、セクレタリーなどの住所を借りている、外国の役員がシンガポールを訪問して会社設立を行ったとほぼ同時に銀行口座が開設されている、銀行のサイン権者が国外に住む役員や株主である、など、日系企業がシンガポール進出にあたってよくある状況が列挙されています。当然、これだけでは問題がないと思われますが、他の事象と組み合わせて報告対象となってしまう可能性も認 識しておくべきです。
対応策
不必要に対策を取る必要はありませんが、以下の点には留意しておきましょう。
1. 余裕をもったスケジュールの設定
シンガポールの会社設立は1日で完了すると言われていますが、本人確認書類の提出や、追加の質問に時間がかかるようになっています。事業開始のスケジュールに間に合うように余裕を持った日程調整が必要です。
2. 情報の迅速な提出
情報の提出に関しては、シンガポールでの会社設立担当者が事情を完全に知らない場合などがあります。情報の提出が遅れたり、中途半端な情報になる場合は、何かを隠していると取られかねません。最悪の場合、当局へ報告される可能性があることも認識しておくべきです。
3. 日系のサービス会社の利用
日本企業の進出にあたっては、言葉の問題や、社内での情報取得の手続きのために対応が後手になってしまうことがあります。現地サービス会社ですと疑義を持たれる可能性もあります。余計なトラブルを防ぐためにも事情の理解できる日系の会社に依頼するとよいでしょう。
伊藤 哲男(Tetsuo Ito)
フェニックス・アカウンティング・グループ グループ代表
公認会計士・税理士・シンガポール勅許会計士
東京都出身。東京大学経済学部卒。1997年より KPMG東京事務所にて金融機関を中心に日本・米国基準での監査を行う。上場支援コンサルティング、組織再編、M&A関連業務に従事。その後、KPMGニューヨーク事務所に現地採用にて勤務。2005年12月に帰国してフェニックス・アカウンティング・グループを創業。2012年5月に来星し、SGX所上場プロジェクトや、日本企業のアジア進出支援に携わる。シンガポール、東京の他、マレーシア、インドネシアにも展開し、グループとしてクロスボーダーの会計・税務・財務・M&A関連サービスを幅広く提供している。フェニックス国際税務研究所理事。
この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.343(2019年3月1日発行)」に掲載されたものです。