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2008年8月18日

グローバル化する日本企業と共に。 NRIのアジア・ソリューションビジネス始動

野村総合研究所シンガポール社長 小竹 敏さん

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眺めのいい36階のオフィスからは、シンガポールリバーの河口からボートキー、シティホールに至るまで、シンガポールの心臓部をぐるりと見渡す事ができる。1984年、シンガポールに野村総合研究所の駐在員事務所が設立され、1986年に現地法人Nomura Research Institute (Singapore) Pte Ltd(NRIシンガポール)となってから20年余、同社は、シンガポールと共に成長して来た日系企業を同じ場所から見守って来た。シンガポールで2度目の駐在となる同社社長の小竹氏が、NRIシンガポールの新たな事業展開についてAsiaXに語った。

 

NRIのソリューションビジネスを汎アジアへ

「野村総合研究所は、シンクタンクというイメージが一般的に強いですが、実は収益の8割をITソリューションサービスが占めているということはあまり知られていません。」と小竹氏は言う。40年以上の歴史を持ち、日本で初めての民間シンクタンクである旧野村総合研究所と、野村証券グループのシステム部門を統括していた旧野村コンピュータシステムが1988年に合併し、現在の野村総合研究所(NRI)となった。官公庁を含むあらゆる業種の日本企業に向けて、経営及び事業戦略、IT戦略の策定などのコンサルティングや、様々な情報システムの開発、運用処理のための具体的なインフラ構築までを幅広く手がけている。

 

NRIシンガポールでは、日系金融企業向けの業務アプリケーションシステムの開発、メンテナンスなどのサポートを主に行ってきた。小竹氏は、今後金融系システムの他に、東南アジア地域でポテンシャルの高い製造業およびサービス業向けのシステムに関しても、事業展開を加速させていきたいと語った。

 

「これまでのNRIにとってのアジアビジネスは、中国からのオフショア開発パワーの調達が中心でしたが、今年度より、ITソリューションサービス事業を中国で、将来的には東南アジアで大きくして行くという方向を打ち出しました。ご存知の通り、アジアの新興国にビジネスを拡大する日系企業は増加傾向にあり、金融システムだけでなく生産管理、在庫、物流など多岐に渡る非金融向けの業務システムの需要もますます増え、コンサルティング機能とオフショアでの実績というNRIの優位性を生かすことのできる好機と捉えた訳です。」と説明する。これまでは、海外の拠点毎に可能な範囲で独自に対応していたのが、今年4月、本社にアジアシステム事業本部が立ち上がり、アジアでのITソリューションビジネスの中心組織として海外拠点と連携しながら、アジアならびに中国においてより専門性の高いサービスを提供することが可能となったのだ。

 

近年の日本企業のアジアでの事業活動は、欧米および中国とも連携し、ますます高度化しており、業務システムへのニーズも複雑化している。早くから東南アジアでのITビジネスに着目する小竹氏は、いよいよNRIシンガポールの出番であるとの思いを強めている。シンガポールという東南アジアのビジネスハブにあるNRIシンガポールを、NRIにしかできないソリューションを当地の日本企業に提供する拠点と位置づけ、「アジアにおけるNRIの実績を積み、顧客の評価を獲得しながらソリューションプロバイダーとしてのブランドを確立して行く所存です。」と抱負を語った。

 

オフショア開発のマネジメントの現場から

NRIシンガポールでは、システム開発プロジェクトの内容や規模に応じて周辺諸国のオフショア協力会社を活用する機会が多い。一般的には、安い労働力を求めて開発コストを削減するためだけにシステムのオフショア開発に乗り出し、失敗するケースは少なくないと聞く。「インドやフィリピンなどの協力会社とプロジェクトを組む際は、宗教や文化、商習慣などの国特有の事情を十分に理解した上で、仕事のやり方、考え方の違いをどう吸収するかがポイントです。例えば、オフショア開発現場からの報告は非常に重要ですが、日本ではネガティブな状況も含めて正確な状況報告を行おうと心がけるところが、国によっては事情が異なります。現場の状況を正確に把握するための報告の仕方を指導し、早めに危険信号をキャッチできるようにする必要があります。グローバルスタンダードな視点から見れば、日本のやり方も特殊といえます。例えば、わかりきった部分は設計書上に敢えて書かないのが一般的ですが、書かれている事しか行わないパートナーと組む場合、それでは期待する形のものは絶対に出来上がってこない。お互いの特殊性を理解した上で、共に仕事をしながら、お互い連携するためのスキーム作りを工夫することが大切です」と語る。

 

これはNRIのDNAともいえると思いますが、と前置きしながら、「『顧客と共に栄える』という野村證券の創業者の言葉にもあるように、コストを含め顧客満足度の高い、品質第一の仕事をするためにはどうすればいいのか、という発想を常に大切にしています。逃げずにやり抜く。そのために、早い段階で危機をキャッチするプロジェクトマネジメントをするのが我々のやり方です。」と説明した。「システム構築は、建築のプロセスと似ています。基礎工事の手抜きによってビルを沈ませるような事があってはいけない。上流工程の段階で妥協ない確認作業を行うことで、それを避ける事ができるのです」と、穏やかに語る小竹氏の眼差しには、実績に裏付けられたプロの自信があった。

 

NRIグループのDNAを受け継ぐ横顔

1986年に初めてシンガポールに長期出張で滞在した折、当時旧野村コンピュータシステムに在籍していた小竹氏は、同じビルにある顧客のオフィスの中にデスクを置いて業務を行った。まだ入社2年目だった氏は、現場のオペレーションに携わるローカルスタッフを始め、お客様に徹底的に鍛えられたと笑う。その後、二度の赴任を経験する縁があり、シンガポールは第二の故郷と呼べる程になった。

 

今回の在任中、ビジネスのグローバル・ハブとして成熟したシンガポールから東南アジアやインドを垣間見ながら、シンガポールにおけるNRIのビジネスの発展性とポテンシャルを感じ、それを展開していくための布石を打って来た。東南アジアでの新たな事業展開をにらみ、氏が活躍する舞台は、日系企業のアジアでの活躍を支えながらここシンガポールから更に広がって行くに違いない。「臥薪嘗胆」を信条にしているという氏の、焦る事なく好機を睨む目は、まさに中国の春秋戦国時代の軍略家に通じるものがある。

 

小竹氏の人生の転機となったのは、大学卒業後、英語の教師になるか、NRIに就職するか二者択一の選択をした時だという。「あの時、教師の道を選んでいたら全く別の人生を歩んでいたでしょう」と感慨深げに言う。新潟県出身で海岸の近くに育ち、水泳もスキーも得意。また中学・高校時代にはバレーボール、大学時代には体育会でソフトボールに打ち込んだという文武両道の小竹氏。現在は、忙しい合間を縫いながら、週末には、最近始めたゴルフの腕を磨きつつも、中学1年生の息子と家族3人の時間を大事に過ごしています、とやさしい父親の表情を見せた。

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小竹 敏(おたけ さとし)

1962年生まれ、新潟県出身。埼玉大学卒業後、1985年野村総合研究所(旧野村コンピュータシステム)入社。システムエンジニアとして証券会社のバックオフィスシステム開発に携わったほか、プロジェクトマネージャーとして資産管理会社の海外拠点向けバックオフィスシステム開発など複数のプロジェクトを率いた経験を持つ金融系システム開発のエキスパート。また、シニアコンサルタントとして、同社の海外ビジネス展開や営業活動のマネージメントにも従事。2006年4月に野村総合研究所シンガポール社長に就任。

野村総合研究所シンガポール
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TEL:6225-8441
E-mail:nrisg-mrkting@nrisg.com

 
 
 
 
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