シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP外から日本を元気にするビジネス考

座談会

2011年11月7日

外から日本を元気にするビジネス考

AsiaX200号記念特別座談会

2011年3月以降、東日本大震災、福島第一原発事故の大惨事を経て、我々日本人にとって様々な試練が続く中、その影響は日本国内だけに留まらず、世界的にも様々な意味でインパクトを与えている。「失われた20年」と言われる慢性的な日本の経済停滞と相まって、将来への不安が加速する一方で、新たな道を模索しながら、ビジネスの世界に少しづつ活力が戻って来ているかにも見える。そんな現状を鑑みながら、日本を元気づけられるヒントを模索した。

tan

タン・ジョンレク(TAN Jong Lek、陳 永力)さんシンガポール留日大学卒業生協会(JUGAS) 前会長
National Junior College(高等学校相当)を卒業後、政府奨学金を得て国費留学生として日本へ。横浜国立大学工学部船舶海洋工学科を1982年に卒業後、2年半の兵役に従事し、1985年1月国防省に就職。その後官庁、民営企業を経て、現在、会社役員。また、JCS星日文化協会副会長も務めている。日本通のシンガポール人として、長年、星日間交流に尽力。

 

AsiaX

海外から現在の日本の近況を見て、個人的に感じられていること、ご自身のビジネス上で何か気付かれたことはありますか。

 

東日本大震災や原発事故は大変悲しい出来事でした。 一方で、日本の国民性を世界が再確認する機会でもありました。日本人の特性である規律、団結、思いやり、回復力を見事に世界に示したのです。

日本経済は過去20年近く低成長期が続き、その評価が下がっていましたが、現在、世界が日本に注目していますし、それが見直されるチャンスにあると思います。

丸茂

3月以降、 我々の法律事務所への企業からの相談数は増えていますね。 これまで出会う機会の少なかった中小企業で、海外進出のこともあまり考えてなかった方々からの問い合わせが増えています。特にレストランなどの飲食業やビジネスコンサルタント関連が目立ちます。

田中

震災以前から日本は10年以上デフレで経済停滞傾向でしたから、国内だけでのビジネス展開は、将来頭打ちになると言われていました。とはいえ、海外に進出することには二の足を踏む企業が多かったのですが、震災がきっかけで海外進出に拍車がかかったようです。

以前私が勤務していた消費材メーカーでは、日本市場で成功した会社は世界中どこでも成功できると言われていました。なぜなら、日本の消費者は、世界的にみても要求度が高い市場ですから、その市場を熟知した企業なら世界中どこでも通用するという発想です。

シンガポールは東南アジアの中でもインフラも整備されている上、商習慣もすっきりしていて日系企業には進出し易いマーケットですよね。もう少し長期的に見て、シンガポールを足がかりにして、ベトナムやインドネシアといった次なる成長市場へとどんどん進出して欲しいと思います。日本の市場に取り組んできた企業は、現在購買力が未熟なベトナムやタイ、インドネシアの未来予想図をすでに経験していますから、その経験を生かし、現地のニーズを汲み取りながら、ビジネスを展開して頂きたいです。

toda

戸田 直樹(とだ なおき)さんYAMATO Transport (S) Pte Ltd マネージングダイレクター岡山県出身。1989年ヤマト運輸株式会社入社。本社、東京、岡山、広島、新潟で宅急便事業に従事。2008年7月にシンガポールでの宅急便事業のFSのため来星。2010年1月に宅急便事業を開始する。国内の仕事がメインだったが、初めての海外での業務に戸惑いながら、いち早くシンガポールに根ざす会社にしようと奮闘中。

 

AsiaX

実際に日本のビジネスモデルをシンガポールで展開してきた「宅急便」サービスのシンガポールでの経験を聞かせてください。

 

戸田

震災前から現在まですでに1年10ヵ月間、我々はシンガポールで宅急便サービスを提供しています。日本のビジネスモデルをそのままこちらに持ち込んでビジネス展開しており、日本的なサービスや考え方を導入しようとしているのですが、なかなか上手く噛み合わない実状があります。

サービスや品質そのものは受け入れられても、ビジネスの運営方法やマネジメントは当地に見合ったものを考えていかなければなりませんし、我々の日本のやり方をそのまま強制することはできません。その地域に根付くサービスを提供するのが我々のビジネスモデルですから、現地社員にそのメンタリティーを汲み取ってもらい、体感して体現してもらえればと考えています。

ただし、実現への道は山あり谷ありで、未だいくつかの壁がありますね。

 

AsiaX

日本では、誰もが承知の便利な宅急便のシステムですが、実際シンガポールではどのくらい受け入れられているのでしょうか。

 

JUGAS(日本の大学を卒業したシンガポール人OB・OGの会)のメンバーは日本でも馴染みがありましたから当然知っていますが、一般のシンガポール人にはまだ知られていないようです。指定した時間内に荷物を届けてくれる、不在時は指定時間に再配達もしてくれるなど、シンガポールにはなかったサービスですから、宅急便は、我々の日常生活を便利にしてくれるはずです。ただ、我々がそれを便利だと認識するレベルに至っていない。小さい島内で、何か届けようと思えばいつでも簡単に届けられる、バイク便などの配達人に安く頼めばいいという考え方が根強く存在しています。

宅急便のコンセプトは素晴らしいですし、定着まで時間が必要だと思いますが、頑張り続けて欲しいです。例えば、シンガポールからマレーシアまで配達範囲を広げるというのはどうなんでしょうか。ニーズがあると思います。

戸田

シンガポールの地域性を考えると、島内だけでなく周辺諸国を巻き込みながら人、物、カネが動いているので、そこにビジネス展開するべきニーズがあるのは個人的にも感じています。ただ、シンガポールの「狭い」という地域特性の中で、我々のサービスの利便性を体感した結果、普段なら自分で運ぶが、このくらいの値段なら宅急便に頼もうかという流れが少しづつ出て来ています。以前、日本でお中元やお歳暮は自分で届けていたのが、宅急便の利用へと徐々にシフトした事例があるように、こちらでの中秋節のムーンケーキなどの配達を承るようになってきたのです。

とはいえ、シンガポールでの宅急便の知名度はまだまだ低く、マーケティングやブランディングの必要性を感じています。

tanaka

田中 環(たなか たまき)さんフリーランスコンサルタント、NUS客員講師横浜市出身。米ノースウェスタン大学経営大学院でMBA取得後、外資系消費財メーカー、戦略コンサルティング企業を経てフリーランスのマーケティング・スペシャリストとして独立。ブランディング、新規市場参入など各種プロジェクトに従事。現在、シンガポール国立大学、SIM大学にてマーケティングの講師も務めている。

 

AsiaX

日本からシンガポールへ、ここにまだ無い新しいサービスや商品を持ち込むとして、シンガポールの市場に関するアドバイスをお願いします。

 

田中

国土が小さいことに加えて、こちらの人件費がとにかく安い。競合となるのが企業などでなく、近隣諸国からの安い労働力になるわけです。

しかし、シンガポールの国民性には、時は金なりといった価値観がありますから、素早く確実、壊れなくて安心といった日本のサービスが、値段もそこそこで利用できるとなると、彼らの価値観とクロスオーバーする所がきっとあるはずです。また、当地でも日本のサービスや製品は高品質、といったブランドイメージがありますから、それも有利に働きます。

導入するサービスが、その土地で良いとされる認識のレベルを上回っているのは非常にいい事です。30~40年前、シンガポールに日本の大手の製造業が進出した際、その日系企業の品質へのこだわりにシンガポールの企業は驚きました。それによって、シンガポールがレベルアップする機会となりました。それと同様に、宅急便のような高いレベルのサービスを導入することは、今はギャップがあるとしても、将来性があると思いますし、シンガポールにとってもプラスになります。

丸茂

シンガポール人は、お金を支払うということにとてもシビア。品質やサービスに対してどれくらい払う価値があるかと考えるでしょう。ただ、以前は、コーヒー1杯飲むにも、ホーカーセンターと比べてその3倍はするスターバックスのコーヒーがどれだけ浸透するかと、随分話題になりましたが、今では多くの人が気にせず対価を支払っています。宅急便のサービスに支払う額が多少高くても気にしない、という域に今後どのように達するのか、興味がありますね。

また、従来の仕事のあり方がどれくらい変われるのかも気になります。ローカルの配送の場合、運転手と助手席に座った荷物を渡す人が役割分担している。宅急便のドライバーは1人で両方こなしていますよね。

戸田

今一番苦労しているのが、マーケットや値段というより、やはり人材マネジメントです。提供される側の顧客が、我々のサービスを喜んでくれているのに、提供する側の我々の社員が、それを大事に思っているかというところにギャップがあります。我々は、顧客との約束として指定時間や期日に荷物を届けるわけですが、そのタイミングに配達先に行けなかったらしょうがないと妥協する考え方を持つ社員が若干存在しているのです。そのギャップをどうするか。単なる運転手ではなく、弊社が目指す付加価値を提供するセールスドライバーにどう変えていくのか、これは重要な課題です。

marumo

丸茂 修(まるも おさむ)さんケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所 ダイレクター横須賀市出身。”帰国子女”という言葉が無い時代の帰国子女。上智大学外国語学部英語学科卒。日本の建設会社で中東に10年、東南アジアに18年駐在し、総務、人事、経理、調達、営業、不動産開発を担当。その経験を生かして、現在は当地ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所で日本グループを主宰。営業兼コンサルタントを務める。

 

AsiaX

震災後、ローカルの客足が日本食から遠のいた時期がありましたが、ある和食レストランのオーナ-が、「一度美味しい味を覚えた人は忘れられないから戻って来る」とおっしゃっていました。実際、現在はほぼ通常に戻っています。それは味やサービスを含めて、その良さを体験すれば、食べ続けるまたは使い続けて行く傾向があるからといえそうですね。

 

シンガポールが昔より豊かになった事もありますが、やはりいい味が分かる、違いがわかる層が拡大していますね。日本で食べるよりも、値段が1.5倍すると分かっていても、美味しいとなれば、シンガポール人は殺到する。

田中

どのマーケットにも、製品やサービスの品質が極端にいいものなら、価格を厭わず受け入れる層は小さいながらあります。その層を広げていかに市場全体を成長させて行くかが課題になります。

そのためには2つあって、まず、ローカルのスタッフをどう育てて行くか。国によって文化も違えばモチベーションも違います。給料以上のことはしたがらず、会社に忠誠心をもって働くことは少ないという価値観の違いの中で、どうマネジメントしていくかです。

もう一つは、シンガポールの市場は入り易く、成長度が高いという魅力はありますが、ともかくマーケットが小さいために、結果として初期投資になかなか見合わず、近隣諸国へ拡大するか、または撤退するかという選択を迫られる。その2つ目のチャレンジのときに、その裾野をどう広げていくのかというのが課題となるでしょう。

地域化ですよね。

田中

そうですね、もう国ではなく、地域全体を見て行かなければいけない。

丸茂

以前、私が子供の頃、アメリカのものは何でも素晴らしくて、それを日本に輸入すれば何でも売れた時代がありましたが、過去10年ほど、シンガポールにそれを見ますね。日本のものは何でも素晴らしいという印象です。

例えば、日本のアニメや化粧品などに成功例があり、その傾向は今でも続いています。ですから、日本からの進出の流れがもっと積極的にあっていい。日本の空洞化を気にせず、海外に活路を見出すべく、日本の完成品をもってどんどん外に出てきてほしい。

私は、IT関連企業のオペレーションの立ち上げを手伝ってきました。シンガポールでは政府がゲーム産業や、クラウド•コンピューティングに力を入れています。それを実現するために巨大なデータストレージ能力をもったサーバー、また、制御のためのソフトウェアの開発などが必要で、そこにニーズがあります。

日本はiPhoneのアプリケーション等も含めて、ソフトウェアの分野に強いので、そちらに益々の可能性があるのではと考えます。

 

AsiaX

日本に既にあるもので競争力があり、ニーズがありそうなものがどんどん海外に出て行く事は、日本を活性化することに繋がりますよね。例えば、パチンコ産業などはどうでしょう。

 

パチンコはいいですね、政府が力を入れているゲーム産業に直結しますし。また、エコ関連の技術もいいでしょう。太陽エネルギー、環境にやさしい水耕栽培のグリーンテクノロジーなど。

丸茂

これまでここで成功している事例で言うと、10分カットのQBハウスは来るべくして参入してきたビジネス。忙しいビジネスパーソンに重用されるようなサービス産業もいいのでは。また、BreadTalkの日本式パンのチェーン店も受け入れられ、成功してますよね。日本のパン職人が3年ほど付いて技術指導をしたとか。今ではカフェも隣接してその場で食べられるような仕組みを作って定着させています。

日本人の若い人たちには、海外に出て、そんな状況を見に来て欲しいですね。

 

AsiaX

同時に見直したいのが、日本には未だに鎖国的な状況があること。外国人の受け入れ、特に必要とされている看護士も、規制が厳しく招聘しきれていないのもその一例です。風通しの良い人の流れを作るにはどうすべきでしょう。

 

田中

日本の今を「空洞化」でなく、「流動化」している時代と考えるべきだと思います。外に出て行く、外のものを持ち込む、その流動性を大事に考えた上で、将来それを邁進させるべく次世代の若者を育てていくベきだと思います。

マインドセットをどうしていくか、ですよね。今回の震災で、世界はあらゆる意味でサポートの手をさしのべながら、いわば、今の日本を抱きしめている。今後は日本も世界を抱きしめていきましょう。

丸茂

「空洞化」を「流動化」と置きかえるのは前向きでとてもいいですね。そこに留まることに価値があるのではなく、騎馬民族のような発想で、ビジネスがあるところへ動いていく。新天地での上がりで空洞化は埋められる。

戸田

震災を機に、否応無しに流動化せざるを得ない状況にある。日本だけでなく、世界全体がその状況にあり、皆それぞれが動いていく事が必要ですよね。日本製品の質がいいから、というだけではなく、いい物があるので、皆でそれを共有しようという態度が大事だと思います。日本のサービスが良いとすれば、それを取り入れて皆の生活も向上できればいいと思います。

日本の将来について、私は楽観的です。規律、団結、思いやりといった日本の民族性、また日本の労働力の教育レベルや技術は、世界有数の水準のものです。

また、日本の高品質を求める姿勢、そしてそこから生まれるものは世界的に認められた素晴らしいものです。日本の先進技術の中で、グリーンテクノロジー、ロボット技術、アニメ、ゲーム関連の技術力は特にそうだと思います。

田中

日本の商品やサービスのマーケティング力に関しても、私は心配していません。品質へのこだわり、市場のニーズをきめ細かく汲み取れるのが日本企業の特徴であり、厳しい消費者を相手に成功しているのです。

次へのミッションは、それを動かして行く人材の育成となるでしょう。語学のバリアを問う話ではなく、発展途上国の皆の生活レベルを上げようという使命感を持って外へ出ていく、皆でその大きいミッションを考えて行こうという発想や体制に変えていく、その部分が大事になるでしょう。

丸茂

20世紀初頭、日本には産業も何も無く、とても貧しかった頃、人だけが労働力としてハワイや南米などに出て行った。太平洋戦争の時代も外へ人が出て行き、戦後、国内に戻ってきて再開発の道を辿りました。流動化が起こり人が動くという時代が、震災後に繰り返しているようにも見えます。ただ、現在の我々は、質の良い日本ブランドのものを持っています。外国の人もそれに対して信頼を寄せている。今度はそれを持って外に出て、日本の再開発に繋げていければいい。

田中

世界と一緒に、ですよね。

丸茂

日本のものを種として、世界の人たちと一緒に広めて花を咲かせられればいいですよね。

日本の近代よりもいい時代がこの後の日本にきっと来ますよ。日本の実力を発揮すれば、できると思います。

座談会を終えて

座談会が終了してもなお、企業間で競合するのでなく、日本を「株式会社日本」として捉え、それぞれ特色ある一部門と考えて世界と照らし合わせれば、やるべきことも見えてくるのでは、また、優れた製品、技術を企業間の垣根を越えて世界に紹介するポータルを作ってみては、など前向きな議論が続いた。

日本経済の回復と成長を一朝一夕で成し遂げることは難しい。しかし、時代の捉え方を考え直した「流動化」の発想が、世界を見据えた明るい近未来へのビジネスの羅針盤となることを実感する機会となった。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.200(2011年11月07日発行)」に掲載されたものです。
取材=桑島千春

おすすめ・関連記事

シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP外から日本を元気にするビジネス考