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シンガポールEYE

2013年5月20日

シンガポールの成長と共に、 「メイド・イン・シンガポール」を世界へ送り出す日系企業

Yokogawa Electric Asia Pte Ltd ライ・アーキョウ氏

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YOKOGAWAグループといえば、工業制御機器、計測機器の分野で知られる世界トップクラスの日系電気機器メーカー。その海外戦略拠点のひとつとして、シンガポールに自社ビルを構え、特に工業制御機器に関しては、その製造工程に関わるすべてが集約されている。つまり、当地で一括集中生産された「メイド・イン・シンガポール」の製品が、ここから日本、世界へと納品されているのだ。

 

 

 

 

 

現在、べドックにある12階建ての社屋に1,800名もの従業員がいる中で、日本人はわずか4名。また、横河電機アジア社の社長であるライ・アーキョウ氏は、シンガポール拠点が1975年に創設された当時からの社員。企業のローカル化や国際化の重要性が謳われる以前から、すでにそのビジョンを明確に持って組織づくりを始め、体現してきた立役者の1人でもある。YOKOGAWAグループについて、日本語を流暢に話すライさんに話を聞いた。

 

― シンガポールでのYOKOGAWAグループについて教えてください。
我々の製品は、生産制御の精密機器や工業計測器などが中心で、それらは、例えば原子力、風力、火力発電所や、石油化学の精製所から製薬の生産工場などに使われています。また、計測器でいえば、現在エアバス製航空機のコクピットに使われている液晶のコントロールパネル、つまり航空計器は、すべてYOKOGAWAの製品です。それらは、バタム島にも部品の生産工場がありますが、シンガポールで一括生産されています。

 

― 本社並みの機能と稼働力のある拠点に成長した理由は?
70年代にシンガポールの工業化が本格化する直前、シンガポールの経済開発庁(EDB)から生産工場設立の誘致があったのが始まりです。シンガポールは、国としてのイメージも良く、戦略的な地理条件、政府による税金面などの優遇措置も後押しとなり、1975年にこの拠点を立ち上げました。その後、我々は、シンガポール全体の成長の波に乗り、産業形態の変化に合わせて、我々も成長および進化してきたわけです。そして、今や単なるハードの生産のみでなく、ソフトの研究開発も当地で担うようになりました。

 

― これまでの貴社の業務展開は、日本企業の国際化のモデルといえますね。
トップをローカルに任せ、研究開発に携わる人材もここで育てるという、ローカル化を目指す経営判断によるものです。設立当初より、日本人だけで物事を考えまいとオフィスでは英語を共通語として使い、書類も英語で用意するよう努力していました。日本から世界を見るのではなく、世界の流れやニーズを現場でいち早くつかむというビジョンがあった。弊社のローカル化と国際化の成功は、シンガポール政府からも一目を置かれているところです。

 

― シンガポール政府も着目した点を具体的にいいますと?
外資誘致、シンガポールブランドを推進したいシンガポール政府にとって、高品質の製品を現地生産するのみならず、継続性のある経営管理の考え方において、我々は優れたモデルケースになっているのです。進出を考える外資企業が何社もEDBのすすめで弊社に会社見学に来ていますし、シンガポール政府より2010年には、シンガポール製造業の競争力拡大に貢献した卓越した製造企業に贈られる最優秀製造業賞、2011年には最優秀経営管理賞を受賞しました。

 

― YOKOGAWAグループのシンガポールでの成長を支えたビジネスモデルや経営管理の特徴は何ですか。
特徴としては、自社の技術で設計から生産、営業、メンテナンスまで提供できますから、顧客のニーズに応えるサービスや生産が一括してできます。それに伴い、人材の開発に注力しています。
企業の風土として、人を大事にするという発想があります。お客様、取引先、従業員に至るまで一貫した考え方です。それが功を奏してか、社内の離職率は、1%程度で、立ち上げから38年間勤務しているスタッフもいます。会社を支えるのは人。時代のニーズや社の方針で方向転換したり、新しい分野に乗り出すときも、知恵や経験の備わった人材がいれば、技術的にもそれに対応する体力があります。
また、業務の改善活動、人材の能力開発、提案を受け入れて活性化するという土壌があるのも強みですね。

 

― 日系企業として、海外で成功できた鍵は何でしょう?
やはり、現地においては、日本人的発想や文化がメインとなる職場環境では上手くいきません。中国語、英語などの使用言語も一例ですが、その土地の文化を生かした環境で、そこで働く人々が納得いく形でアプローチする。今や、民族や文化を超えたYOKOGAWA独特の企業文化がここにあるように思います。

 

― ライ氏のオフィスのすぐ横には、制御機器の生産ラインがあるにもかかわらず、こちらのオフィス環境は、生産現場がすぐそばにある感じがしませんね。
静かな職場環境も社風のようなものです。整理、整頓、清潔、清掃、作法、躾、といった現場の力を高める6Sを推奨し、OJTの体制でトレーニングすることで、自主的にコントロールされた気持ちのいい職場環境を作れています。それぞれが個々のワーキングスペースを責任もって管理をするということを徹底しています。

 

― ライ氏について少しお聞かせください。横河電機アジアに入社されたきっかけは?
一橋大学の大学院で経済を学んだ後、シンガポールに帰国してすぐに入社しました。同級生の多くが金融関係に進むのとは対照的に、製造業を選んだわけです。理由は、これから立ち上がる現場を見てみたいというのと、現在の横河電機最高顧問で、当時シンガポール現地法人の社長だった内田勲氏の人柄ですね。何よりも夢があって、この人と一緒に働きたい、と。

 

― 1966年に私費留学生として単身日本へ行かれました。今でも印象に残っていることを教えてください。
日本に滞在していた頃、あらゆることに感動しました。素晴らしいと思ったことは、店のディスプレイの仕方、町内会の仕組みなどです。公共の場所を掃除したり、季節の催しをしたり。地区として、助け合いやより良い環境づくりをする自治活動が戦後短い時間で日本を豊かにしたんだと感じました。

 

― 現在の日本を見て、不安に思うことは?
今の日本には、ノーベル賞を受賞するような優秀な物理学者や科学者が複数いる一方で、新しいことにチャレンジしたり、何かを作り出す人が、一般的に昔より少ないと思います。
昔は、電車に乗ると、哲学書を読んだりまじめに勉強していた人が多かった。今は、IT化が進む時代で仕方がありませんが、皆スマートフォンを覗き込んでいる。将来への夢を描くこともなく、今を楽しく生きられれば良いという考え方に変わっているように見えます。特に若い方のそんな姿に危機感を覚えます。
― 座右の銘を教えてください。
「誠」、つまり誠実さ、この言葉に励まされてきました。

ライ・アーキョウ(Lai Ah Keow)

1945年シンガポール生まれ。一橋大学大学院修士課程修了。留学中に知り合った日本人の夫人との間に、成人しグローバルに活躍する1男1女がいる。シンガポール日本文化協会の会長も務める。趣味は芸術鑑賞、読書。

Yokogawa Electric Asia Pte Ltd

5 Bedok South Rd, Singapore 469270

5 Bedok South Rd, Singapore 469270

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.234(2013年05月20日発行)」に掲載されたものです。
取材=桑島千春

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