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2010年3月15日

世界を見ておいで

Rogers Holdings CEO ジム・ロジャーズ氏

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地球市民ジム・ロジャーズ氏が語る経済と投資、冒険旅行、そして子育て論

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ロジャーズ氏と次女のビーちゃん

気さくな素顔

緑濃い閑静な住宅街にジム・ロジャーズ氏を訪ねたのは朝8時半。「自転車でエクササイズをしながらインタビューを受けましょう」とメールで返事されたロジャーズ氏は、ジャージの上下というラフな格好で私たちを出迎えた。玄関を入ると目につくのは大きな地球儀と世界地図。「娘といつか世界旅行の話をするために買っておいた」と自著の中でも触れていたものだ。ロジャーズ氏には2人のお嬢さんがいる。

 

 

まだよちよち歩きの末のお嬢さんとおしゃべりしながら、ロジャーズ氏はプールのある庭を横切り、自転車の置いてあるコートヤードに私たちを案内してくれた。「シンガポールに住んでいるんだって?今まで会ったことがなかったね」と気さくに話しかけながら、さっそくエクササイズ用の自転車に腰かけ、「さあ、何でも聞いてください」と穏やかな笑顔を見せた。

 

「10年間で3365%の利益を上げた大投資家」、「ファンダメンタルズ分析の教祖の一人」、そして「六大陸6万5,065マイルをオートバイで走破した冒険家」という言葉から想像していたイメージとは違う、なんとも微笑ましいマイホームパパの姿である。

 

少し緊張がほぐれて、さっそくインタビューを開始。まずは気になる経済情勢について語っていただいた。

 

2010年はシンガポールにとって良い年になる
しかし世界はまた不景気の波にさらされるかもしれない

年が明けてシンガポールでは株式市場や不動産市況が活発になり、チャンギ空港の利用客も昨年末から急増した。IRがオープンするなど良いニュースが聞かれるが、2010年は良い年になるのだろうか、とずばり、一番気になる景気動向を尋ねると、ロジャーズ氏は深く頷いた。

 

「確かに今、アジア全体が潤っているし、シンガポールだけでなく中国などアジアの多くの国は欧米よりは回復している」しかし、アメリカの小売業は相変わらず不景気で大きな負債を抱えているので、それが世界経済に影響を与えて今年末か来年、あるいは再来年、さらなる不況の原因となるかもしれない、と不安要素についても触れた。

 

負債が膨らんでゆく原因は何か。それは経営破綻した企業を救済するために多額の税金を投入しているからだという。「救済するとその時点では問題を解決したかのように見えるが、問題を先送りしているに過ぎない。失敗した企業を救済するお金があるのなら、利益を生み出す可能性のある新しい企業に回した方が将来のためになる。経営に失敗した企業は倒産させるか、経営陣を入れ替えて再建させる方がいい。成功した企業のお金を失敗した企業に回すようなことをしていると、ビジネスモラルも低下すると思う」と稀代の投資家はアメリカの政策に対する不信感をあらわにした。

 

それはしかし、某航空会社を救済するために多額の税金を投入した日本政府に対しても言えることだろう。

 

21世紀は中国の時代になる日本は人口問題を解決しなければならない

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2007年7月に開催された第4回ノムラ・アジア・エクイティフォーラムで基調講演を行うロジャーズ氏

 

 

 

ロジャーズ氏は中国のポテンシャルに期待しており、BRIC’sの中でも中国は突出した成長を続ける、と見込んでいる。ブラジルには豊富な資源があり、中国の次に期待がかけられる国だが、ロシアはまだまだリスクが大きいと見ているそうだ。海外留学した優秀なロシア人が母国に帰りたがらないのも問題だという。インドはインフラ整備で大きく遅れをとっており、官僚制度にも問題がある、と指摘した。

 

「中国が台頭する影で、日本は衰退してゆくのでしょうか」ともっとも心配な点を尋ねると、ロジャーズ氏は言葉を選びながら、「それは比較の問題であり、中国の成長が日本の後退を意味するわけではない」とことわった上で、ただ日本は急成長の時代を終えたことは確かだ、と言った。19世紀はイギリスの時代で、20世紀はアメリカの時代だった、そして21世紀は中国の時代になる、と氏は以前から度々語ってきたが、それが時代の流れというものだという。イギリスは産業革命後、他国に先んじて成長し、その後は成長が鈍化したが、だからといってイギリス人の生活が悲惨になったわけではない。「彼らは今だってサッカーの試合を観戦して暮らしを楽しんでいる」とロジャーズ氏は静かな口調で語った。

 

さらに「日本が経済復興させるためにしなければならないことは何ですか」と尋ねると、すかさず「人口問題を解決すること」と答えた。日本の最大の問題は人口減少であり、日本には3つの選択肢があるという。少子化をなんとかして子供を増やすこと。または外国人の移民を受け入れること。あるいはこのまま人口を減らすこと。しかし若い世代の人口が減ると消費が冷え込み、社会に活気がなくなる。人口減少は日本だけの問題ではなく、少子化は韓国、台湾、シンガポールでも深刻だが、シンガポールは外国人移民を大勢受け入れており、外国人労働者によって労働不足を補っている。さまざまな国籍の外国人が来ると活力源になり、彼らの持つ異なるノウハウが刺激になる。さらに、彼らは一生懸命働くので、国のためになる、とメリットは大きい。しかしアメリカやシンガポールのような移民の歴史のある国とは違い、日本では外国人の受け入れが難しい。「そのようなバックグラウンドは理解しているが、世界は変化してゆくのだから、日本も変わって行かなければならない」と変化の必要性を強調するロジャーズ氏。「私は日本が大好きだけれど、日本人ではないし、日本に税金を払っている人間ではないから、どうすることもできない。日本のことは日本人が解決しなければならない」と諭すように言われた。

 

今後のロジャーズ氏の投資戦略はやはり中国に向けたものが多くなる。中国には主に長期的な投資をしており、それは2人の子供たちに残したいものでもあるそうだ。また、少しだが日本にも投資しているという。今後成長が見込まれるのはベトナム、トルコなど。また、もっと先を予測するならミャンマーや北朝鮮も成長株だという。常に時代の先を読み、他人より早く行動を起こしたことが投資の成功に繋がった、とするロジャーズ氏は世界各国の動向についても明確に語った。

 

2度にわたる世界一周冒険旅行はギネス記録に
116ヵ国を訪ねてシンガポールを住まいに決定

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バイクマシーンにもPCを設置、毎朝トレーニングをしながらメールもチェック 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1973年、ジョージ・ソロス氏とクウォンタム・ファンドを立ち上げ、アナリストとして投資活動をしてきたロジャーズ氏は37歳の若さで引退し、かねてからの夢だった冒険旅行に出発した。オートバイで2年かけて世界一周。その7年後には改造したメルセデス・ベンツを駆って再び世界旅行へ。「1回目のオートバイ旅行で、何が一番印象に残っていますか」との質問に、ロジャーズ氏は「うーん。ありすぎてとても話しきれないね」と両手を広げて、天を仰いだ。「世界一周旅行については本を書いていますから、ぜひそれを読んでください。」冒険旅行について書かれた氏の著書は、『大投資家ジム・ロジャーズ世界を行く』と『冒険投資家ジム・ロジャーズ世界大発見』として日本語にも訳されている。

 

「1回目は1990年から1992年まで2年かけて旅行した。日本各地にも行ったよ。日本が大好きなんです、日本の文化も日本の食べ物も、日本人女性も!(笑)」とロジャーズ氏。1回目の旅行から7年を経て、2回目は1999年から2001年まで3年間かけて再度世界を回った。1回目との大きな違いは、通信手段が便利になったこと。携帯電話やインターネットがほとんどの国で使えるようになったので、旅行中も常に必要なコミュニケーションをとることができたのが大きな違いだという。ロシアなど社会主義国が崩壊した後だったので、元社会主義国の変化をすごく感じた、とも。全116ヵ国を訪ねて、旅行中に結婚したロジャーズ氏は、家族との生活の場をシンガポールに決めた。その理由は、子供が生まれたら中国語を習わせたかったので、英語・中国語の両方を学べるシンガポールが教育環境としてもいいと思ったからだった。中国各都市も候補として考えたが、公害がひどいので諦めたそうだ。「中国の都市の中では大連が好きだね。東京もいいのだけれど、中国語を学ぶ環境ではないのが残念。とにかくこれからはアジアのどこかに住むことを皆さんにもお勧めしている」と語った。

 

今は子育てに夢中 歴史を学び、世界を自分の目で見てほしい

シンガポールを選んだことは正解だった、というロジャーズ氏。2回目の世界旅行の後、ハッピーちゃん(6歳)とビーちゃん(1歳)の2人の子供にも恵まれた。中国語の話せるナニーが子供たちの世話をしており、ロジャーズ氏の望みどおり2人とも英語・中国語のバイリンガルに育ちつつある。ハッピーちゃんは今年、シンガポールの現地小学校に入学。今は子育てに夢中だというロジャーズ氏の子育て論とはいかなるものか。

『人生と投資で成功するために 娘に贈る12の言葉』、そしてその改訂版『人生と投資で成功するために 娘に贈る13の言葉』という著書の中で、愛娘たちにさまざまなアドバイスの言葉を贈っているが、中でも「世界を自分の目で見ておいで」というのがもっともロジャーズ氏らしい言葉だろう。他人の意見を聞くより、経験が大事、と氏は信じている。「人から教わったことを鵜呑みにしてはだめ。自分で見て、分析して考えることを学んでほしい。ただ見るのではなく、その土地の人と話したり、生活の様子を観察したり、面白そうなことがあったら傍観するだけでなく、自分も行動してみる、ということが大切」という言葉のとおり、ロジャーズ氏は世界各国を訪ね、そこで見たり経験したことを、投資にも役立てている。たとえば中国を旅して、人々が一生懸命働く姿を各地で見た時、中国には将来性があると考えた。まだ誰も中国に投資をしていなかった時代にロジャーズ氏はもう、現地で株を購入している。また、ある国を訪ねる前には、その国の歴史を勉強し予備知識を持つことも必要だ、とも。子供たちには特に「歴史」と「中国語」をしっかり勉強してほしいという。

 

シンガポールの現地の学校は知識の詰め込みに偏重しているという批判もある。なぜ現地校を選んだのか、また、シンガポールの教育についてどのように思っているのか尋ねたところ、「学校は知識(Knowledge)と事象(Facts)を学ぶところ。現地校はハードだと言われるが、一生懸命努力することはいいこと。困難な状況が子供には必要だと思う。」周囲の人々に「子供は甘やかさない」と言っているそうだが、しっかりとした教育理念を持っているゆえだろう。「好奇心を養う、とか考える習慣を身につける、というのは学校だけでは難しい。親が補う必要もある。幸い私は今、子供たちと過ごす時間がたくさんある。学校にも毎日のように行ってるよ。そのうち、娘からうっとうしい父親だと思われるかもしれないね」と笑うロジャーズ氏は、すっかり父親の顔になっていた。

女性の時代がやってくる
女の子2人の子育てが最高の冒険

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ジム・ロジャーズ1942年アメリカ合衆国アラバマ州生まれ。5人兄弟の長男で、幼少時からピーナッツ売りなどを経験。エール大学に進学し、夏休みにウォール街で働いた時に投資の世界を知る。1966年にオックスフォード大学卒業、数年間アメリカ陸軍に所属した後、アナリストとしてのキャリアをスタート。1973年にジョージ・ソロスとともにクォンタム・ファンドを設立。37歳で仕事を引退し、コロンビア大学客員教授を務める傍ら、中国など世界各地をバイクで回り始めた。2度の世界一周旅行の後、2007年にニューヨークからシンガポールへ移住。

 

子供たちには地球市民になってほしい、という希望を持つロジャーズ氏だが、アメリカ人の両親を持ち、シンガポールで育つ子供たちのアイデンティティーは、どのように培われるのだろうか。「数千人の生徒全員が黒い髪、という現地校で、金髪で碧い眼はうちの娘ひとりだけ。自分はユニークな存在だと気付き、それがアイデンティティーにつながるかもしれない。しかし一人だけ違うことが、彼女にとって気持ちの負担になるかもしれない。そのようなことを乗り越える強さを持ってほしいと思っているけれど。でももし学校が彼女に適していないようなら、その時はまた考え直せばいい。」学校については考えが変わるかもしれないので、また数ヵ月後、あるいは数年後に聞いてくれ、と言うロジャーズ氏。自身はアメリカのエール大学を卒業後、オックスフォード大学に留学している。しかし子供たちの将来の教育のことは今考えられない、という。世界は変わってゆくのだから、将来も欧米の大学がいいとは限らない、というのがその理由だ。有名大学の著名な経済学の教授が政府に景気対策の提案をした結果、その国の経済が破綻したりする。どんなにいい学校に行っても、自分自身が考えるしかない。変化を受け入れ、柔軟性をもって対応する、というロジャーズ氏の基本姿勢は投資だけでなく、教育についても同じだ。

 

また、ロジャーズ氏は、著書の中で女性の時代が来る、と指摘している。アジアでは特に女性の数が少ない(中国や韓国の16歳の女性の数は男性の数より20%近く少ない)ので、将来は女性が貴重な存在になる。「女性はいろいろな面で男性より優れている、と私は思っている。うちの子たちは女の子だけど、私に似てフットボールが好きでとてもアクティブ。やはり遺伝子の影響が大きい。女の子だから特にアドバイスしているのは『君たちが男の子を必要としている以上に、彼らは君たちを必要としている』ということ」と笑った。

 

最後に「シンガポールで働いているアジアエックスの日本人読者に力強いメッセージを」とお願いすると、すかさず「子供をもっとたくさん作ってください!」と答えた。「私も若い頃は子供なんて欲しくはなかった。時間とエネルギーとお金の無駄遣いだと思っていた。若い頃に父親になっていたら、きっと奥さんや子供にかわいそうな思いをさせていたと思う。でも今、父親を楽しんでいるんだ。子育ては最高の冒険ですよ。それからアジアエックスの読者の皆さんは将来性のあるアジアで仕事をしているのだから、アジアに留まって頑張ってほしい。」

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.163(2010年03月15日発行)」に掲載されたものです。
文=セガラン郷子

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