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法律相談

2022年4月5日

Q.シンガポールにおける賃貸借契約の中途解約について

Q. 弊社は、2019年12月よりシンガポールで小売業を営んできましたが、昨今の事業不振により店舗を閉めようと考えています。ところが、店舗の賃貸借契約の期間は5年間であり、まだ2年以上も契約の残存期間があります。このような場合に、賃貸借契約を中途解約することは可能でしょうか。
 

1.賃貸借契約書

 まず、賃貸借契約書の解約の条項を確認してください。シンガポールの賃貸借契約書には、「残存期間の賃料を支払った場合に限り、中途解約を認める」という条項が定められていることが通常です。このような条項が定められている場合、賃貸人との間で交渉をして契約書の条項とは異なる合意が得られない限り、原則的には、契約書記載のとおり、残存期間の賃料を支払った場合に限り、中途解約が認められることとなります。
 

2.裁判例(日本とシンガポールの比較)

 日本では、「残存期間の賃料を支払った場合に限り、中途解約を認める」という条項の有効性が争われた裁判例があります。裁判所は、このような条項のうち「1年分の賃料及び共益費相当額」の部分に限り有効であり、その他の部分は公序良俗に反するため無効であるという判断をしました。すなわち、当該裁判例では、賃借人は1年分の賃料及び共益費相当額の支払いをすることのみで中途解約をすることが認められました。ただし、当該裁判例では、4年間の賃貸借契約を締結した賃借人が契約後10ヵ月で解約の申し出をしたが、その後、すぐに新しい賃借人が見つかったという事情がありました。
 
 一方、シンガポールでは、同じような事例で、日本のような裁判例が出されることは稀であり、基本的には、残存期間の賃料を支払った場合に限り、中途解約が認められるというのが実情です。
 

3.問題点

 シンガポールでは、日本と比べ賃貸人の立場が強く、契約の交渉の段階で、賃借人側が「残存期間の賃料を支払った場合に限り、中途解約を認める」という条項を排除することは難しい場合がほとんどです。また、長期の契約でなければ、賃貸借契約自体を締結してもらえない場合も多いといえます。
 
 このような事情から、長期の賃貸借契約を締結したにもかかわらず、賃貸借契約締結後すぐに事業が行き詰まってしまった場合には、残存期間の賃料が高額となり、賃借人は事実上、賃貸借契約を中途解約することが不可能となる場合もあります。
 

4.小売店舗の賃貸借契約に関する新たな行為規範について

 このような問題を解決することを目的として、2021年3月26日、Fair Tenancy Pro Tem Committeeは、「小売店舗の賃貸借契約に関する行為規範」(A Code of Conduct for Leasing of Retail Premises 、以下「本行為規範」)を公表しました。
 

(1)本行為規範の内容

 本行為規範によると、「賃借人が特定の解約事由により賃貸借契約を中途解約する場合、少なくとも6ヵ月前に賃貸人に通知をするか、又は6ヵ月分の賃料の支払いをする必要がある」とされています。
 
 特定の解約事由とは、(a)賃貸物件での商品の販売・サービスの提供を許可している会社が債務超過になった場合、又は(b)賃借人の責めに帰さない事由により、賃借人が商品の販売・サービスの提供に関する権利等を喪失した場合、フランチャイズ権を喪失した場合をいいます。
 
 そのため、本行為規範によると、当該(a)又は(b)の事由により賃貸借契約を中途解約する場合、残存期間の賃料のうち6ヵ月分の賃料を支払えば、中途解約が認められる可能性があります。
 

(2)本行為規範が適用される賃貸借契約

 ただし、本行為規範の適用範囲は、2021年6月1日以降に締結され、契約期間が1年を超える小売店舗の賃貸借契約に限られます。本ケースでは、残念ながら2019年12月に賃貸借契約が締結されたため、本行為規範の対象とはなりません。
 

(3)本行為規範の効力

 本行為規範は、指針であり、現在のところ法的拘束力はありません。しかし、本行為規範は、小売業者と賃貸人が賃貸借契約の交渉をする際のガイドラインとしての役割や紛争解決フレームワークとしての役割を果たすことが期待されており、実務に影響を与える可能性があります。今後、立法化され、賃借人が中途解約をする際、賃料支払いの負担が軽減されることも期待されています。
 

日本法弁護士・シンガポール外国法弁護士 山本裕子

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