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2022年4月1日

ウクライナ紛争がアセアン経済の新たな災厄に ~コロナ後の回復シナリオが描けず

大きく変化するアジア。人口増加の著しいこの地域が近い将来、巨大市場となり世界経済をけん引する日が来る――。その地殻変動を探るべく、旬のニュースとそれを裏付けるデータで、経済成長著しいASEAN諸国の「今」を読み解いていきます。

 ロシアのウクライナ侵攻で世界経済が混乱するなか、これによるマイナス影響がアセアン域内でもクローズアップされはじめた。特に、資源・穀物価格の高騰はアセアン経済全体にとって痛手。生産コストの上昇や消費の冷え込みに加え、インフレ進行に伴う金融引き締めの懸念をもたらすからだ。また、西側諸国による対ロシア金融制裁もアセアンにとって他人事ではない。ロシアと一定規模の商取引を行っている場合、決済不能によるダメージが大きくなるためだ。以下、象徴的な動きとしてタイとベトナムの事例を挙げる。
 
 まず、タイでは、ウクライナ情勢が混迷化しはじめた2月に早くも景況感が悪化。原油高による生産・物流コストの上昇が警戒された格好だ。その様子を「亜州ビジネスASEAN」ニュースで確認する。
 

タイ:2月の産業景況感指数、6ヵ月ぶりに低下

 タイ工業連盟(FTI)が10日発表した2022年2月の産業景況感指数(100以上が好感)は86.7となり、前月から1.3ポイント低下した。指数の低下は6ヵ月ぶり。新型コロナウイルス変異株「オミクロン株」の感染拡大や、原油高による生産・物流コストの上昇などがマイナスに影響した。
 
 スパン会長は指数下落の要因として、ウクライナ情勢に起因する世界経済と貿易の不確実性なども挙げた。業種別では鉄鋼やパーム油、発電などで指数が低下。一方、医薬品や再生可能エネルギー、デジタルなどは上昇した。
 
 3ヵ月後、見通し指数は97.1となり、前月から0.7ポイント上昇。オミクロン株に対する懸念が弱まった上、ワクチン接種などを条件に入国者に対する隔離義務を免除する制度が再開されたことに期待が高まり、2ヵ月連続で上昇した。
 
 指数は「良い、良くなった」と回答した企業の割合から「悪い、悪くなった」と回答した企業の割合を差し引き、100ポイントを足した値。100を上回れば「好感」とされる。今回の調査対象は製造業1,242社。[「亜州ビジネスASEAN」 3月13日付ニュース]
 


 
 またベトナムでは、金融制裁に伴う決済不能のダメージが表面化している。その様子を「亜州ビジネスASEAN」ニュースで確認しておこう。
 

ベトナム:対露輸出困難に、制裁で決済できず

 ベトナム企業によるロシアへの輸出が困難になっている。ウクライナ侵攻を受けて欧米がロシアに制裁を課し、決済が難しくなったことが主因。VNエクスプレスが6日付で伝えた。
 
 欧州連合(EU)と米国は今月2日、ウクライナ侵攻に対する制裁措置として、ロシアの銀行7行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除することを決定。ベトナムは国連の緊急特別会合におけるロシア非難決議採択を棄権したものの、対ロシア貿易でSWIFTでの決済が困難となったことから、ベトナム企業による輸出に影響が出ている。
 
 コーヒーやコショウなどの輸出を手がける地場フックシンのファン・ミン・トン社長はこの数日、受注や決済遅れについて対処するため、ロシア企業との連絡に奔走した。同社はロシアに年3,000万米ドル相当を輸出しているが、欧米によるロシア制裁を受け、出荷は滞っている。これまで行っていたSWIFTでの決済が行えないほか、ルーブルの為替レートが半減しているなど問題を多くはらんでいる。
 
 果物輸出を手がける別の地場企業も、ロシアへの出荷を一時停止。決済だけでなく、輸送も困難になっているためという。代表者は、「ロシア向けの貨物を国際海運会社が受け付けなくなっており、空輸も便数が非常に限られる。何より決済ができない」と嘆いた。
 
 税関総局によると、ベトナムからロシアへの輸出額は21年32億米ドルで、全体の1%弱。輸入も1%弱の23億米ドルで比較的少ないが、ロシアに顧客を持つ企業にとっては死活問題となっている。トン社長は、多くの輸出業者がロシア以外の輸出先を模索し始めているとしている。[「亜州ビジネスASEAN」 3月8日付ニュース]
 


 
 もちろんベトナムも、タイなどと同様に原油高がもたらすインフレに苦しんでいる。むしろ、そのダメージは金融制裁よりも深刻だ。これについても、「亜州ビジネスASEAN」ニュースで確認しておこう。
 

ベトナム:ウクライナ危機、国内の物価押し上げも=証券会社

 大手証券会社ドラゴンキャピタルは、2022年のインフレ率予想を従来の3.5%から3.58〜4.18%のレンジに引き上げた。ロシア軍によるウクライナ侵攻を受けて世界の原油価格が上昇することが主因となっている。VNエクスプレスが2日付で伝えた。
 
 ドラゴンキャピタルは、ベトナムの対ロシア、対ウクライナ貿易は全体の2%未満で、ウクライナ危機による直接の影響は少ないと分析。ただ危機による世界的な原油高がベトナムのインフレ加速につながる可能性を指摘している。消費者物価指数(CPI)に占める運輸と燃料の割合はそれぞれ9.7%、3.6%で、原油高から受ける影響は大きいとしている。
 
 米投資銀行のJPモルガン・チェースは、22年は世界の原油価格が1バレル88〜115米ドルの高値圏を推移すると予想。ウクライナ危機とイラン核開発問題で原油供給が停滞し、価格が上がるとみている。ロシアは石油輸出で世界3番目の規模で、パイプライン経由での対欧州輸出が止まれば価格が急騰することになるとしている。[「亜州ビジネスASEAN」 3月8日付ニュース]
 


 
 コロナ禍でもかなり健闘していたベトナム経済は、2022年以降の持続的な成長が見込まれていたものの、今回のウクライナ危機によってそのシナリオが崩れる可能性がある。期待されていた6~7%の成長は、今後の情勢次第で下方修正されることとなろう。もちろん、他のアセアン諸国でも景気の下振れ圧力が強まるのは避けられない。
 

 
 なお、アセアン各国の対ロシア経済制裁に関しては、西側諸国と足並みをそろえるシンガポールが「ロシア大手4銀行との取引を禁止するほか、兵器や軍事転用が可能な民生品の輸出を禁止する」と発表したものの、アセアン全体として一枚岩というわけではない。国連総会のロシア非難決議に際しても、アセアン域内でタイなど8カ国が賛成したにとどまり、ベトナムとラオスは棄権している。アセアンとロシアが2018年に「戦略パートナーシップ」を締結したように、両者は政治・経済的な結びつきがかなり強い。特にベトナムは、中国に対抗する必要もあって伝統的にロシアとの関係が深く、アセアン諸国の中で対ロシア貿易が最大。資源開発ロシア大手のガスプロムも現在、ベトナムで複数の合弁プロジェクトを推進している。
 
 コロナ後の景気回復を見込んでいたにもかかわらず、アセアン諸国にはウクライナ紛争という新たな災厄が降りかかった格好だ。
 

亜州リサーチASEAN編集部
亜州ビジネスASEAN

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