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2022年1月21日

Q.シンガポール政府によるコロナ対策振り返り

 2022年を迎え、新型コロナウィルスの世界的な感染もいよいよ3年目に突入しました。昨年末からのオミクロン株の流行により、各国では今も外出制限や入国制限などの措置が取られており、以前と同じような生活に戻れる見通しはまだ見えません。シンガポール政府も様々な政策を実行し、国民の感染防止や治療、生活や雇用の維持、経済の立て直しに力を注いできました。2022年度予算案が2月に発表されるのを前に、シンガポール政府によるこれまでの新型コロナウィルス感染症に関する主な政策について、振り返ってみましょう。
 
 まずは、シンガポールの過去2年間の四半期毎のGDPおよび失業率の推移について、日本と比較しながら見てみましょう。シンガポールのGDP年間成長率は、2020年は、予算案発表時には-0.5%から1.5%と予測されていましたが、-5.4%という結果に終わりました。政府は、政策による下支えがなければ-12.4%まで落ち込んでいただろうと試算しています。2021年は、当初見込の4%から6%に対し、第4四半期に大きく持ち直して7.2%と好転しました。2022年については、今のところ3%から5%の成長が見込まれています。
 

 
 失業率は、シンガポール国民および永住権者の失業率を示しています。シンガポールも日本も、若年層の失業率が他の年齢層より高くなっていますが、シンガポールでは特にその傾向が強く、25歳未満の年齢層の失業率は10%を超え、他の年齢層より圧倒的に高くなっています。シンガポールでは日本のような新卒採用制度があまり一般的でなく、就業経験が浅い若年層は、即戦力を求められる労働市場において、どうしても不利になってしまうのでしょう。
 

 

 

1.雇用支援制度(JSS)

 最初に取り組んだのは、整理解雇を防ぐ目的で導入されたJSSです。シンガポール国籍および永住権の従業員を対象に、月額総賃金のうち4,600Sドルを限度として、業種別かつ時期により、10%から75%を助成金として事業主に支給しました。2019年10月以後(2020年1月を除く)の賃金が対象とされており、シンガポールが緊急事態宣言を発令した2020年4月および5月には、全ての業種に対して75%の支給率が適用されました。2020年12月までは全ての業種を対象に、そして2021年1月からは業種を絞って支援が続けられてきましたが、今のところ2021年12月19日が対象期間の最終日とされ、2022年3月が最後の支給となります。2021年12月までに支給された助成金は、総額280億Sドルを超えるとのことです。助成金は、中央積立基金(CPF)への拠出記録に基づいて自動的に計算され、ほぼ3ヵ月毎に事業主の銀行口座に振り込まれます 。第1業種は最も深刻な影響を受けた航空業、観光・宿泊業など、第2業種はその次に影響を受けた飲食・小売業、芸術・エンターテイメント業、建設業、造船業、陸上交通業など、第3業種はその他の業種とされています。第3業種のうち生物医科学、半導体、電子、金融、情報・通信・メディア、食品量販店・通信販売の各業種については、新型コロナウィルス感染症の影響が比較的軽微であったとして、2021年1月より第3B業種に分類され、最も早く対象から外されました。
 

 

 

2.雇用拡大奨励金(JGI)

 次に、失業者の再就職を支援するために、JGIを導入しました。この制度では、2020年9月1日から2022年3月31日までの期間に、既存のシンガポール国籍または永住権(ローカル)の従業員数を維持しつつ新たにローカル従業員を採用した場合、新規採用者の月額総賃金のうち5,000Sドルまたは6,000Sドルを限度として、その15~50%が助成金として支給されます。現在、第3期まで発表されており、それぞれ対象期間の直前月に在籍するローカル従業員数と比較して、ローカルの総従業員数が増加し、かつ月額総賃金1,400Sドル以上のローカル従業員数が増加していることが支給の要件とされています。尚、40歳以上の新規採用者のカテゴリーには、年齢に関係なく障害者および元受刑者も含まれます。JSSと同様に申請の必要はなく、助成金はCPFの拠出記録に基づいて自動的に計算され、3ヵ月毎に事業主の銀行口座に振り込まれます。
 

 

3.余剰人員の管理および整理解雇に関する指針の見直し

 全国労働組合会議(NTUC)は、雇用維持のためにできる限りの対策を講じたとしても、一部の企業にとって整理解雇は避けられないとして、2020年7月24日に「公正な解雇の枠組」に関する提言を発表しました。2020年10月17日には、公正かつ進歩的な雇用慣行のための政労使連合(TAFEP)がNTUCの提言も踏まえ、「余剰人員の管理および責任ある整理解雇に関する指針」を改正しました。更に、人材省(MOM)は、2021年11月1日より、従業員数10名以上の雇用主に対し、全ての整理解雇に関して解雇通知から5日以内に届け出ることを義務づけました。それ以前は、雇用主によるMOMへの整理解雇の届出義務は、従業員数10名以上の雇用主が6ヵ月間に5名以上の従業員を整理解雇した場合に限られていました。この改正は、MOM、NTUCおよびシンガポール全国雇用主連合会(SNEF)の三者および関係機関が、解雇された労働者に対して迅速に支援を提供することを目的としています。
 

4.家賃免除制度(Rental Relief Scheme)および家賃支援制度(Rental Support Scheme)

 2020年6月5日に国会で可決し、7月31日に施行された新型コロナウィルス感染症(暫定措置)(改正)法により、2018会計年度の収益が1億Sドル以下の中小企業および非営利団体で非居住用不動産のテナントである事業主について、2020年の家賃が1~4ヵ月分免除されました。家賃免除は、政府負担分と家主負担分の2段階に分かれており、政府負担分は、2020年度不動産税の減免を原資の一部とし、不足分を政府が家主に補填することにより、家主は当該家賃についてテナントからの徴収を免除しました。該当するテナントについては、所得税・印紙税・不動産税の記録に基づき内国歳入庁(IRAS)から家主に通知が送付され、テナントは特に申請することなく、適用を受けることができました。追加の家主負担の家賃免除については、2018会計年度のシンガポール国内のグループ会社の収益の合計が1億Sドル以下であり、かつ2020年4月および5月の月間平均収益が前年同期比で35%以上減少していることが要件とされ、これらの要件を満たすことを証明する文書を家主に提出することにより、家主が家賃の徴収を免除します。
 

 
 2021年には、感染拡大により規制が強化された期間に合わせた家賃支援制度として、2019会計年度の年間収益が1億Sドル以下の中小企業および非営利団体のうち、飲食店・商店などの適格商業用不動産を賃借または自己所有して使用する事業主について、家賃相当額の助成金が政府から支給されました。
 

 

5.個人への給付金

 個人への給付金には、シンガポール国民のみを対象にしたものと永住権者も対象に含めたものがありますが、永住権者も対象となる主な制度には以下のようなものがあります。
 

臨時給付基金(Temporary Relief Fund)

 新型コロナウィルス感染症の影響により、2020年1月23日以後に整理解雇・契約解除による失業または30%以上の所得減少に陥った場合、申請により500Sドルの一時金が支給されました。申請には、所得制限などの要件が課せられています。本制度の申請は2020年4月のみとされ、その後は新型コロナウィルス感染症支援給付金に引き継がれました。
 

新型コロナウィルス感染症支援給付金(COVID-19 Support Grant)

 新型コロナウィルス感染症の影響により、2020年1月23日以後に整理解雇・契約解除による失業、3ヵ月以上の休業要請、または3ヵ月以上かつ30%以上の減給に陥った場合、申請により直前の月額賃金に応じて月額800Sドルを限度とする給付金が3ヵ月間支給されました。申請には、所得制限や積極的に就職活動・職業訓練を行っていることなどの要件が課せられています。一度受給した後に、また連続3ヵ月間以上同様の状態に陥った場合は、月額500Sドルを限度とする給付金が3ヵ月間支給されます。本制度は2020年5月から12月まで適用され、2021年1月からは制度を一部見直し、新型コロナウィルス感染症復興給付金(COVID-19 Recovery Grant)と改称して継続されています。新制度では、整理解雇・契約解除による失業または3ヵ月以上の休業要請の場合は月額700Sドル、50%以上の減収が3ヵ月以上続いた場合は月額500Sドルを限度とする給付金がそれぞれ3ヵ月間支給されます。また、50%以上の減収が3ヵ月以上続いている自営業者にも月額500Sドルを限度とする給付金が3ヵ月間支給されます。本制度は、現在2022年12月31日までの継続が発表されており、2年間に合計3回まで申請することができます。尚、2022年1月1日からは、2020年1月から2021年12月までの期間に最低6ヵ月以上勤続していることが要件に加えられました。
 
 更に、感染拡大による規制強化の影響を受けた低所得者層への救済措置として、2021年5月16日から8月31日までの期間に1ヵ月以上の休業要請または1ヵ月以上かつ50%以上の減収に陥り、他の措置により救済されなかった従業員について、申請により休業要請の場合は700Sドル、50%以上の減収の場合は500Sドルを限度とする一時金が支給されました。
 

お見舞い基金(The Courage Fund)

 シンガポール国民または永住権者1名以上を含む世帯が対象になり、世帯員の何れかが新型コロナウィルス感染症に関する隔離命令・入院措置などを受け、その結果、世帯収入が10%以上減少した世帯に対し、申請により世帯員当たりの月額収入に応じて、500~1,000Sドルの一時金が支給されました。
 


 
 ここに挙げたのは新型コロナウィルス感染症に関連する政策のごく一部であり、この2年間には他にも多くの政策が実行されました。特に失業者、低所得者層、甚大な影響を受けた業種に対しては最大限の配慮が為されました。
 
 これらの政策を振り返ってみて実感するのは、過去20年間にシンガポール政府が積極的に推し進めてきたオンライン化・デジタル化が、新型コロナウィルス感染症のような有事における助成金や給付金の迅速な支給や、ワクチンのスSARSムーズな接種に大きく役立ったということです。JSS・JGI・家賃免除などの主要な助成金は、何も申請しなくても自動的かつ時宜を得て事業主に支給されました。SARSの教訓を生かして、日頃からオンライン教育の予行演習を行っていたことも、緊急事態宣言下でのオンライン授業への移行に役立ちました。公団住宅や公民館に機械を設置して、マスクや検査キットを自動で配布するといった方法もシンガポールならではの効率的なアイディアだと思われます。公共スペースへの人の出入りや感染者との接触を監視するTraceTogetherの導入については、自分の行動を監視される不安感もさることながら、それによって外出に対する安心感を得た住民も多いのではないでしょうか。これらを鑑みると、シンガポール政府による新型コロナウィルスへのこれまでの対策は、まずまずの及第点と言えるのではないでしょうか。
 

著:Tricor Singapore Pte Ltd 斯波澄子

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