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ビジネスインタビュー

2020年10月14日

ロボット手術を東南アジアに広げたい!アワード受賞スポーツドクターが語る最新医療AI

【International Orthopaedic Clinic(インターナショナル・オーソピーディック・クリニック) 創業者・整形外科医】Dr. Alan Cheung (ドクター アラン・チャン)氏インタビュー

 近年急速に広がる、ロボット手術。医療ロボット市場は、グローバルでは2027年までに2,210億ドル相当の拡大が見込まれており、医療現場でのさらなる活躍が期待されている。しかし、ロボット手術と言っても映画『スターウォーズ』のR2−D2のようなロボットが、人間に代わって手術をするのではない。CTスキャンのデータから、医療ロボットと医師とで高度な術前計画を設定。それに従って、ロボット・アームを装着したドクターの手の動きを制御することで、侵襲性を最小限にするのがロボット手術の目的だ。今回は、スポーツによる怪我を専門とする整形外科医であり、ロボットを用いた人工膝置換手術のエキスパート、アラン・チャン医師に、ロボット手術について話を聞いた。
 

 

目次

医師を目指したきっかけとマーシャル・アーツへの貢献

医師になろうと思ったきっかけを教えてください。

 ラグビーの発祥地イギリスで生まれ育ったイギリス人として、私もラグビーを楽しんでいました。ラグビーは激しいスポーツなので、怪我はつきものです。私もある時、両肩を脱臼してしまいました。その怪我から回復、復帰する過程で、解剖学の面白さに気づいたのです。科学の成績がよかったですし、さらに故郷ケンブリッジのローカル病院でボランティア体験をしたことで医療の世界に引き込まれ、医師になる決意をしました。
 

2014年に来星されました。仕事、プライベート的に大きな決断でしたか?

 両親がアジアに住んでいたので、年齢を重ねていく親の近くに住みたいとずっと思っていた願いが叶いました。シンガポールの医療システムは最先端なので、生まれ育って医療教育を受けたイギリスとのギャップも少ないだろうと考えていました。あと性格的に、新しいことにチャレンジすることが好きなんです。実際にシンガポールで暮らしてみて、ここでの仕事や生活をとても気に入っています。
 

「International Orthopaedic Clinic(インターナショナル・オーソピーディック・クリニック)」を開業される前は、政府系のNg Teng Fong General Hospital (ン・テンフォング・ジェネラルホスピタル)」で顧問医をしていました。プライベートクリニックを開業しようと思った動機は何ですか?

 患者さん一人ひとりの声をよく聞いて、きめ細やかなケアをするためには、自分がすべてのことに決定権を持つことが最適だと考えたからです。公立病院での勤務は充実していましたが、一方で公立のシステムはとても慌ただしく、患者さん一人にかける時間がどうしても短くなります。自分のクリニックであれば、理学療法や麻酔をお願いするドクターとそのタイミング、鎮痛剤の選別など、カスタマイズする自由があり、患者さんにとってよい結果を出すことができます。一人ひとりの患者さんと時間をかけて向き合うことで信頼を築けたので、クリニックを開業してよかったと思っています。
 

「リッチフランクリンズワンウォリアーシリーズ」のイベントで、素晴らしい医療チームと。リングサイドドクターとして東京、タイ、シンガポール、フィリピンでのイベントをカバーする幸運に恵まれた

 

シンガポールでのマーシャル・アーツ(格闘技)の発展と、ご自身の貢献について教えて下さい。

 シンガポールでは、ブラジリアン柔術とムエタイが特に人気です。「Evolve MMA(イヴォルヴ・エムエムエー)という、格闘技界を代表するようなスーパースターも所属している、アジアを代表する格闘技ジムがシンガポールにあります。彼らは格闘技発展のため、世界レベルで活躍する各分野(格闘技種目)のエキスパートをインストラクターに採用してきて、格闘技を習う生徒の裾野を広げてきました。また「ONE Championship(ワン・チャンピオンシップ)」は、シンガポールを拠点とする総合格闘技・ムエタイ・キックボクシング団体で、日本を含め格闘技イベントを精力的に開催してきました。私がリングサイド・ドクターを務めるイベントです。その関係でタイ、フィリピン、そして日本にも出張する機会に恵まれました。マーシャル・アーツはまだまだ発展の可能性を秘めています。そして個人的な考えですが、大きな大会で戦わないアマチュア選手の安全に改善の余地があるので、サポートしていきたいと思っています。「ONE Championship」に関わるようになる前には、アマチュア選手のイベントを担当しましたが、イベントにかけるバジェットの違いから、どうしても安全基準がプロ向けのイベントより低いことに気づかされました。
 

負傷したアスリートのケアは最優先事項。One Championship メディカルサービスのVP(vice president)、ドクター Warren Wang(右)と。整形外科の外傷トレーニングとラグビーの経験、医師としての経験をリングサイドドクターの仕事に生かせた

 

ロボット手術システムの現在と未来

超クリーンなロボット関節置換手術のための、“宇宙服”。手術中の無菌性は非常に重要

 

ドクター・アランは、ロボット手術システム(MAKOplasty、NAVIO、ROBODoc)のトレーニングを受けた、シンガポールではまだ数が少ない医療ロボットを使いこなす整形外科医ですね。まず、ロボット手術とは厳密には何ですか?

 ロボット手術は、コンピューター・システムに制御されたテクノロジーが、手術を補助するものです。個人的には、ロボットを使うことで手術の正確さが向上していると感じています。一番のお気に入りは、MAKOplastyという米国製のロボットです。ロボット・アームに触覚技術が採用されていて、これは日頃私たちが使うスマートフォンにも使われている技術です。スマートフォンに表示されたボタンを押すと、液晶が圧力を感知して機能を実行します。つまり、圧力にフィードバックが起きているということです。MAKOplastyは複数のバージョンでこのフィードバックを与えてくれます。これによって、手術前に「組織を切開したり取るときに、指定した領域の外に出たくない」といったことをロボットに設定するのです。通常は手術の前に腰・足・膝専用のCTスキャンを行い、それを地図として手術計画を作ります。「インプラントはここに置きたい」「この部分をこのように回転したい」「1、2ミリ先の場所にこれを戻したい」など、ロボット技術を使うとことで手術の内容を相当綿密に計画することができるのです。基本的に膝の上に人工関節を配置する必要があるポイントは約40~100ありますが、ロボットは、それが空間内のどこにあるかを認識し、CTスキャンからの地図と比較して「近づきすぎです、この方向に移動しすぎています」と警告してくれます。基本的には、ロボットの腕が動くのですが、あらかじめ決めたエリアを越えると腕が空間でフリーズするか、そのエリアに向かって動くと、それ以上は腕を押すのが難しくなります。この方法だと血管や神経、組織などを損傷することがありません。ロボット・アームを使うことは楽しいです、進化したコンピューター・ゲームのような感覚です。
 

医療ロボット開発は米国が一番進んでいますか?

 米国をリーダーとして、オーストラリア、ヨーロッパ、中国、アジア、日本など現在は世界中で開発されています。
 

ロボットを使わない従来の手術との違いは何ですか?

 従来の手術では、自分の手術の進行を知るために、関節のより多くの部分を露出させる必要があると思います。そのため出血も多くなります。人間が解剖学を完全に理解するのは難しいことを前提とすると、ロボットは人間がどうしても理解できていない部分の精度を高めてくれます。もちろん、従来の手術でも、ロボット手術でも、もともと優れた整形外科医であることは必要条件です。良い結果を得るためには、手術の原理と関節の構造を完全には難しいとしても、深く理解している必要があります。テクノロジーの使い方を知っていれば、素晴らしい結果が得られるというわけではありません。原理を理解せずにテクノロジーだけを使用する場合は、結果はそれほど良くないものになるでしょう。
 

ロボットを使いこなすには高い技術が必要ですか?

 ロボット自体はとても簡単で使いやすいと思いますが、医師としての経験があった上でのことです。私は関節置換術の経験もあり、ロボットを使い始める前に外科医としての経験とスキルをかなり積んでいました。また、オーストラリアで再置換手術の特別なトレーニングを行い、米国でロボット手術トレーニングを受けています 。
 

ロボット手術が必要な治療はどのようなケースですか?

 主に関節置換術です。例えば膝の関節がすり減った時、膝の軟骨を金属製のインプラントに交換する必要がある場合は、人工股関節全置換術、人工膝全置換術、膝部分置換術を行います。
 

ロボット手術により、痛みが少なくなるとか、回復が早くなると言えますか?

 それはロボットによるものだけではなく、術後回復の強化プロトコルと呼ばれるプロセス全体に関わってきます。世界の一部の地域では、手術を行って関節を交換した当日に帰宅することさえできます。この技術を利用した医師は、ロボットのもたらす正確性によって切開の範囲を小さくすることができます。また、医師は多くの薬を組み合わせた注射を行うなど、組織を注意深く取り扱います。それらすべてが積み重なることで、患者が術後すぐに歩いて理学療法を行えるようになるのです。つまり、ロボット手術だけではなく、全体的なアプローチです。そしてそれはチームのアプローチであり、多くの異なる人々が関わっていることなのです。
 

ロボット手術のデメリットがあるとしたら?

 新しい技術はどれもそうですが、高価であることがデメリットになると思います。基本的に、民間セクターには政府の補助金はありません。ロボットが実行できる操作の種類に応じて、たとえば100〜300万Sドルの費用がかかります。しかし、優れた結果をもたらすことを考えれば導入する価値はあると思います。また、もう一つの問題が 、医師の技術の習熟度にばらつきがあること。ロボットを使用するすべての医師が米国で訓練を受けているわけではないため、最新技術を取り入れることに前向きでなかったり、使用に自信がない場合があります。
 

ロボット手術は将来導入が増えていくとお考えですか?

 はい、そう思います。今後15〜20年の間に関節置換術の大半はロボット手術を通して行われるでしょう。医療業界は、 ロボット技術とAI技術活用ステージへの移行段階にあります。
 

ロボットの技術開発は、現場のニーズとギャップがないように進化していますか?

 常に進化していると思います。関節置換術のような大きな手術の補助から始まり、そしていつの日か脊椎手術や肩の手術ができるようになるでしょう。ロボットにインストールされているアプリケーションソフトウェアによって、技術的にはあらゆる手術に活用できます。さまざまな身体部位ごとに異なるソフトウェアがありますので、ソフトウェアを購入し続けなければならない理由にもなっていますね。
 

夢を加速させるためのポッドキャスト

来日時の経験はどのようなものでしたか?

 日本が大好きで何度も行ったことがあります。個人的には富士山登頂、北海道にはスキーを楽しむために定期的に日本に行っています。東京では柔術の大会にも出場しましたし、「ONE Championship」でのリングサイド・ドクターとしても来日しました。また、昨年はシンガポールの医療チーム代表として、ラグビーユニオンとラグビーワールドカップでも仕事をしました。仕事でいろんな国を訪れていますが、「ONE Championship」では、観客がフレンドリーで怒声が飛ぶこともないので、日本人のマーシャル・アーツへの深い尊敬を感じました。
 

「One Championship」でリングサイドドクターを務めた際。チャレンジング、エキサイティングで、そしてやりがいのある仕事

 

医師でなかったら、どの職業に就いていたと思いますか?

 私は若い頃、ハイキングや登山が好きでした。それで、地質学者に興味がありました。地質学者になっていたら、今頃は北極圏を探検しているか、古代文明を探す冒険者になっていたか、あるいは油田やダイヤモンド鉱山などを見つけていたかもしれませんね。
 

夢はありますか?

 今この瞬間、夢の中に生きているようです。自分の好きな仕事と生活を楽しんでいるからです。そして、これから成し遂げたい2つの目標があります。一つ目は、リングサイド・ドクターとして、また、シンガポールレスリング連盟のドクターとして、東南アジアのマーシャル・アーツや他の競技における安全性を向上させ、リングサイドで使用される薬もプロモートすること。
 
 そのため、最近ポッドキャストを活用してスポーツと薬についてのインタビュー配信を始めました。とても興味深い人々にインタビューを行うことができています。スポーツへの愛について登場した人ちが熱を込めて語ってくれます。シンガポールや海外のスポーツについての知識を高め、怪我のことや怪我から早く回復する方法についても話してくれます。
 
 もう一つの目標は、東南アジアにおけるロボット手術のリーダーになり、拡大することです。ポッドキャストが私の夢の実現を加速させてくれることを、信じています。
 

ドクター・アランにとって、スポーツとは?

 人生の一部です。スポーツ整形外科医として、ラグビー、サッカー、ゴルフ、マーシャル・アーツなどアスリートの気持ちになって治療をするだけでなく、個人的にもスポーツをずっと楽しんできたからです。規律と集中力を高めてくれるし、スポーツやマーシャル・アーツを通じて、かけがえのない友達が沢山できました。
 

では、仕事をしていない時間は主にスポーツ三昧ですか?

 柔術、ムエタイ、ゴルフ、大体この3つのどれかをしています。でも、スポーツと同じくらい、実は、ラム、ウイスキー、葉巻も好きなんです。私のモットーは、仕事は好きだけど、仕事のために生きているわけではないということ。ゴルフなどの好きなことをして、仕事の他に楽しむ時間は大切です。生きるために働いていますが、仕事が人生そのものではない。そんなことを言って、誰かの目を気にしないのか?と言われるかもしれません。はい、気にしません!

 

2018年東京開催「第6回東日本柔術選手権」出場した時にできた新しい友人Ken Albertoとのショット。柔術は年齢や能力問わずできる素晴らしいスポーツ

 


Dr Alan Cheung
整形外科医、International Orthopaedic Clinic
イギリスに生まれ、育つ。イギリスのケンブリッジで教育を受け、ロンドン大学ユニバーシティカレッジで医学の学位を取得。外傷と整形外科で外科訓練を修了し、オーストラリア、シドニーの王立プリンスアルフレッド病院で関節再建と筋骨格腫瘍学でフェローシップ訓練を修了。ドクター・アラン自身が常に熱心なアスリートであり、ケンブリッジラグビークラブでプレー後、スポーツと格闘技を人生の一部として継続、ブラジルの柔術では定期的に「東日本柔術選手権」に出場し、シンガポールと日本のトーナメントで金メダルを獲得。
医学士(London)
王立外科医師会会員(Royal College of Surgeons of England)王立外科医大学フェロー(外傷と整形外科)スポーツと運動医学ディプロマ(英国、スポーツと運動薬学)2019年Expat Living ベスト整形外科クリニック 受賞
https://www.ioc-ortho.com/

(取材・文/舞スーリ)

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