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座談会

2020年2月27日

2020年 シンガポール人の訪日旅行どうなる?

 2019年の訪日外国人旅行消費額は4兆8,113億円(速報値)と7年連続で過去最高を更新し、日本経済を支える産業へと成長しつつある訪日外国人旅行。
 2020年第1回目の座談会では、シンガポールで訪日旅行産業に関わる機関・企業の担当者にお集まりいただき、シンガポールからの訪日旅行の現状やシンガポール人の訪日観光の特徴、そして、東京オリンピック・パラリンピック競技大会を控えた今年の展望などについて語っていただいた。

座談会参加メンバー


(左から)
土橋 健太郎さん(日本航空シンガポール支店 支店長)
 1989年に日本航空入社。国内客室乗員部や国際旅客営業部を経て、2006年11月ドイツのフランクフルト支店で旅客販売セクションのマネジャーに着任。帰国後、国際業務部のマネジャーや国際提携部長を経て、2018年7月よりシンガポールに渡り、現職。
 
永井 初芽さん(日本政府観光局シンガポール事務所 所長代理)
 2006年2月に日本政府観光局入構。国内サービス部を担当し、2008年からフランスのパリ事務所に赴任。帰国後に、海外プロモーション部や市場横断プロモーション部を経て、2019年6月にシンガポール事務所に上席次長として着任。2020年3月より現職。
 
部谷 多賀子さん(JTBシンガポール支店 統括部長 ビジネス開発・MICE 営業担当)
 2010年、夫のシンガポール勤務を機に来星。日本での勤務経験をもとに、MICE営業に特化したJTB DESTINATIONS(現JTBシンガポール)に入社。2014年から6年間、JTBシンガポール支店にて、シンガポールのインバウンド・サービスの企画手配を経験後、2020年1月より現職。
 
小池 友作さん(HIS アウトバウンド支店長)
 株式会社HISにて、海外旅行の販売・手配に約7年間従事。その後、カナダのバンクーバーへ異動し、アウトバウンド、インバウンド業務を経て、2016年1月よりシンガポールへ赴任。現在は、レジャー、コーポレート、地方創生のアウトバウンド事業を担う。
 

2019年の訪日市場全体の動向

2019年の訪日市場全体の動向をお聞かせください。

永井:日本政府観光局(JNTO)が1月17日に発表した2019年の訪日外客数は前年比2.2%増の3,188万人でした。訪日外客数に占める割合が大きい韓国の減速(前年比63.6%減)があったものの、全体で2.2%の伸びを確保できたのは、他国が堅調な伸びをみせたためです。中国は初めて1ヵ国で年間950万人を超えました。東南アジア各国も引き続き伸びています。19 年はラグビーW杯の開催もあり、英国を中心に、欧米豪各国も好調に推移しました。訪日旅行は、東アジアからのボリュームがとても大きいですが、様々な国からの訪日を伸ばしていくことが、非常に重要だと感じられる1年でした。
 

このうちシンガポールからの訪日客はどのような状況でしたか。

永井:シンガポールは12.6%増、49万2,300人で統計開始以来最多となりました。特にシンガポールからの訪日需要はスクールホリデーのある12月が圧倒的に多く、単月で初めて10万人超えとなりました。我々の統計は、居住地ではなく国籍ベースなので、シンガポール国籍の方が約350万人といわれるうちの約50万人、もちろん 1人の方が何度も日本に行っている可能性もありますが、計算上は7人に1人が日本を訪れている、というのはすごいことだと思います。
 

航空業界や旅行業界はいかがでしたか?

土橋:はい、やはり私どもの数字にも裏付けられていますね。私どもの業界では(座席数の)供給、つまり、航空会社の機材の大型化、増便があると、市場原理で一般的に航空運賃が下がる傾向にあります。シンガポール=東京間は、18年末に他社さんの増便があったり、アジア域内の経由便の運賃が下がったりしたこともあり、19年は新しい需要が喚起されたところはあるのではないかと思っています。
 
小池:弊社も堅調に、JNTOの統計通りの伸びをみせています。航空会社の座席の供給量が増えているというのが、大きな要因かなと思いますが、シンガポールは日本を訪れるのが2回目以上のリピーターが好調を後押ししている印象です。
 
土橋:それは私どもも感じます。シンガポールの方はインターネットから直接航空券を購入する方の比率が非常に高く、マイレージプログラムのデータで見ても、リピーターがついてきている状況がうかがえます。一度行くと、日本は言葉など心配なく回れるよね、と慣れていただける。日本側の国を挙げての努力もあり、自分で航空券を取って回ってみたいなと思われる方も増えてきたのではないしょうか。
 
小池:リピーターの増加は旅行の形態を大きく変えています。以前は訪日旅行というと、まず旅行会社にお申込みいただくことが多かったのですが、現在は全体の10%程度。残り90%はFIT(海外個人旅行)です。本来であれば、旅行会社である我々の競合は旅行会社だったのですが、お客様の購入先となるプレイヤーもこれまでと様変わりしました。これを大きく感じたのも2019年の動き、変化かなと思います。
 
部谷:その点でいうと、弊社も約9割がFITで、団体は約1割程度で同じような状況です。
 
永井:データでみても、シンガポールは訪日客の7割がリピーターです。これは、東アジアで最もリピーター率の高い香港、台湾に続いて、3番目に高い数字です。香港や台湾に比べて日本までの距離が遠いにもかかわらず、これだけ成熟して、シンガポールは日本にとって大切な市場であることがわかります。
 

地方への関心高まる

部谷:あと、2019年は、地方を回るお客様が増えていると感じた1年でした。大阪、京都、東京のゴールデンルート、立山黒部アルペンルートといった定番コースだけでなく、九州、四国、東北などの地方にも興味を持たれるお客様の割合が増えたなと思います。東京・大阪を拠点に、国内線を乗り継いで、というお客様の割合も増えつつありますね。
 
小池:シンガポールの方が地方に分散してきたという状況を受けて、弊社も店舗の壁面を活用して、積極的に各都道府県の宣伝を掲示しています。実際反応が良かったのが、一昨年からタイアップさせていただいている鳥取県です。シンガポールからの観光客数が、一昨年、昨年共に2倍以上で伸びています。お客様は今、新しい場所を探している方が多いですね。
 

なぜ鳥取県はシンガポールの訪日客取り込みに成功したのでしょうか?

小池:鳥取県は、鳥取県にしかないオンリーワンのコンテンツが非常に多いんです。例えば、砂丘や砂丘美術館、日本食でいうと、カニの漁獲量が日本一で、さらに鳥取和牛や、しゃぶしゃぶ発祥の店が有名です。(原作者が鳥取県出身の)名探偵コナンなどのアニメのコンテンツもあります。大山や花回廊などの自然もそろっている。シンガポール人が訪日に求めているものが鳥取県にはたくさんあり、満足度が高い。弊社スタッフもそうですが、私が何度「良いよ」と言っても響きませんが、行ってみると「とっても良かった!」とファンになります。
 
部谷:シンガポールの方は色々な情報をインターネットやSNSで集められて、また日本からも頻繁に地方自治体がプロモーションでいらしていて、結構新しいものに飛びつかれますね。また、シンガポールの方の傾向として、何も知らない状態で聞きに来るというより、ある程度自分の中で何をしたいかという希望が固まって弊社のカウンターにご相談に来られる方が多いのです。私たちは旅行のプロとして、点と点である情報をいかに線と線として結びつけてあげられるか、というのが使命かなと考えています。
 
永井:シンガポールから地方への集客が増えてきたという実感はありますが、香港、台湾に比べるとまだ少ない状況です。統計でも東京、北海道、大阪の主要観光地で、延べ宿泊数の半数以上を占めています。JNTOとしては「もっと地方へ」というところがキーになると考えています。
 

効果が大きいのは「口コミ」

小池:地方への送客に向けて、口コミはとても重要ですね。昨年、熊本県と鹿児島県を走る「肥薩おれんじ鉄道」の問い合わせが急に増えたことがありまして。我々が広告したわけではないのですが、おそらく口コミで一気に広がった感じですね。
 
永井:シンガポールからの訪日客に「何を参考にして日本に行きたくなったか」という質問をすると、どの年代も「口コミ」がトップです。影響力のある有名な「ユーチューバー」「インフルエンサー」もそうですが、私たちは「マイクロインフルエンサー」といわれる、ある特定のコミュニティやジャンルで強い影響力を持つ、一般の方に近い身近なインフルエンサーの方に注目しています。JNTOでは、ハッシュタグをつけて投稿してもらうテーマ型のキャンペーンなどを展開し、シンガポールの方のSNS投稿を増やしてもらうことを2020年の事業の軸としていきます。
 
土橋:海外のお客さまに沿ったプロモーションは大切ですね。私どももこれまでは、海外地区で展開するマーケティングや宣伝は東京一括で考えていたのですが、当然、日本人の頭で考えたものを打ち出しても、なかなか海外のお客さまの心には刺さらない。こうした観点で、ようやく2019年から海外拠点主導でマーケティング・広告宣伝を本格稼働しました。シンガポールではかつては業界紙や現地の方が読むフリーペーパーなどある程度ターゲットを絞った宣伝が主でしたが、昨年はチャンギ空港の新しい商業施設「ジュエル」の大型オーロラビジョンに日本のPR映像を流し、当地では初めてマスに訴えるという施策をとりました。だいぶお客さまの反応も変わってきたと思います。
 

シンガポールの訪日客の近隣諸国、特にASEAN諸国との違いは?

永井:日本での消費金額の高さですね。2018年のデータでは、日本での1泊あたりの消費額(航空券は含まない)が1日2万円と、香港、中国に続いて、3番目。日本にとっては大変ありがたいお客様です。シンガポールはそもそもの所得が高いことがベースにありますので。
 
部谷:正にその通りで、シンガポールは国内の物価が高いこともあってか、日本に来て高級な日本食にも「安い、安い」と言って結構な額をお使いになるのが、他のASEAN諸国との大きな差だと思います。お金の使い方も、高いけど奮発して使いましょうという感じではなくて「このクオリティでこんなに安く買えるのね!」という感じで使う方が多いです。
 
土橋:シンガポールの方からは、新しいものだけでなく、知らない世界に対する探究心の高さも感じます。
 
小池:シンガポールは近隣諸国に比べて、査証(VISA)なしで観光できる国が多いなど、パスポートの自由度が高く、旅行へのフットワークの軽さを感じます。英語・中国語を話すので言語のバリアも少ないですね。
 
部谷:そうですね。最近は日本の各観光施設も、基本情報を英語で掲載するところが増え、シンガポールの方はとにかく事前情報をたくさん持って来日される。他のASEAN諸国のお客様は、東京・大阪滞在の場合、30分程度で行ける所を中心に観光するという方が多い気がしますが、シンガポールの方は、たとえ東京に宿泊していても、東北の温泉に行って帰って来るなど、日本人の感覚ではわからない、想像できないような距離の移動を滞在中にされているのが一つの特徴だと思います。マレーシア、インドネシアなども訪日外客数は伸びていますが、まだそこまで個人で動いてはいません。
 
永井:JNTOもASEANの中ではシンガポールはタイのバンコクに次ぎ古い事務所で、シンガポールは早くから日本旅行に来ていただいていた国の一つです。訪日旅行は決して安いものではないですが、それだけ前から、シンガポールには訪日を実現できる所得水準の方がいらっしゃったということですよね。
 

2020年のシンガポール市場に向けた取り組みは?

小池:シンガポールは成熟市場ですので、やはり地方への送客がカギになります。引き続き、日本の地方にはこんなに良いところがあるという情報を発信・宣伝していきます。シンガポールはASEAN諸国において、やはりトレンドリーダーですから、日本の旅行会社としてお客様が求める日本の情報をきっちりとらえて、提供していきたいです。
 
部谷:シンガポール市場は成熟していると感じると同時に、シンガポールの方には日本は行きつくした感をお持ちの方もいらっしゃるんですね。例えばシンガポールの学校の教育旅行は、5年程前までは日本行きも多かったのですが、学校の先生方と話をしていると、最近は、日本に行って何かを学ぶというのではなくて、自分たちが何かを伝えられるような環境に生徒を連れて行きたいと仰ります。それができる環境は、日本ではなくて、カンボジアであったり、ベトナムであったりそういったところなんだ、と。日本の地方が置かれている状況、過疎化、高齢化などの状況をうまく伝えることによって、同じような体験をまだまだ日本でも提供できるのではないかと感じます。日本の旅行会社としてこうした部分で上手く地方をみせていくことが大切になります。
 
土橋:確かに、シンガポールの方と話していると、もっとプロモートしたらいい地方も沢山あるのにという声が聞こえてきます。日本のこういうところはこうやったら、もっとブランドが高まるのになぜそうしないんだ、と我が事のように仰います。
 
部谷:シンガポールマーケットについては、量より質の時代に入っているので、例えば日本各地で開かれているマラソン大会を健康志向の高いシンガポール人に訴求するなど、テーマ別のアプローチもしていきたいと考えています。
 
永井:JNTOとしても、シンガポールはすでにリピーター率が高いので、地方へのさらなる送客が目標です。また、国としては訪日外客数だけでなく、消費額の年間目標も打ち出しています。人数だけ考えると、シンガポールよりポテンシャルの高い市場はもっとあると思いますが、消費額でみるとシンガポールは日本にとって重要な市場であり続けるのかなと考えています。日本でよりたくさんお金を使っていただけるお客様を呼び込んでいきたいです。
 

今年は東京オリンピック・パラリンピッ競技大会も開催されます

永井:東京オリンピック・パラリンピック大会前後は世界中で日本の露出が高まることが期待されます。これに合わせ、JNTOは2020年の特別プログラムに「YOUR JAPAN 2020」という冠をつけて展開していきます。
 
土橋:大会前後の需要喚起がされないといけないので、私どもも「YOUR JAPAN2020」への協賛の一環として夏場に海外在住のマイレージバンクの会員向けに日本国内線を無料で10万席ご提供するキャンペーンを実施します。行き先は当選者自身が選ぶのではなく、弊社側で決めさせていただくかたちですので、海外の方になかなか知られていない日本の新たな魅力を知っていただくきっかけにしてただければと思っています。
 

やはりプラスの影響が大きいのでしょうか?

部谷:弊社は、今年の動きに関しては楽観的にみておらず、シンガポールの経済状況をみても、2020年前半はすこし伸び悩むのではと懸念しています。ただ、弊社のような旅行会社に来てくださる方は、旅行のプロに背中を押して欲しいという気持ちがある方だと思うので、しっかりフォローしていきたいです。
 
永井:仰る通り、オリンピック・パラリンピックはプラスの影響だけではないでしょう。特に大会前の需要が冷え込まないか懸念しています。そこで、
今年は5月中旬~7月初旬に日本へ行きましょうというキャンペーンを打とうと思っています。もともとゴールデンウィーク明けから6月は日本の国内観光の閑散期に当たるため比較的旅行価格が抑えられるというメリットがあります。訪日旅行に関わる各事業者と連携して、2020年を通して盛り上げていきたいです。
 

出国、訪日人数の推移データ(2019年度版)

 シンガポールの入国管理庁によると、シンガポール国民の海外出国回数は年間1,037万回(2018年)。単純にシンガポール国民数で割ると、1 人が年間3回ほど海外渡航している計算になる。シンガポールが東京23区ほどの狭い都市国家ということもあり、旅行をはじめとした海外渡航が身近な環境にあるといえる。2019年には49万人が訪日旅行しており、数字上は同じ東南アジアのベトナムとほぼ同数。ただ、シンガポール人は7割以上が訪日2回目以上とリピーター比率が高く、さらに訪日旅行が「20回目以上」のハードリピーター比率が 約9%と他国に比べて非常に高い数字となっている。

 

 

(編集 / 糸井夏希)

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