2019年8月26日
第3回(その1)トヨタ自動車社長 豊田 章男
「諸君 人生のドーナツを見つけよう!」
2019年5月18日。豊田章男社長は、米ボストンのバブソン大学創立100年を飾る卒業式でOBとして祝辞を述べるために壇上にいた。同校は米国屈指のアントレプレナー(起業家)輩出校。豊田は慶応義塾大学を卒業後に渡米し、この大学院で2年間学んだ。祝辞は英語で実際の体験に基づく温かい内容。ウィットに富んだユーモアが随所にちりばめられ、聞いたすべての人々をうならせた。
「私の留学生活はチャレンジの連続でした。不慣れな英語で授業を聴講するために、全ての時間を勉強に費やさなければついていけなかった。パーティーにも参加せずホッケーも観戦せず、毎日、寄宿舎と教室、図書館を行ったり来たりの “つまらない学生” だった。しかし卒業後ニューヨークで働き始めると、失った時間を取り戻すかのように “夜の帝王” となりました」
会場はどっと笑いに包まれた。
「大切なことだけを言います。つまらない人間になるのではなく、人生を楽しむ。自分は何に喜びを感じるのか。何か一つ自分が夢中になれるものを、自分で見つける。私の場合は、それが、アメリカンドーナツだった」(会場大いに沸く)
ジョークの合間に織り込まれる人生の極意。テンポのいい語り口に、引きずり込まれる。
「アメリカのドーナツの美味しさにはまって以来、留学生活はすっかり変わりました。皆さんにもそれぞれのドーナツを探し出してほしい。そして夢中になれるものを見つけたら決して手放さないこと」
豊田の話に聞き入る学生たち。
「子供のころの夢はタクシードライバーになる事でしたが、父(章一郎)に相談すると即座に “危ないからダメだ” と言われました。この夢は叶いませんでしたが、今それに近いことをやっている。52歳になって一念発起してレーシングドライバーのライセンスも獲得した。その時も父には “危ないから止めろ” と言われましたが」場内は大爆笑だ。
「前だけを見て、全てがうまくいくと考えるべきです。そして、好きなことを思う存分、楽しんでほしい。また、変化が必要な時にいかに劇的な変化を起こすことができるか。客観的に物事を見て、変化から逃げるのではなく、変化を受け入れる。そうした起業家精神をバブソン大学で私は学んだ。ここにいるすべての皆さんが、必ず大成功を収めるだろうと信じています」
豊田がスピーチを終えた瞬間、人々は一斉に立ち上がった。興奮冷めやらぬ拍手喝采のスタンディング・オベーション。日本の自動車産業をけん引する、豊田章男の起業家精神の原点だ。
経済ジャーナリスト
小宮 和行(こみや かずゆき)