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座談会

2018年9月27日

日系企業のシンガポール進出・撤退の現在

AsiaX:近年の日系企業のシンガポール進出に関する相談件数、ビジネス機会の推移はいかがですか。

 

加藤:全体的には少しずつ増えていますが、単純に増加しているというよりは、得意分野が少しずつ変化してきていると感じます。当社のメインのお客様は日系企業ですが、住宅については、最近、日本に帰国または他国に転勤する担当者の後任が来ないケースも増えていますので、1社ごとの案件数という点では減っています。逆に、現在注力している商工分野と呼ばれるオフィス、店舗、工場仲介事業は好調です。
 また、進出の仕方も変化してきています。事務所兼自宅や、サービスオフィスに登記して仕事は自宅でするという形が増えています。以前であればオフィスと自宅の賃料のダブルコストは当たり前でしたが、オフィスの必要性という点で、進出のスタイルが多様になってきています。あるいは、大企業でも固定のオフィスをシェアオフィスに移すという動きもあります。業種にもよるのでしょうが、働き方が変わってきていると強く感じます。

 

森:最近の進出企業の相談内容は、分野的に偏って激動している感じがしています。フィンテックのような決済関連、ICO案件の相談が非常に増えていますね。他の業種では、サービス業は大手、中小に限らず常に問い合わせがありますが、全体的には、シンガポールへの純粋な進出案件はここ数年現状維持で、周辺国への進出案件が非常に増えている印象です。他方、特にシンガポールおよびマレーシアにおいては、M&Aが急増している感覚があります。シンガポールおよびマレーシアが外資規制も厳しくなく、決算書なども比較的整っており、また建国から53年を迎えシンガポールの企業経営者も事業承継のフェーズを迎えていることが大きく影響していると思います。

 

高橋:IT企業の進出、オーナー企業の資産管理会社設立などの相談が目立つ印象です。バブル後に興こされたオーナー企業が転換期に差し掛かり、海外事業の強化を意図しての進出、あるいは海外での資産管理のためシンガポール法人の設立、という流れがあるように感じます 。仮想通貨関連の問い合わせも増えていますが、こちらは玉石混淆で、ほとんどの場合難しいです。

 

日浦:私も相談件数は増えていると実感しています。新規進出に関する相談内容は、シンガポールに会社がないので新しく設立するというケース、過去に一度撤退したけれど再度会社を設立するというケース、さらにM&Aで既存企業を買収するケースがあります。全体的な業種の割合はシフトしていますが、一方、日本ブランドへの人気から、幅広い業種が進出しており、当社が担当している案件は比較的業種に偏りがないです。

 

政府注力分野は順調 飲食業は苦戦!?

AsiaX:業種がシフトしているということですが、目立っている産業はありますか。

 

高橋:IT系中堅企業で、シンガポール企業に商品・サービスを売りたいというケースが増えています。まずは日系企業間で商売を始めてというのではなく、ローカルマーケットを本気で取りにくる形で、かつ東南アジア市場を攻める拠点として進出してきているなと感じています。当社の得意分野は中小企業・スタートアップですが、スタートアップの中でもIPOを経た後、海外進出への足掛かりとしてシンガポールに進出するケースも増えています。

 

森:私たちは法律事務所ですから、基本的には規制が絡む業種、許認可、ライセンスが必要な業種からの相談の割合が多くなります。具体的には、金融や保険、特に先ほど述べた仮想通貨、ICO関係。それに最近特に多いのは健康食品や器具などの健康産業ですね。この辺りは国によって規制内容が全然違うので、ASEAN全ての国での規制調査の依頼が多いです。

 

加藤:飲食業もまだまだ多いと感じています。私は2013年にシンガポールに来ましたが、当時からの店舗数の急増ぶりはタンジョンパガー周辺などを見ても驚異的ですね。
 当社では仮想通貨関連の進出は少ないですが、技術開発やIT、AI(人工知能)などの関連企業が増えているという感覚は持っています。金融業などのIT管理部門がシンガポールに出てきて開発拠点を置いた、というケースもありますね。

 

高橋:日本食レストランはものすごく数が増えました。ここまで増えると、競争が激しすぎて、収益性が落ち、賃料負担が厳しいのではないですか。

 

加藤:シンガポールでは、ショッピングモールがますます増えています。増床ペースに合わせて、飲食店を誘致していますが、人口は増えていないので食べる量は有限です。しかし、マーケットが薄まってきているにもかかわらず、賃料は依然高い水準のままです。また、敷金や内装にもお金が掛かりますし、契約期間は3年間と長く、途中で解約するのも難しい状況です。飲食店では、店舗数を増やすことで収益を伸ばしていくわけですが、消費量が限界に達している中では、ある意味で負のスパイラルに陥っている部分もある気がしています。

 

日浦:シンガポールは、採算度外視という経営者もいます。シンガポールで流行させて成功モデルを確立した後、そのシステムを周辺国に展開していくビジネスモデルです。人・情報が効率的に集まるシンガポールでテストマーケティングという意識ですね。体力が必要だとは思いますが、周辺国でのビジネスとトータルで考えているわけです。

 

AsiaX:シンガポール政府は、いま研究開発(R&D)にスポットを当てています。人件費の上昇、不動産価格の高騰、外国人の就労制限など、以前と進出企業を取り巻く状況は大きく違いますが、政府の支援による研究インフラ整備が進み、関連人材が採用しやすいとも言われています。進出のメリットとしてどのようなことが挙げられますか。

 

加藤:シンガポールでは知的財産権が確立しているので、有能な人材が長期間かけて行う開発部門には適しています。深圳に出たらあっという間に真似されてしまったという話も聞いたことがありますが、ここではそういう話は聞きません。

 

森:良い人材を集めて、知的財産を集積させて、高付加価値の産業構造にして、ライセンス料収入等で安い税率ながらも安定して税収を確保するという国家モデルです。周辺国が同じ方向性の政策をとろうとしても、規制の不透明性の問題や良い人材を集めるためのインフラの点などから難しいでしょう。ただ、現在は中国と研究開発部門の取り合いという状況です。中国がその巨大な資金力で優秀な人材をシンガポールからもヒットハントしています。シンガポール政府も負けじと多額の予算をつぎ込んでR&D誘致に取り組んでいますね。

 

加藤:最近隣国であったように政権が変わった途端に政策が正反対になってしまうようでは、投資額も大きいだけに多大なリスクが伴いますしね。ただ、シンガポールのルールに関しては、私は少し違うイメージを持っています。建物の許認可を取る際などは担当者によって指摘事項が異なることが多々あります。おかげで予定していた開業に間に合わなくなった、というケースもあるようです。

 

高橋:外国人雇用に対する政府のスタンスは厳しくなりましたが、要はシンガポールに貢献する意思があるかを確認している、と理解しています。ビザに関しても、シンガポールに何も還元する気がない企業にはおりにくくなっています。一方、シンガポール人の雇用や納税といった形で、シンガポールとWin-Winの付き合いができる経営者・企業には政府も優しく、シンガポールで得られるメリットは依然大きいです。

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