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シンガポール星層解明

2017年11月24日

訪日需要を踏まえたシンガポール向け食品輸出戦略の再考

なぜシンガポールなのか?
盲目的な進出には機会費用が発生

さて、海外展開といっても、そもそもなぜシンガポールを輸出先として検討しているのか、その妥当性について納得感のある説明を担当者から聞くことは残念ながらまれである。

 

人口わずか5.5百万人と消費市場としては小粒のシンガポールへ輸出する狙いとして挙げられるのが、域内のショーケースとしての役割。すなわち6億人を超える人口を有する東南アジア全域からシンガポールへの訪問者が日本の食品に触れることで、その認知度や消費が高まることへの期待である。しかし、域内各国から日本への訪問は、富裕層のみならず中間層を中心に急速な勢いで伸びており、ショーケースとしての役割は過去の遺物になりつつある。実際に図2に示す通り、ベトナムやタイからの日本への訪問者数は過去10年間にわたり毎年20%以上の上昇率となっている。さらにマレーシア、インドネシア、フィリピンにおいても、シンガポールにおける上昇率を上回る形で日本への訪問者数は急増していることからも、これらの国々の消費者が、日本でより最新かつ本物の食品に直接触れる機会が拡大していることは、想像に難くない。

 

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また、シンガポールの経済水準が他国に比べて高いことを輸出の理由に聞くことがある。確かにシンガポールの1人当たり国内総生産(GDP)は日本を上回り、東南アジアでも群を抜いて高いのだが、嗜好性が高い一部の高級アルコール飲料などを除き、所得や消費の水準が日本の食品の消費額の多寡に大きな影響を与えることはないと考える。その理由は、図2にある通り、ベトナムやタイからの訪日客の買物代はシンガポールからの訪日客のそれを上回っており、また旅行支出の総額に占める買物代の割合はシンガポールからの訪日客が最低となっているためである。これらの数値はあくまで訪日時の消費傾向を示すに過ぎないが、シンガポール以外の東南アジア諸国の消費者が、食品を含めた日本の製品に対して実際に高い購買力を有している事実を示している点で興味深い。

 

大企業なら話は別であるが、中小の食品事業者の海外展開においては経営資源に限りがある。そのため、高い効果が期待できる市場を優先順位付けした上で攻略していく姿勢が重要であり、仮に周囲に流されるままに近視眼的にシンガポールへの展開を検討しているのであれば、機会費用だけが高まることが懸念される。

 

現地のミクロ環境は輸出拡大に追い風
目標と手段を具体的に想い描く重要性

シンガポールへの進出が理にかなう食品事業者にとって、成熟段階にある現地の小売・外食市場のミクロ環境は追い風になるとみている。小売大手のコールド・ストレージやフェアプライスは、一部店舗で日本産食材に特化した売場を恒常的に設置し、品揃えの同質化を避けて競合企業との差別化を図っている。今後も日本の食品が、現地小売企業の品揃えを改善していく上で果たす役割は小さくない。また日系の日本食レストランに対して現地消費者の支持が集まる一方、例えば現地企業が展開する寿司チェーンが大幅な店舗閉鎖を決めるなど、本物志向を強める消費者の胃袋を日本の食品事業者がつかむ機会は今後も拡大していくとみる。

 

目標とする売上高はどの程度か?どの消費者像を狙って売上目標を達成するのか?彼らはどこで何を買っているのか?彼らはなぜ自社の商品を購入すべきか?核心を突いたシンプルな問いに対して回答ができない状況では、輸入業者との交渉やその後の意思決定も場当たり的となってしまうことは自明である。本来であれば社運をかけて推進すべき海外展開の成否を運任せにしないためにも、まずは明確な事業目標を掲げた上で、それを如何にして達成できるかについて具体的なイメージが持てるまで、市場を分析する重要性に言及して本稿を締めたい。

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山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.328(2017年12月1日発行)」に掲載されたものです。

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