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シンガポール星層解明

2017年7月26日

シンガポール ラストワンマイル最前線

ご近所さんが代理で受け取るサービスが登場
勃興するシェアリングエコノミー時代の申し子

一方で、全ての利用者にとって理想的な受け取り場所(例えば自宅の玄関付近など)にロッカーを設置することは現実的には困難であり、またロッカーでの受け取りには荷物のサイズや温度管理の面で制約が存在することも事実である。

 

そこで登場したのが、自宅の近隣宅や近隣店舗に代理で荷物を受け取ってもらうサービスである。パーク・アンド・パーセル(以下、PNP)社は、発注者の代わりに荷物を受け取る代理人をWeb上で紹介するサービスを提供しており、日中は自宅を不在にしがちな利用客はWebサイトに登録してある代理人の中から便利な場所に位置する配達先を選択し、都合に合わせて荷物を受け取りに行くことができる。利用客は配送料金に加えて2.5Sドル(約200円)をPNP社に支払うことで、自宅で待つストレスやロッカーに足を運ぶ不便さから解放される一方、専業主婦や店舗スタッフなど指定された受け取り場所に常にいることが可能な代理人は、荷物を受け取って顧客に引き渡すことで1Sドル(約80円)の副収入を得ることができる。今年の1月に約100人の受け取り代理人を抱えて開始したこのサービスは、現在では代理人は1,000人を超えており、月間の取扱い荷物数もPNP社全体で数百個の規模にまで成長している。

 

さて、PNP社が自宅などに滞在している人の遊休時間を活用して「代理の受け取りサービス」を提供しているのに対し、道行く一般市民の遊休時間を活用して「代理の配送サービス」を提供しているのがクーリエ社である。クーリエ社は5,000人を超える配送人が登録するアプリを2015年から提供しており、受け取り代理人の拡大を目指すPNP社と並んで、ラストワンマイルにおけるシェアリングエコノミー(共有型経済)時代の申し子と言える。

 

消費者が荷物を「取りに行く」形が主流に
シェアリングエコノミー化は更なる加速へ

さて、本稿に登場したラストワンマイルで事業展開する企業を図2にまとめた。最後にこのマトリックスを用いて、筆者がシンガポールのラストワンマイルで予測する今後の2大トレンドおよび課題を考察して本稿の結びとしたい。

 

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1つ目は、消費者が荷物を「取りに行く」流れの普及である。シンガポールでは全世帯の75%が共働きとされ、日中は自宅を不在にしていることが一般的であることから、消費者に「届ける」オペレーションの難易度は必然的に高くなり、また再配達に伴うコストも無視できない。受け取りロッカーについては、商業スペースとして大きなポテンシャルを持つ「駅ナカ」や、ガソリンスタンドに併設されたコンビニなどを中心に、「新社会インフラ」として政府が設置・運営を主導していけば、島内にネットワークを張り巡らせることは容易にできるとみている。また実際にサービスを普及させていくうえでは、運営する企業間での相互利用の仕組みを構築し、冷蔵・冷凍荷物への対応も含めて物流品質を向上させると同時に、ロッカーの利便性を消費者に分かりやすく訴求していく必要があると考える。

 

2つ目は、シェアリングエコノミー化の加速である。受け取りや配送において遊休資産を活用するビジネスモデルは、人件費や賃料が高いシンガポールの事業環境とも親和性が高く、例えば幼稚園や小学校の送迎車両など、特定の時間帯しか稼働していない資産を更に活用していくポテンシャルは存在すると考える。荷物の取り扱いや安全性に懸念はあるものの、シェアリングエコノミーで同様のサービスである配車アプリが急速に普及した背景を踏まえると、ラストワンマイルにおけるシェアリングエコノミー化も時間の問題だとみている。

 

これら2つのトレンドに合致する形で事業展開をしているのが前述のPNP社であり、彼らのビジネスモデルは、今年の6月にアマゾンジャパンが発表して話題となった個人の運送事業者1万人を囲い込んで独自の配送網を構築する方向性とは真逆であることが分かる。ネット小売業界の覇者アマゾンの進出が間近とされるシンガポールにおいて、独自のモデルで消費者の利便性を追求するPNP社がどこまで消費者の潜在的な需要を顕在化させてラストワンマイルの新標準を構築していくのか、今後の動向に注目していきたい。

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山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.324(2017年8月1日発行)」に掲載されたものです。

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