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シンガポール星層解明

2017年6月23日

事業改革で問われるシンガポール航空の底力

更なる高級化とLCC活用が戦略の骨子
グループ3社の重複路線は要見直し

事業の立て直しが待ったなしの状況の中、SIAは1)プレミアムポジションの強化、2)グループ航空会社とのシナジー創出、3)マルチハブの活用、および4)新規事業の創出の4つを戦略として掲げており、収支の改善に向けて構造改革に取り組んでいる。

 

1)プレミアムポジションの強化では、ボーイング777-9型機を20機、および787-10型機を追加で19機導入し、エアバスA350-900型機を昨年の米サンフランシスコに続いて、2018年には同型機のULR(超長距離)モデルを複数の北米都市に直行便で就航させる予定である。また今年末には、座席のデザインや「クリスワールド」を刷新した新エアバスA380型機を投入する計画を持っている。更には現在31社のコードシェアパートナーとの相互の集客送客も引き続き活用していく意向を示しており、差別化の源泉となる路線網や機体、および機内プロダクトの刷新には継続的に投資をしていく姿勢を鮮明にしている。

 

2)グループ航空会社とのシナジー創出では、LCC子会社のスクートとタイガーエアが今年の7月末までに統合して誕生する新ブランド「スクート・タイガーエア」との間で、航空券の販売やマイレージプログラムなどにおいてシナジーの創出を目指している。今後はSIA(プレミアム)、およびグループ内のシルクエア(短中距離プレミアム)とスクート・タイガーエア(LCC)で異なる機体サイズや座席クラスを使い分け、3社全体で効率的に路線網と客層を拡大していくことが一層重要になる。既に今年の6月には2012年までSIAが就航していたギリシャのアテネにスクートが、10月には同じくSIAが2003年まで就航していた広島にシルクエアが路線を開設することが決まっている。一方で、インドのチェンナイやバンガロール、ミャンマーのヤンゴン、インドネシアのスラバヤなどは、3社間で就航地が重複しており、需要に応じて早急に見直していく必要がある。

 

3)マルチハブの活用では、SIAがインドのタタ・グループと設立した「ビスタラ」が拠点を置くインドのデリー、およびタイのLCCノックエアと設立した「ノック・スクート」が拠点とするタイのバンコク(ドンムアン)の活用を挙げている。2015年に運航を開始したビスタラは、現在エアバスA320型機13機でインド国内の19都市に就航しているが、近い将来には国際線への参入が見込まれており、その暁には現在はエミレーツ航空の牙城であるインドから欧州やアフリカへの就航も期待される。

 

4)新規事業の創出では、昨年シンガポールにエアバス社と共同で設置したパイロットの訓練施設や、マイレージ事業などからの収益機会の多角化を挙げている。訓練施設は現在40社の航空会社を顧客に抱えており、アジア太平洋における訓練拠点のハブとなるべく更なる顧客拡大に努めている。

 

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環境変化への迅速な対応力が不可欠
再浮上は3社の提供価値の明確化から

最後にSIAが再浮上をしていくために不可欠と考える要素2点に言及をして本稿を締めくくりたい。

 

1点目は、市場環境の変化に迅速に対応する企業文化の再構築である。SIAは、3つの座席クラスが主流の時代には、先進的なサービスを先駆けて提供してきたが、利用者の層や選択肢が多様化した昨今においては、事業展開の「スピード感」の不足が否めない。エアアジアが中長距離向けの新ブランド「エアアジアX」を2006年に設立しているのに対し、SIAがスクートを設立したのは2012年、また各社が2010年前後には導入しているプレミアムエコノミーをSIAが採用したのは2015年など、他社に追随する形の展開が目立っている。また過去10年間において、わずか3年しか黒字を計上していない子会社の貨物航空会社を、今になってSIA本体の貨物部門と統合することを決定するなど、大企業病を連想させる緩慢な印象が拭えない。

 

2点目は、グループ3社の提供価値の明確化である。競合他社より運賃が高いSIAを消費者が選択すべき理由は何か?同じ路線でSIAと機内サービスが異なるシルクエアの運賃はなぜ同じなのか?全路線で最新鋭のボーイング787型機を運航する点を訴求してきたスクートは、エアバスA320型機が中心のタイガーエアとの統合後は何を差別化要因にしていくべきか?

 

これらの問いに対して、全社のスタッフが一貫した認識を共有し、日々の業務やサービスに反映し始めることがSIAの再浮上に向けた第一歩だと考えている。

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山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.323(2017年7月1日発行)」に掲載されたものです。

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