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2020年8月18日

シンガポールに「おひとりさま焼肉」初上陸

一人一台のロースターで自分の食べたい分だけ注文して焼き肉を食べられるというシンプルなコンセプトの「焼肉ライク」。これは一体シンガポールにどういう影響をもたらすのだろうか。

広がる「おひとりさま」マーケット

 一人で来店した客も、グループで食べるような食事・アクティビティを楽しめる―このようなビジネスモデルを日本では「おひとりさま」と呼ぶ。
 
 現代の日本社会では、「おひとりさま」は本来の「一人」という意味を超え、食事、カラオケ、旅行などの社会活動を一人で行うコンセプトとなった。結婚して家族を持つという社会規範から抜け出し、独身生活を受け入れることは、日本の若い世代を自由へと解放すると言われている。今では「おひとりさま」は独身者のみならず、世代を超え「ソロ活動」として進化し、日本社会に定着している。ソロキャンプ、ソロウェディング、ソロステーキ、ソロしゃぶしゃぶ、そして、ソロ焼肉と、マーケットは広がる一方である。「おひとりさま」は今や社会に認知され、本来の一人で寂しい意味ではなく、肯定的で主体的な意味として使われている。 
 
 インターネットなどで人と人とのネットワークは無限に拡散しつつある一方、日本では一人になりたい、一人で活動したいという欲求も同時に持つ人が増えている。現代日本社会を専門としている米国デューク大学の人類学者アン・アリソン氏 (Anne Allison) はPre-carious Japan(不安定な日本)(2013年)の中で、日本では家庭内においても、家族のメンバーがソロ化し、互いの存在を無視しながら生活している家族が増加しつつあると述べている。 
 

日本で話題の焼肉ファストフード「焼肉ライク」
2020年2月上旬シンガポールに初出店

 日本同様、シンガポールにおいても、近年、少子高齢化、晩婚化などの社会問題は深刻化している。シンガポールの人口統計によると、未婚者は2015年に32%と、人口の約3割を占めるようになり、増加傾向にある。それでもなお、シンガポールのフードコートやレストランなどを見渡すと、一人用の席やメニューは少なく、主に二人かグループを対象にした様々な種類のメニューがあるというのが現状だ。焼肉に関しては一人で行くと周りの視線が気になるだけでなく、食べるサイズや値段が到底一人用ではなく、行きたくてもいけないと思う人も大勢いるだろう。
 
 そんな中、一人でも気軽に行ける「焼肉ライク」がシンガポールに上陸した。「焼肉ライク」と「おひとりさま」の関係性を詳しく知るため、調理機材や食料調達を担当されている高橋麻子氏にお話を伺った。高橋氏によると「焼肉ライク」は「おひとりさま」というユニークなコンセプトを取り入れ、他の焼肉店との差別化を図っている。客は自分のペースで好きなように食べる事ができ、店にとってもお客が食べる時間が短縮できるので店の席効率も上がり、小さい所でも出店できるといったメリットがあるという。
 

パーテーションがあって、お互いに向かいの席の人と視線が合わない。セットメニューは焼肉とご飯、わかめスープ、キムチ。

 
 しかし、「おひとりさま」のマーケットはシンガポールでも拡大するかと尋ねたところ、「おひとりさま」は昼食時間の厳守など日本の企業文化の上に成り立つ現象であり、文化が異なるシンガポールや他国では「おひとりさま」の需要は増えないだろうという見方だった。新しくオープンしたパヤレバーモール店では開店当初から家族連れやグループが多く、おひとりさまは約1割にすぎないという。
 

シンガポールの「おひとりさま」市場

 海外における「おひとりさま」市場に関する高橋氏の懐疑的な見解に反して、「おひとりさま」コンセプトを特徴とする「焼肉ライク」はオープン以来、開店前から長蛇の列が途絶えることはない。孤食文化がないシンガポール人の間でも人気を博している。間違いなく、日本以外にも「おひとりさま」の市場は存在している。シンガポール人を対象としたアンケート調査によると、6割以上は一人で外食するのが好きだと回答しており、5割は他の飲食店、例えば火鍋などにも「おひとりさま」コンセプトを取り入れて欲しいと考えていることがわかった。
 
 「一般の焼肉店は一人で行くのが恥ずかしい。一人を対象にする店は入りやすい。」「他の人の意見に合わせる必要がない。気兼ねなく食べられる。」「食事の際の人付き合いは煩わしい」などの理由で、大半の回答者は「おひとりさま」の飲食店へ行ってみたいと答えた。シンガポールで食事を一人で取るのは「孤独である」、「寂しい」と思われていたが、調査結果は「おひとりさま」市場が今後も拡大する可能性があることを示唆した。 

 
 シンガポールに上陸した「おひとりさま」はなぜこんなに注目を浴びているのか。我々シンガポール人の辞書にはない言葉だが、このコンセプトには深いメッセージが込められているからだ。それは、「多様性を受容する社会の大切さ」だ。多民族国家シンガポールには様々な人種、文化、思想などの異なる人々が住んでおり、それぞれのニーズに応えなければならない。そのためには、まず一人一人の違いを認め、どんなに特別で珍しくても、その人のニーズを差別しないというのが私たちの義務だろう。「おひとりさま」客を歓迎する「焼肉ライク」はその「多様性を受容する社会」実現への第一歩なのではないか。 
 
 グローバル化が進む中、今後もさらに多様なニーズが生まれるのは明らかだ。それにいかに対応するかが、私たちにとって大切なことだ。そのためには、私たち自身が自分の中に存在する偏見や先入観をなくし、「異なるもの」を受け入れることが大切だ。レストラン内には家族や友達に交じり、一人で来る客もいる。右には不自由なく車いすで店内に入って来た客がいる。左には軟らかい料理をおいしそうに頬張る高齢者。こんな今とは一味違う空間。これこそ21世紀のあるべき姿なのではないだろうか。世界最先端に立つシンガポールから、こんな空間を、世界に発信することが期待される。

【取材・文】
Lew Jin Shan、Joshua Tam Jun Wen, Toshifumi、 Kim Mi Jin、 Ito Ayumi
(シンガポール国立大学 LAJ4203 Newspaper Reading AY2019/2020 SEM2)

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