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社説「島伝い」

2019年10月25日

マーライオン像の存在

 9月20日にセントーサ島と隣のブラニ島を融合する新たな開発計画が発表され、セントーサ島のマーライオン像は取り壊されることが明らかになりました。カジノなどがあるリゾート・ワールド・セントーサから島の南側のビーチへアクセスする遊歩道が大幅にリニューアルされることになり、そのルート上にあるマーライオン像は年内に姿を消すことになるようです。このニュースは、国民はもちろん、観光で訪れたことがある外国人などにも衝撃を与え、取り壊しの撤回を政府に求める署名運動がネット上などで展開されていました。

 

 今や一大観光地となっているセントーサ島ですが、かつてはマレー語で「背後に死がある島」を意味するプラウ·ブラカン·マティ(Pulau Blakang Mati)と呼ばれていました。軍事拠点として利用された時期が長く続きましたが、シンガポール独立後の1960年代後半に再開発計画が持ち上がり、島の名称が公募されてセントーサ(Sentosa、マレー語で「平穏」の意)に変わりました。1974年には本島南部のマウントフェーバーとセントーサ島とを結ぶケーブルカーが開通、軍の施設は島から撤収し、博物館や水族館、ホテルなどの施設が次々と建設されました。1992年には本島と島を結ぶ橋が開通し、車両で行き来ができるようになりました。

 

 1995年ごろ、セントーサ島へ行く度に、シロソ·ビーチへ向かう途中にあった工事現場を一体何ができるのだろうと思いながら眺めていました。やがて完成したのが、今回の話題の主である高さ37メートルの巨大マーライオン像。当時は、建国30年と若く発展途上にある自国より、さらに良い環境を求めてオーストラリアやカナダなど海外へ移住する国民も少なくなかった時代でした。セントーサ島のマーライオン像についても「なんでこんなものを作るのだろう」と冷ややかなコメントが聞かれました。

 

 あれから24年、シンガポールは見事な経済成長を遂げ、世界からも一目置かれる都市国家になりました。今では多くの国民がこの国に愛着や誇りを持っていることが、建国記念日がある8月だけでなくさまざまな場面で感じられます。また、今回の取り壊しをめぐる反応からも、セントーサ島のマーライオン像は、子供の頃に幾度も訪れて大人になった20代~30代の人々はもちろん、多くの国民にとっても大事な象徴となっていたことが分かりました。この国の強みとして政府のリーダーシップがしばしば挙げられますが、国を大事に思い、国の象徴や歴史あるものを守りたいと考える国民が増えていることも、この国にとっての大きな財産でしょう。(千住)

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.351(2019年11月1日発行)」に掲載されたものです。

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