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インドビジネス基礎情報

2006年7月31日

なぜITがインドとマッチするのか? (IT1)

今回は、インドを高成長へと押し上げたITについての第1回です。まず、インドがITで発展した過程について考えてみたいと思います。

 
現代は産業革命から始まった工業社会が終焉し、1990年代のIT革命、あるいはインターネット革命を経て情報社会に入ったと言われています。そしてこの情報社会では、通信技術の進歩やインターネットの活用により、大量の情報が瞬時に国境を越えることが可能となり、急速にグローバル化を促進させることにもなりました。

 
インドがこのITで急成長してきた理由は、インド固有の社会的、歴史的な条件とソフト産業自体の特殊性がうまくマッチしたことにあります。

 
インド固有の社会的、歴史的な条件として、まずインドはイギリスによる植民地支配を経て、英語が共通言語になったことがあります。加えてグローバル化の時代に入って、世界中に人的ネットワークを持つ印僑の存在があったことがあげられます。これまでこの情報社会を先導してきたのはアメリカですが、アメリカがこの間の技術革新を主導できた理由のひとつには、シリコンバレーを中心にしたインド人移民などの才能を吸収し、インド在住のインド人技術者とのシナジーのなかでその力を大きく伸ばしてきたことがあげられます。インド移民は現在世界に1,600万人ほどいると言われており、アメリカには1990年当時すでに100万人のインド系移民が定住していました。

 
さらにインドでは、コンピュータ科学の基礎である「零の発見」や「位取り記数法の確立」がなされ、インド人の多くは数学やコンピュータ・サイエンスに非常に高い才能を有していたことがあります。それでインドでは伝統的に知的、精神的な活動を尊び、頭脳労働であるソフト産業に優秀な人材が集まりやすい環境にありました。また古代インドの膨大な聖典をシステマティックに分類する過程で発達したサンスクリット哲学において、「知識工学」とも言うべき高度に論理的な思考方法が培われてきました。さらにインドはヒンドゥー教の歴史や、仏教の勃興といった宗教の発展もあり、この高度で抽象的な思考を必要とする数学、哲学や宗教に対する素養が、同じ素養を必要とするITにも生かされたと言えるでしょう。

 
そしてIT革命が起きたのが、1991年にインドで導入された経済自由化政策の直後という絶妙なタイミングとなり、自国のソフトウェア産業育成を国家の新しい経済戦略の核とすることができたことがあげられます。それは巨大な消費者としての中間所得層の所得を拡大していくことが、経済全体のパイを広げ貧困の解消につながるという戦略の主役に、ソフトウェア技術者を考えたことにあります。

 
次にソフトウェア産業の持つ特性という点でも、インドの状況にうまくマッチしていました。
まず第一に、ソフトウェア産業は初期投資コストが従来の産業と比べて著しく低く、また標準化の流れもあり、習得コストが安いことがあります。つまり優秀な技術者さえいれば、コストをかけずに参入し、高い生産性を維持できる産業であることです。また第二に、IT産業は部品産業や熟練労働力の蓄積といった、それまでの積み重ねを必要としなかったことも、それ以前の発展過程である工業化とは違って、ソフトウェア産業が持つ優れた特性でした。第三にIT産業は、その普及が企業組織や行政組織、ひいては経済全体の生産性を向上させ、携帯電話やパソコンといった副次的な国内需要を喚起するといった好影響も生み出していける産業であるということです。第四に、ソフトウェア産業が新しく誕生した産業であったため、それを所管する監督官庁がなく、従来の規制や束縛にとらわれずに自由に活動できたこともあります(現在は通信・情報技術省がありますが、官僚主義的な統制はありません)。

 
このようなインドやインド人の持つ背景やIT業界の特性が、インドの社会的、政治的状況とぴったり符合してこの発展へとつながってきたものだったのです。このインドのIT産業の状況や、日本とのかかわりなどについてこれから詳しく示していきたいと思っています。

 
次回はインド人の考え方と社会を理解する上でおさえておきたい、宗教、ヒンドゥー教についてその始まりからふれておきます。

文=土肥克彦(有限会社アイジェイシーauthor

福岡県出身。九州大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。東京本社勤務時代にインド・ダスツール社と協業、オフショア・ソフト開発に携わる。
2004年有限会社アイジェイシーを設立、ダスツール社と提携しながら、各種オフショア開発の受託やコンサルティング、ビジネス・サポート等のサービスで日印間のビジネスの架け橋として活躍している。
また、メールマガジン「インドの今を知る! 一歩先読むビジネスのヒント!」を発行、インドに興味のある企業や個人を対象に日々インド情報を発信中。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.079(2006年07月31日発行)」に掲載されたものです。

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