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ビジネスインタビュー

2014年7月21日

【Hitachi Critical Facilities Protection】「雷博士」河崎 善一郎さん

落雷被害を防ぐため、 シンガポールで三次元観測システムの実用化目指す「雷博士」

 年間平均約180回もの稲妻が発生し、世界で最も雷の多い国の1つ、シンガポール。落雷により、直撃を受けた人が亡くなったり、電気トラブルでMRTが運休したりするなど、大小さまざまな被害が発生し、雷害対策は大きな課題だ。そんな当地に昨年、雷放電物理の研究を長年続けてきた「雷博士」がやってきた。シンガポールを起点に、三次元観測システムを使って落雷を予知する装置の実用化を目指す、河崎善一郎氏に話を聞いた。

 


 
河崎 善一郎(かわさき ぜんいちろう)氏
Hitachi Critical Facilities Protection Pte. Ltd Research Scientist/大阪大学名誉教授

 
1949年1月、大阪府貝塚市生まれ。1978年、大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻博士課程修了(工学博士)。名古屋大学空電研究所を経て、1989年に講師として大阪大学工学部に戻る。2000年から大阪大学大学院工学研究科教授を務め、2013年、定年退職。東大阪市などの町工場が組織する「宇宙開発協同組合SOHLA」が2009年に打ち上げた人工衛星「まいど1号」に搭載された雷センサーを開発。また、2010年から2年間、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)の学類長アドバイザーとして赴任、大学運営にも尽力した。著書に『雷に魅せられて――カミナリ博士、その謎を追う』(DOJIN選書)。ウェブサイト『風塵雷人

 

どのような仕組みで落雷を予知するのでしょうか。

 落雷というのは、雲の粒同士、あられと雪がぶつかって発生した電気が、雲の中で放電され、その一部が大地に落ちるという現象です。そこで、私は約30年前、当時助手として勤務していた名古屋大学空電研究所で、雷を電波で観測するという研究を始めました。当時としては考えられない、新しい研究でした。それに当時、その研究所の先生が「観測するために、自前の機械を作りなさい」とおっしゃったので、観測装置も手掛けることになりました。

 

三次元観測システムとは、どんな装置でしょうか。

 ごく簡単に説明すると、雷雲の中で枝分かれして進展する雷放電の様相を検出し、三次元で把握する装置です。つまり、雲の中の雷放電をリアルタイムにモニター上で可視化する装置。地上に建てた3基1組のアンテナを「雷センサー」にして、雷放電の電波を受信し、雷放電の方向を特定します。さらに、その雷センサーを複数の箇所に設置し、解析情報をネットワークにして組み合わせることで、放電されている場所の三次元座標を取得することができます。基になった装置は、名古屋大学と大阪大学で我々が設計・製作した「広帯域干渉計」と「広帯域レーダー」。この装置で野外観測を実施しながら30年近く改良を重ね、定年での退職間際にほぼ完成に至りました。

 

実用化すると何に役立ちますか?

 今までより精度の高い雷雲の位置予測ができるようになります。まずは、野外作業での事故防止に使うことができる。適切に避難指示を発令し、建設作業員へ落雷が直撃するなどの事故を防ぎます。多くの建設現場があるシンガポールでは大切な役割を担うでしょう。また、航空分野にも役立ちます。雷雲の下で発生する下降気流(ダウンバースト)は事故の原因になり得る危険な要素。強い下降気流によって地面に押される力が働くためで、機体が不安定な離着陸の際には特に危険です。現在ダウンバーストの予知には、雲の内部の風で気象観測するレーダーが使われています。一方、私の装置は電波を受信するもので、風よりももっと早く予知ができます。航空機が着陸するタイミングを計るのに役立ちます。実際に、実験装置としては種子島の宇宙航空研究開発機構(JAXA)で、ロケット打ち上げの体制継続判定にも貢献しました。

 

防雷には、避雷針では不十分なのでしょうか?

 確かに統計上、避雷針に落ちやすくその結果、周囲に雷が落ちにくくなる防護範囲が生じることがわかっていますが、その範囲に絶対に落ちないというわけではありません。避雷針は、雷を100%そこに落とすことができる装置ではありませんから。雷にはまだまだ謎が多いのです。シンガポールでは、2009年にマーライオンに落雷したことがありましたね。日本でも2003年、国会議事堂で避雷針のすぐ脇に落雷があり、話題になりました。

 

なぜシンガポールへ?

 現在の勤務先、Hitachi Critical Facilities Protection Pte. Ltd.の前身の企業は、以前から落雷を抑制することで被害を防ぐという、防雷システムの販売を手掛けています。ジュロン島の工場など、シンガポール国内外に多数の納入実績があります。私は大阪大学を2013年3月に定年退職しましたが、その後、過去に研究で関わりのあった今の会社と共同で、私の装置を販売してみようという話がまとまりました。

 

どんな形で実用化を目指すのでしょうか?

 日本で、私が起業した「雷嵐(らいらん)」という会社が知財やノウハウを提供し、シンガポールもしくは日本のサプライヤーが装置を製作、Hitachi Critical Facilities Protectionが販売するという方法を考えています。資金調達は当初、国からの出資金を活用した大学発ベンチャーファンドを目指していましたが、正直なところ難航中で、新たな出資者を募集しているところです。

 

販売先はどのようなところでしょうか?

 昨年10月から、今の会社の社員と各地へ営業活動に行っていますが、多くの機関から引き合いがありました。例えばこれまで、興味を示してくださった方の1人は、ブルネイの王室の関係者。ブルネイも雷の多い国ですから、野外で活動する王室の方々を守るために、ぜひ使用したいという話でした。

 

今後の夢をお聞かせください。

 やっぱり、一番の自分の興味は、雲の中がどうなっているのかもっと詳しく見てみたい。それがリアルタイムで見られたらおもしろいし、ずっと先には、完全な防雷も夢ではなくなる。作った装置をなるべく安くして、東南アジア全域に設置したい。すべてをネットワークでつなぐことができたら、シンガポールにいながらにして、空の様子、雷の様子が手に取るようにすべて観測することができる。そして、この装置に関して言えば、誰でも簡単に使えるシステムにしたい。例えば雷雲が発生したのをキャッチしたら、その中の雷放電の進展を画像情報にして、瞬時に登録されているエンドユーザーのスマートフォンに送るといった方法を考えています。

 

そもそも、雷に興味を持たれたのはなぜですか?

 思い起こしてみると、祖母から聞いた話が何だか耳に残っていたのが始まりかもしれません。私が生まれた大阪府貝塚市の隣の熊取町というところに、蘭方医、蘭学者の中環(なか・たまき)という偉人がいました。「昔隣村に偉い人がいて、雷の実験をした。その人の実験によると、電気を通さない物を履いていれば雷に遭わない。だから雷が鳴っているときは、ゴム長、ゴム合羽で外に行くように」と教わったりしました。近所のお兄さんと、自転車の発電機を使って実験をしたりもしましたね。『鉄腕アトム』世代ですから、アトムよりも御茶の水博士を見て、博士というものに憧れもありました。何となく、雷や電気のことが耳の底に残っていたんですね。

 

退職後、企業へ転身されたのはなぜですか?

 私の場合は30年がかりで研究を続けて、やっと装置がほぼ完成に至ったばかり。しかし、日本の大学は、定年後は研究を続けにくい制度になっています。アメリカではある程度研究費を得る実力があれば研究を続けられるんですが。それで、これからは自分でやっていかなくては仕方がないかなと。研究者としては一応の成功を収めたと思っています。60歳からは商売人としての成功を目指したい。今はまだ立ち上げたばかりですが。これから20年ぐらい、装置を売って研究費を自力で稼ぐ、そして80歳からまた研究室に戻る、そんな新しい生き方を作るのもいいと思っています。人生を2度やるのも楽しいね。
 

雷の電波を受信し、位置を測定する「広帯域干渉計」での観測の様子(河崎氏提供)

取材=石澤由梨子

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