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座談会

2020年12月30日

シンガポールの2020年を振り返る ~2021年の展望について~

 新型コロナウイルスに揺れた2020年。シンガポールも4月7日〜6月18日まで2ヶ月間にわたる自粛期間「サーキットブレーカー」を経験。サーキットブレーカー終了後も、経済活動の再開については、3つに分けられた段階に基づき慎重に進められている。こうした中で、人々の働き方や考え方も大きく変化した。今回はシンガポールに拠点を構える日系企業・組織の皆さまにお集りいただき、2020年の振り返りと2021年の展望についてうかがった。
 

座談会メンバー

※五十音順
 

宇野 正人さん(アジア大洋州住友商事会社 取締役副社長兼COO)
入社後、主に化学品分野の担当。2001〜2007年の間、インドネシア駐在。帰国後、無機・機能化学品部長を経て、2019年からアジア大洋州の化学品・エレクトロニクスBU長、シンガポールユニット長。日本人会では教育部で日本人学校、補習校を担当。

 

竹内 英史さん(みずほ銀行シンガポール営業部長)
1990年旧日本興業銀行(現みずほ銀行)。ロンドンでは欧州~中東、ニューヨークでは米国~南米のプロジェクトファイナンスを担当。ドバイではトルコ~中東~モロッコに至るMENA地域を担当。シンガポール初赴任は2010年~2013年、非日系ソリューション営業の立ち上げに従事。2018年4月に再来星。現在はシンガポールの日系企業営業を担当。

 

永井 初芽さん(日本政府観光局 シンガポール事務所所長)
2006年2月に日本政府観光局(JNTO)入構。パリ事務所、海外プロモーション部や市場横断プロモーション部等にて、主に欧州及び東南アジアにおける観光プロモーション事業に従事。2019年6月にシンガポール事務所に上席次長として着任。2020年4月より現職。

 

久冨 英司さん (ジェトロシンガポール事務所所長)
1991年ジェトロ入構。米国調査、北米事業企画、産業集積地間のビジネス連携事業、役員秘書、人事を担当。富山(1993~1996年)、トロント(1997~2000年)、シンガポール(2007~2011年)、大阪(2013~2015年)の内外拠点に勤務。2020年8月より現職。

 

2020年のシンガポール

AsiaX:今年は大変な1年になりました。最も印象に残っている出来事は?
 
永井:日本政府観光局(JNTO)は観光客の誘致をミッションとする組織で、シンガポール事務所はシンガポールから日本への誘客をメーンに取り組んでいます。私はJNTOに10年以上所属し、2008年秋のリーマン・ショック、2011年3月の東日本大震災など、数々の試練を乗り越えてきましたが、今年はこれまでに経験したことのない1年になりました。観光に関わる者として「まさか旅行ができないなんてこと起こるのだ」というのが一番の驚きでした。
 
宇野:サーキットブレーカー中、ウォーキングのために外に出ると街はゴーストタウン化していました。普段あんなに賑やかなオーチャードに人がまったくおらず「これからどうなるのか」と不安を覚えたのを思い出します。仕事の面では、リモート主体の働き方に切り替わりました。シンガポールではリモートワーク自体は浸透していませんでしたが、デジタル化が進んでいたのが救いで、弊社は比較的早くリモート体制に移行できました。今回のコロナによるリモートワーク推進を受けて、シンガポールがもともと国を挙げて取り組んでいたスマートシティー化が一気に進んだと感じています。
 
竹内:私がかつて勤務していた米ニューヨーク、英ロンドンの拠点ではテロ等の経験も踏まえリモートアクセスが進んでいました、国土の狭いシンガポールはリモートの必然性が低く、こうした事態に十分備えていなかった面があると思います。銀行はエッセンシャルサービスとして稼働しなければならず、コロナ後はタスクフォースを立ち上げて急ピッチで対応を開始しました。リモートワークツールの運用やリモートとオフィスに出勤する社員の割り振りなどを議論し速やかに体制を整えましたが、進めてみると多くの問題が噴出しました。当初は混乱が生じたのを思い出します。ただ、おかげで業務の効率化が進むなど良い面も多くありました。
 
久冨:私はコロナ禍の2020年8月にシンガポールに着任しました。赴任前から日本で情報収集はしていましたが、サーキットブレーカーがどのようなものだったかは赴任後にスタッフから聞きました。精神的なストレスが非常に大きかったと。印象に残ったのは、シンガポール政府のコロナ対策への姿勢です。シンガポールは政府が親、国民が子供で、親が危機から子供を守るような強固な関係が根本にあると改めて感じました。
 
竹内:それでいうと、リー・シェンロン首相はすごいですね。英・中・マレー語の3ヶ国語を操り、自分の言葉で国民に語りかける姿勢が強く印象に残りました。自身が先頭に立ち、引っ張っていくリーダーシップがあるので、国民が納得してついていくのだと思います。
 
宇野:コロナ対策はシンガポールの良さが生きましたね。首相の政治的なリーダーシップで決めたことを即座に実行する。国民にメッセージを送るタイミングも絶妙だと感じました。また、シンガポールでコロナという非常事態に直面し、シンガポール人の非常に規律正しい国民性も垣間見ることができました。コロナは全世界にとって初めての経験ですが、シンガポールは成功モデルとなるのではないでしょうか。
 

旅行や商談会…あらゆる分野でオンラインが主流に

永井:ビジネスが一気にオンライン化するのは想像していましたが、レジャーにおいてもオンライン化が進んだのは印象的でした。観光業界では、バーチャルトリップが一斉を風靡しました。JNTOもSNSなどを通じて生中継で日本を発信する新しいプロモーションを始めました。生中継では、観光とはまた違い、日本の日常の姿に興味を持たれる方も多いです。そしてリアルタイムで反応があるので、配信する側の私たちも視聴者がどこに興味を持っているのか新しい発見があります。ただ、いくら臨場感のある生中継を配信しても、視聴者は100%満足という訳ではなく、コメント欄には「いつかここに行く」「早く行きたい」などの言葉が並びます。いくらバーチャルが流行っても旅行は無くならないのだと安心しました。
 
AsiaX:日本政策投資銀行(DBJ)と公益財団法人日本交通公社(JTBF)が今年6月、共同で実施した訪日外国人旅行者の意向調査で、新型コロナ終息後に行きたい国・地域について、日本はアジア居住者で1位、欧米豪居住者で2位という結果でした。依然として訪日観光への関心の高さがうかがえます。一方で、2020年下半期の日本はGoToトラベルなどの観光促成策で国内観光も賑わいました。
 
永井:はい。日本ではここ数年、訪日外国人観光(インバウンド)がブームになり注目を浴びましたが、現状を見てわかる通り、日本の観光業を支えているのは国内(日本人)観光客で旅行消費額の7〜8割を占めます。シンガポールではこうした国内観光の内需は少ないので、日本とシンガポールの国力の違いも感じました。
 
久冨:本当にそうですね。ただこんなに小さい国でも「ステイケーション」などと日本のGoToトラベルのような施策を打って、需要を喚起している姿には感心します。
 
AsiaX:先ほども話題に出ましたが、あらゆる分野でオンラインの活用が進んでいます。リアルからウェビナーやオンライン商談会に置き換わっていますね。
 
久冨:はい。コロナ流行後、セミナーは全てオンラインの「ウェビナー」になりました。情報収集を目的としたセミナーであれば比較的容易に置き換え可能です。むしろコロナ前なら、講師や会場の手配、講師の空港送迎や引率、受付や資料の準備など、1、2時間のイベントのために大変な手間が掛かりましたが、ウェビナーはありません。改めてセミナー本来の目的を見直すきっかけになり良かったと感じています。また、企業と企業をマッチングする商談会ですが、こちらも1年を通じてオンラインで進めてきました。商談会は扱う内容によって、難しさが違います。例えば食品は、事前に商品を送っておき、実際に試してもらいながら話を進めることもできます。オンラインでも比較的成立しやすい分野です。
 
AsiaX:オンラインだと難しい分野は?
 
久冨:機械関係ですね。タイのバンコクで機械のオンライン商談会を開いたのですが、オンラインでは限界があるという意見が多数でした。やはり実際に触れてみないと判断できないと。タイの商談会後にインドネシアでも機械の商談会を開いたのですが、タイの反省をいかし、商談日前にオンライン工場ツアーを開催し、製造現場を見ていただくなどの工夫をしました。オンライン商談会も単に顔を合わせて話すではなく、周辺を工夫することが必要だと強く感じました。
 
竹内:弊行もマルチな拠点の間でウェブ会議が行うようになったことは大きな変化でした。例えば、米ワシントンDC開催のセミナーに東南アジアのお客様も参加するなど、ウェブでグローバルな連携、お客様との接点が取れるという認識になったのは収穫でした。コロナが収束したとしてもこの流れは続いていくでしょう。
 
AsiaX:働き方もリモート主体に変わりました。日本人とローカルスタッフで違いが出ましたか。
 
竹内:はい。出社できる人数枠が限られる中、日本人派遣社員は比較的オフィスに行きたいという人が多いです。一方、シンガポール人等は政府の指示を踏まえ、在宅を希望する人が多かったです。
 
宇野:世代によっても違いますね。シンガポーリアンでも若い人が在宅勤務好み、ベテラン層ほど出社を希望する傾向があります。家族がいる環境で仕事をするのに慣れないのと、出社して同僚とちょっとしたチャッティングなどを楽しみながら仕事を進めていくスタイルが長年染み付いている、というのがあると思います。
 
AsiaX:リモートワークがスタンダードになると、人事評価制度の見直しも必要になりそうですね。
 
久冨:リモートワークとは違いますが、日本では経済団体が在宅勤務を推進しています。その考え方は、会社と同じ環境を前提に、その作業の在宅に移してやりましょうというものでした。加えて日本の働き方は、シンガポールのような職務主義、成果主義とは、根本の考え方が違います。そうなると、多くの日本企業において上司は従業員の働きぶりを勤務時間でチェックしがちになります。
 
宇野:ペイフォータイムでなくペイフォーパフォーマンスに切り替えていくものの、そのパフォーマンスの測り方が難しいですね。特に日本企業の場合は仕事をしている姿を見て、印象で評価する面もありますから。日本企業にとっては初めてのケースで、特に海外拠点においては、どうしたら一番うまく回るのかまだ解を模索している状況だと思います。
 
竹内:シンガポールは東南アジアの統括会社が多いのが特徴ですが、コロナ禍で国を跨いだ出張ができず、止むを得ず現地に任せてみたら意外にも順調に回ったという声や、スタッフが通常より少ない状態でも支障が出なかったという声も聞かれます。「統括会社の役割」の見直しは今後、迫られると思います。
 
AsiaX:コロナで人々の意識が変わり、新しい気づきがありました。今後、どのような変化が必要でしょうか。
 
永井:これまでは毎年決まった観光プロモーションがあり、イベントを開催して振り返り、次の年に反省をいかして…というスタイルでやってきましたが、その当たり前がなくなりました。これまでの成功体験を捨てなければならない年だったと思います。前のやり方に固執すればするほど、身動きがとれなくなるので、新しいことにチャレンジしなければと感じました。
 
竹内:コロナによって本来なら5年、10年かけて進むデジタルトランスフォーメーション(DX)が数ヶ月という急スピードで進んで、組織、経営、人事などがついていけていない現状だと理解しています。劇的な変化にどう対応するか、我々も模索している状況です。2、3年したら元の世界に戻ると考える人もいますが、変えていく方向は変わらないでしょう。小さな話ですが、例えば、出張・交際費などはコロナを経てゼロクリアになりました。コロナ後に出張が解禁されたとしても、出張費を申請する際には一件、一件、ウェブ会議で代替できないのか、費用対効果を確認していく方式に変わるのではないでしょうか。
 
久冨:そうですね。出張については、この人がリアルでいないと成り立たない仕事ってなんだろうと、改めて意味を考えています。シンガポール政府関係者と話をしていても、ほとんどがオンライン前提です。我々は2021年前半まではリアルのセミナー・商談会等は実施できないのでははないかという前提で計画を立てています。現在、2020年のフィードバックを進め、リアルに比べて欠けたものをどう補えるかを洗い出しています。2021年は、在星日系企業の方々にはシンガポール企業とのマッチング支援、また特に技術を持つ企業の方々にはシンガポールの社会課題解決につながるようなビジネスチャンスの紹介に注力したいです。
 
竹内:日系のお客様はすでに色々なことを考え始めていて「現地化や権限委譲」、「組織の再編」、「既存パートナーの変更」などあらゆる面で見直しが始まっています。我々銀行としては、新しいことに取り組みたいという顧客の声にいかに応えられるかに尽きます。
 
宇野:商社は幅広い仕事をしているので一概に言えませんが、アジアの場合、人間関係をベースに仕事を作り、信頼関係で仕事が進むということが多くありました。ただコロナで風向きが変わり、人間関係そのものの定義も変わった気がします。2021年以降どのように対応していくのか、マインドセットをしないといけません。また、投資についてもESG(環境・社会・企業統治)やカーボンニュートラル(炭素中立)にテーマが移るとみて、注目しています。多くの日本企業は二酸化炭素ネット排出量ゼロ(カーボンニュートラル)の達成目標を2050年としていますが、米アップル社は2030年です。IT化と同じでアップルのような巨大企業が先導すると、投資マネーも流れ込み、どんどん加速度が増すため、2050年も前倒しになるのではないでしょうか。
 
永井:観光業がどのような状況になっているかはわかりませんが、どのような状況でも対応できる準備が必要だと考えます。コロナが収まり、観光が再開されるタイミングになったら、ぜひ最初の旅行先に日本を選び、久しぶりの海外旅行でたっぷり投資をしていただきたいです。2021年もまだ観光が厳しい場合には、観光に繋がる「食」や「もの」などの分野に視野を広げて、観光の要素と絡めた展開などを考えていきたいです。
 
AsiaX:個人としては何か意識の変化はありましたか?
 
竹内:まずは自分の存在や本当にやりたいことは何だろう、から考えました。まわりを見ても、自粛期間中はエクササイズ、Netflixやお酒にはまる人から、勉強など自己鍛錬に時間を費やす人など、本当にそれぞれでした。まさに自分を見つめながら、その対応に人間力が試された時期だったと思います。とりあえず私は完全に失格でした(笑)
 
宇野:本当にそうですね。時間を持て余した場合に何をするか、老後の練習のようでした。楽しみは食べることのみで、体格ばかりよくなります。健康管理が足元の悩みですね(笑)
 
永井:個人的にはそろそろ日本に帰りたいですね。日本が好きでこの仕事をしているので。
 
久冨:シンガポールは2回目なので、正直どこへ行きたいというのはありません。日々の生活でエンジョイできています(笑)
 
AsiaX:シンガポールに拠点を置く日系企業・組織の立場から、2021年はシンガポールにどのようなことを期待したいですか?
 
宇野:シンガポールは引き続き、海外の企業にリージョナルヘッドクオーターを置いて活動を続けて欲しいという思いがあると信じています。ただそうであれば、インセンティブや優遇税制など、活動をサポートする方針を明確に打ち出して誘致することが大事です。自国第一主義だけではシンガポールを去る企業が増えてしまいます。利便性、国民性、人材としてのレベルの高さなどを考慮すると、シンガポールには今後もアジアのセンターであり続けてほしいですから、そのための政策を明示してもらいたいです。
 
竹内:米国バイデン新大統領による同盟国の囲い込みによる米-中のデカップリングが益々強まると想定される中、シンガポールには日本と共に世界の仲介、仲裁を果たす国なって欲しいと思いますね。自国第一主義だけでなく、さまざまな国の人を受け入れて、魅力的な国であって欲しいです。
 
永井:シンガポールはルールの徹底に優れた国です。アフターコロナに向けても、国際会議の新しい運営などのモデルケースを作って果敢にトライされています。こうした姿勢をみると、観光の新しいあり方についても、シンガポールから学べることがたくさんあると感じます。シンガポールは親日的で、日本と大変心の距離が近い国です。ぜひ、観光業の先進的な取り組みを学ばせていただき、観光局なども連携して、来るべきときに良いスタートを切りたいです。
 
久冨:シンガポールと日本は観光など個人の関係はとても良好だと思います。ただ今年は、どの国の企業も今後の戦略を練っていこうとしている時期に、国会で日本の地域統括会社が良くない例として取り上げられました。また日本人だけが対象ではありませんが、就労VISAの取得要件が厳格化されたりと、ビジネスの関係に置いてはいい話ばかりではありませんでした。自国が大変なのはもちろん理解できますが、長年にわたってシンガポールの経済、雇用に貢献している日本企業の声にもっと耳を傾けてもらってもよいのではないかと思います。
 

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