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ビジネスインタビュー

2020年12月21日

分断の社会へ、祈りよ届け!一輪のタンポポがシンガポール中を癒した「Breath / Bless Project」

株式会社ネイキッド代表 村松亮太郎さんインタビュー


 
 コロナ禍のシンガポールでは、クシャミをすれば人が避けていく。皆が「息」に敏感にならざるを得ず、ギスギスしたムードが巷に漂っていた今年、その「息」を吹きかけることで喜びが広がるアートが11月、シンガポール中の話題となった。このアートの仕掛け人が、日本人であることをご存知だろうか。株式会社ネイキッドの代表でありアーティストの村松亮太郎(むらまつ・りょうたろう)さん。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイに咲く2m長の一輪のタンポポに「ふっ」と息を吹きかけると、綿毛が舞う。それがネットワークでつながり、東京でも花が咲く。このデジタルアート・インスタレーション作品は、11月9日〜15日だけ期間限定展示され、毎晩1時間待ちという長蛇の列ができていた。Covid-19が世界の分断を可視化した今年、誰もが心の中に持つ子供の頃の原風景を彩るタンポポをモチーフにした。そのタンポポが、息を吹くことは本来楽しいことであったはずだと、私たちにやさしく問いかける。分断のない平和の世界への祈りを込めたこの作品の仕掛け人、村松さんに色々と話を聞いた。
 
 ※今回のイベントは、Covid-19対策として、息を吹く代わりにQRコードによってインタラクションが作動する仕様となっている。
 

社会の分断が進む中
幸せを願う気持ちで世界をつなぐ

–Dandelion @ Gardens by the Bay | Breath / Bless Project(ダンデライオン@ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ・「ブレス ブレス プロジェクト」)では、華々しいシンガポールデビューを果たしましたね。
 
 名だたる来賓もさることながら、ストレーツ・タイムズ紙などのローカルメディアに多数取り上げていただきました。それによってシンガポールの一般のみなさんにコンセプトが“行き届いていたこと”が有難かったです。今この時期だからこそ、分断でなく平和を願うアートをというのがこの作品のコンセプトです。ぱっと見で楽しめるエンターテイメントとして消費されることなく、作品の意味をご理解いただけた実感はあります。

 

–2015年のパリ同時多発テロ事件がきっかけで誕生したこのプロジェクト。村松さんが「ブレス ブレス プロジェクト」を通して伝えたかったメッセージを教えてください。
 
 今年は世界中がコロナ禍による物理的な分断を経験しました。コロナ禍以前からも、911のテロから分断の流れは始まっていて、僕はそれが心に引っかかっていました。コロナ禍はあらゆる方面で分断が進んでいる社会を可視化して、さらに決定付けたようなものです。
 
 実はこのプロジェクトの企画当初、広島の原爆ドームに作品を置けたらと考えていました。悲しい記憶を持つ場所さえも、Dandelionを通して世界と繋がれば、そこは痛ましい歴史を思い出させる追悼の場としてだけでなく、平和を願う人々にとって笑顔が生まれる場となるのではないかと。それで、原爆ドームの前に一輪のタンポポを置いて、女の子が歩いて近づき、タンポポを吹くと綿毛が飛んでいくイメージが浮かんだのです。それが世界各地の拠点とネットワークでつながり、例えばニューヨークのワールドトレードセンターにいる人が吹くと原爆ドームで花が咲く。アラブ地域にいる人が吹いてもネットワークを通じて原爆ドームで花が咲く、というふうに、つながる。平和を願う人の気持ちはみんな同じで、それを共通項として心をつなげることができる、と思うからです。
 
 最近のアメリカ大統領選挙にしても、共和党と民主党との間で、言葉による主義主張が激しく交わされている。色んな主義主張があるのはいいのですが共通項がないと分断が起こってしまうと思います。現代社会には、共通項となる“信じられる物語”が欠けています。誰にでも通じることは、幸せを願う気持ち。幸せを得るために頑張っていたはずじゃないの、と思い起こさせたかったんです。そこに言葉はいりません。言葉が絡むと主義主張が始まるのですから。そんな、分断する社会へのメッセージがこのプロジェクトでした。
 

–他国でも展開のご予定でしたね。
 
 はい。このプロジェクトは、2020年11月に色んな大陸での同時開催を予定していました。が、Covid-19の影響は大きいですね。Covid-19に限らず、例えばアルメニアでの開催案が出ていましたが「ごめんなさい、戦争が始まったからできない」と連絡があったり。そんな中でも、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイとは「今こそこの作品を発表することに意味がある」と通じ合うことができたと感じています。そうやって、安全対策を万全にした上でシンガポールと日本からのスタートとなりました。
 
–このプロジェクトにふさわしい場所は、どんなところですか?
 
 ガーデンズ・バイ・ザ・ベイは植物園です。でもただの植物園ではなく、人間、植物、テクノロジーが融合した場所というマッチングがすごくいいと思いました。周辺環境との調和、生態系へのリスペクトが重要です。あのタンポポがあっても全く違和感がないガーデンズ・バイ・ザ・ベイは、まさにプロジェクトにぴったりな会場でした。また、「ブレス ブレス プロジェクト」は、植樹活動のように考えています。世界中どこでも開催の可能性がありますが、ワールドトレードセンターのような平和の花を”挿す”意味がある場所がふさわしいと思っています。そして、多様性に富んだ場所、都市もいいですね。東京では渋谷ですね。シンガポール国内で、もし機会があれば他の場所でもまたやりたいと思っています。
 

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイに設置されたインタラクティブ作品『Dandelion』

 

ネイキッド(NAKED, INC.)という社名に込められた意味

–俳優、映画監督、プロデューサー、クリエイター、株式会社ネイキッド代表とさまざまな肩書きやご経験をお持ちです。ご自身は、どう呼ばれるのが一番しっくりきますか?
 
 自分ではあまり定義したくないのですが、最近はアーティスト、というふんわりした肩書きに落ち着いています。自分の本質と違う“経営“がしたくて起業したわけではないですし。会社を作る気も全くありませんでした。元々映画がやりたくて始めたんです。
 
–社長もクリエイティブディレクションもやることは、大変ですよね?
 
 大変です。何か目標ありきでやったわけではなくて、やりたいイメージがあって、それを形にしてきただけです。だから、自分の職種名にもこだわりがないのかもしれません。心の声に従って、気づいたらこうなっただけです。
 
–1997 年創業、現在は100人規模の会社に成長したNAKED, INC.、このような発展を起業当時は予想していましたか?
 
 していませんでした!たった5人の少数精鋭で、六畳一間で始めたビジネスでした。
 
–ビジネスが発展する中でも、村松さんの中で変わらないフィロソフィは?
 
 会社の指針でもありますが、CORE CREATIVE 、TOTAL CREATION、BORDELESS CREATIVITY。このコアバリュー3つは変わりません。アウトプットである表現方法は変わりますが、本質的にやろうとすることは、創業当時と何も変わってないと思います。
 
–ネイキッド(NAKED)という社名だけ聞くと“なんの会社だろう?”とよい意味でドキッとします。会社名への思いはありますか?
 
 裸一貫で始めたビジネスなので、「初心忘るべからず」の思いがまず一つあります。そして、むきだし、飾らないイメージも社名に込められています。例えば、服装はTPOにあわせるもので毎日変わるけど、元の体がかっこよくないと着こなせませんよね?それと同じで、本質やコアの部分が大切。裸でも、かっこよくないとだめだよね、と思っています。

 

「Breath / Bless Project」の社内ミーティングの風景

 

最先端技術と伝統をつなぐ
ジョーカー的存在へ

–プロジェクションマッピングのテクノロジーによって作られる世界は、映画より面白いですか?
 
 一概に言えないですね。これは難しいところです。世の中の流れとして、デジタルアートを大きな壁面にどーんと映写することが受けています。だが、映画出身の身からすると、それだけでは面白くないんです。映画の方がCG技術もすごいし、リアリティある映像が撮れるので、そこに魅力を感じません。魅力を感じるとしたら、映画のスクリーンで映すもので空間そのものを作れるんじゃないか?リアル空間と映像が融合したらどんなことになるんだろう?という視点です。それを含めて映像の持つ無限の可能性に魅了されました。ブレスプロジェクトもそうですが、オブジェと一緒に映像を使う理由はここにあります。
 
 大きな壁に映すだけではなく、映す建物に”意味”をつけていくことがいいと思います。東京駅でのプロジェクトを担当した際には、駅という建物そのものの持つ意味(多くの人が集まる場所であり旅立つ所)を大切にしました。それによって、映像を見た感想が「すごいね」で終わるのではなく、見る人の感情と結びつけることができるのです。
 

–新しい構造や視点のインスピレーションはどこからくるのですか?
 
 僕は、自然に入ってくる最低限のニュースは見ますが、個人のSNSで発信したり、他人のSNSを見たりもしません。マーケティング的に情報を取りに行くことをせず、日常生活の中で感じるインスピレーションを広げていくことが好きです。ごく普通の生活の中で、子供が空を見上げて「雲の形が何かに似ているね」という原風景の延長にインスピレーションがあります。その証拠に、子供の頃の、タンポポの綿毛を吹く体験は、いくらマーケティングをしてもでてきません。
 
 流行を追いかけると、実は新しいものにはならないんです。どこか知っている感じのものになる。それは嫌なんです。

 
–子供の頃からクリエイティブな感性をお持ちだったんですか?
 
 どちらかというと、子供の頃はいわゆる優等生でした。勉強も運動もできるタイプで、なんでもできるけど、「これ」という情熱を傾けるものがわからなかった。これが、成長するにつれてだんだんコンプレックスになってきたんです。高校生にもなると、もうセンスだけでは続かなくなり、ずっと一つのことをやってきた、例えば“野球バカ”を自称する友達が、羨ましくなったんです。その当時はバブルの真っ只中にいて、進学校に通っていた僕は、「良い学校・良い会社に入れば幸せになれる」とみんなが信じている風潮に従っているだけでした。進んで優等生になったのかというと、それも違う。先生に言われたことをやっていただけで、自分が本当にやりたかったことは何だったのか?と悩むようになりました。そして、高校の途中にアメリカ留学を体験し、それがターニングポイントとなりました。大人の言うことが信じられなくなったから、自分なりの答えを探そうと、読書や映画に没頭して、学校にも行かなくなりました。心の声に従ったこの時期がなければ、今はなかったと思います。
 
 そして、大学在学中にバブルが弾けました。同級生が皆信じていた価値観が実は違った、騙された、と打ちのめされた人が多かった。そういった状況で、「自分の目で見て、自分で感じて」という”実”があるものを大事にする生き方を選択したことを僕は後悔していません。これが、現在デジタル・アナログという手法にこだわらず、コアなストーリーを大事にする仕事哲学にもつながっています。デジタルテクノロジーという先進性ある手法を使っていますが、根っこはここにあります。
 
–伝統芸能衰退も見られる中、伝統芸能とのコラボレーションも積極的にされていますね。伝統芸能の世界は、新しいアイデアにオープンではないこともあります。コラボレーションは正直大変では?
 
伝統文化・芸能のお家元や若手の方々とお話しする機会が多いのですが、とてもオープンで柔軟な方が多い印象です。ただ、背負っているものがとても大きいので、新しいことを始めるのは相当な挑戦なのだと思います。そこに、僕みたいな“先進的”なことをやっている人が現れると、ちょうどうまい具合に伝統と革新を繋ぐジョーカーカードのような役割になれるのではないでしょうか。そしていざ、共に作品を手がけることになると、相手が保守本流であるからこそ面白いものが生まれるように感じます。遠い存在同士が融合に向かうことで起きる、とても美しい化学反応です。

 
–村松さんの創造性は、テクノロジー先行でなくストーリーありきです。現在のテクノロジーは、村松さんのやりたいことを表現しきれるほど発展して、村松さんに追いついていますか?
 
 「こんなもの?」と発展が遅れていると思う箇所も随所にあります。今だにテレビ電話であることもそうです。映画『スターウォーズ』に登場するレイア姫(ホログラム)との交信のような技術が未だ可能でないことに驚いてしまいます。また、歴史的に、発展と言われていることのほとんどは、ただ便利にしているだけです。便利にしたら感動するか、幸せになるかは別問題です。例えば、自動運転で皆が幸せになる訳ではない。僕は、運転が好きなんです。自動運転だと楽しくないんです。どうしたらいいですか?(笑)
このように、意味が置き去りになるところを、アートの人たちが行間を埋めていかなければいけないのかなと思います。
 

アメリカ・カリフォルニアのデスバレー国立公園で

 

グレーこそが大切
日本の価値観が見直される時が来る

–海外からみた日本(日本が見せたいと思っている姿)にギャップを感じることはありますか?
 
 僕は、日本の価値観が見直される時期が来るとだいぶ前から感じていました。世界標準の中で日本は劣っているといった、コンプレックスを感じる必要はないと思うんです。
 
 日本人は白黒はっきりさせない、グレーだという意識がありますよね。でも僕は、グレーこそが大事でこれでいいと思うんです。隣の人が敵か味方かの確認から入る国ではありません。共通認識が多い国が、日本です。世界が、この日本のあり方に近くなっていくのがこれからの時代です。例えば、クリスマスを祝う仏教徒であっていい。異なる価値観は、価値観がグレーだからこそ、共存できます。日本は、他国よりそのノウハウが蓄積されているとも言えます。
 
 この良き点を日本人自身が意外と気づかず、国際社会でコンプレックスを感じている。これは不要です。今回Covid-19があったことで、逆に先進国の中で高い秩序を保てることが証明された、価値が証明されたような気もしています。
 

–村のブランディングもされていますね。
 
 地域復興を願う地方自治体からご相談をいただくことは多いです。長野県・阿智村との繋がりもそれが始まりでした。最初は、プロジェクションマッピングのオーダーがあって、そこから「なんでそれが必要なのか?」と掘り下げた場合に、「それ以外の方法がある」と自然に村のブランディングにつながったという経緯です。阿智村は環境省にも認定された「日本一の星空」の村なので、その魅力を最大限に生かしたブランディングや自然と融合した演出を手がけながら、10年先の未来に村がどう成長していくかを一緒に考えています。
 
–今後の活動予定は?
  
 Covid-19の発生以降、未来の予定が立てにくい状況が続いてはいます。ただ、このような中でもできることはあります。例えば先日、テントサウナイベント「NAKED SAUNA & SPA」の第1回を阿智村のキャンプ場で開催しました。次は東京の有明でも予定しています。こういった密にならない屋外型のイベントやコンテンツはこの状況でも行うことができます。
 
–仕事と遊びの境がないのは、やはり好きなことをやっているからですか?
 
 そもそも仕事と遊びの違いがよく分からないんです。
 
–趣味や休日の過ごし方は?
 
 趣味があるとしたらオーディオでしょうか。オーディオ機器も音源も、最新の物からビンテージまで細かく聴き分けています。休日は特になく、一箇所にとどまっていることが苦手なので、また世界中を飛び回りながら仕事をするライフスタイルに戻れるといいですね。
 

2019年、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイにて

 

<プロフィール>


村松亮太郎(むらまつ りょうたろう)
 
アーティスト。NAKED, INC.代表。大阪芸術大学客員教授。長野県・阿智村ブランディングディレクター。 1997年にクリエイティブカンパニーNAKED, INC.を設立以来、映画やテレビ、MV、広告、空間演出など、ジャンルを超えてさまざまなプロジェクトを率いてきた。近年では、「FLOWERS BY NAKED」に代表されるイマーシブ(没入型)イベントや、日本の伝統文化・芸能と先進の表現を掛け合わせた作品を数多く手がける。
 
■NAKED, INC. official site :https://naked.co.jp
■Official Instagram :@ryo_naked

取材・文/舞スーリ

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