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シンガポール星層解明

2020年4月1日

コロナ対策に垣間見るシンガポールの国家運営能力

シンガポールで日々取り沙汰されるさまざまなニュース。 そのなかから注目すべきトピックを、専門家がより深い視点から解説します。

 世界各地で日増しに深刻さを増している新型コロナウイルス問題。全世界では感染拡大が収束する気配を見せない中、各国レベルではその政府の対応次第で異なる事態に展開している。本稿では、シンガポールと日本を例に挙げ、両国政府が打ち出す対策の内容やタイミングを比較している。その結果を基に、危機下においては一国の安定さえも左右する、リーダーの能力について考察していきたい。
 

先手を打つシンガポール
対照的に後手後手の日本


 
 図1に日星両国における新型コロナウイルス(以下、Covid-19)の感染者数の推移を比較した。1月15日に最初の感染者が確認された日本。それから約1ヵ月間の感染者数は十数人で推移していたが、2月13日に20人を突破してから、その数は加速度的に増加。3月12日時点で542人への感染が確認されている。一方で、日本から8日遅れて1月23日に最初の感染者が確認されたシンガポール。感染者数は増加しているものの、そのペースは緩やかであり、3月12日時点で187人への感染に留まっている。感染が確認される前日の1月22日には、ガン・キムヨン保健相とローレンス・ウォン国家開発相が共同委員長を務める多省庁間タスクフォースの設立が、拡大防止に向けて発表された。日本が同様の組織「新型コロナウイルス感染症対策本部」を内閣に設置したのは、初の感染確認から半月も経過した1月30日。既に10人を超えるまでに感染が拡大した後のことであった。
 
 またシンガポール政府は、2月1日には、入国や乗り継ぎの禁止措置を、武漢が位置する湖北省だけではなく、中国全土に拡大。日本政府が湖北省に加えて浙江省に滞在していた外国人の入国禁止の措置を取ったのは、2月13日のことであった。
 

DORSCONが発した強力なシグナル
対策を総動員して感染拡大を阻止

 上述したタスクフォースの設置と中国全土からの入国禁止に加えて、シンガポール政府が主導する目立った施策をみていく。
 
 タスクフォースは1月30日、マスクの需要が高まっていることを受け、全世帯約130万世帯に対して、1世帯当たり4枚のマスクを配る計画を明らかにした。同時に、マスクの販売価格が高騰していることにも言及し、不当な業者に対しては最大2万Sドル(約160万円)の罰金を科すことを発表。また翌31日には、保健省が地元紙ストレーツ・タイムズの1面に広告を出し、健康な人はマスクを着用する必要が無いことを勧告している。
 
 また保健省は2月7日、DORSCON(感染症警戒レベル)を上から2番目のオレンジへ引き上げ、大規模イベント開催の自粛、職場での体温測定・在宅勤務などの実施、教育機関などで感染予防の強化といった追加措置を公表。これを受け、国内の緊張感は一気に高まり、公表された金曜日の夕方から週末にかけて、食品などを買い占める行動が相次いだ。この状況の中、リー・シェンロン首相は、2月8日、動画スピーチを公開。政府の対策や国民が採るべき行動を具体的に説明して不安をやわらげた上で、不必要にパニックにならないよう国民に呼びかけている。
 
 感染者を特定した後も対策は徹底している。濃厚接触した可能性がある人の追跡調査に関しては、警察捜査員や街中の防犯カメラを活用。その他にも、2月1日から、過去14日以内に中国への渡航歴がある国民、PR(永住権)保持者、外国人居住者に対し、帰国後14日間は自宅で経過観察するよう義務付け、2月19日からは外出を完全に禁止。自宅待機中の人の生活状況を電話や訪問で随時監視しているが、違反したPR保持者に対してはPRを剥奪し、再入国も禁止するなど、容赦のない対応をみせている。
 

SARSで危機管理の実戦を経験
対策の随所に17年前の経験が反映

 シンガポールの迅速かつ徹底した対応は、SARS(重症急性呼吸器症候群)を経験したことが大きい。2002年11月に中国広東省で発生し、2003年7月にWHO(世界保健機関)によって終息宣言が出されたSARS。世界32の国と地域で700人を超える死亡者数が報告されており、中でもシンガポールは、中国、香港、カナダ、台湾に次いで5番目に多い33人の死者を出した。シンガポールで最初に感染可能性例が報告された2003年2月25日から約2週間後、保健省はタスクフォースを設置している。今回のCovid-19のケースでは、最初の感染者が確認される前日にはタスクフォースが既に設置されたほか、1月3日にはチャンギ国際空港で武漢からの到着客に対する体温検査を開始しており、対策を打ち出すスピードは明らかに早まっている。
 
 また2003年のSARS発生時には、シンガポール政府は大学を除く公立の教育機関を10日ほど休校にしている。今回は休校ではなく、学校同士の交流行事や屋外活動の停止に留まっているが、これも17年前の経験と学習が活かされているとみる。
 

リーダーが左右する国家の運営能力
感染自体を上回る無知と恐怖の代償

 SARSの感染者が一人として発生しなかった日本。シンガポールに比べて感染症の危機管理の実戦経験が劣後していたとも言える。しかしその経験不足を差し引いても、両国の間には、以下の3点において顕著なギャップが推察できる。

1.リーダーシップ

 リー首相は、3人の感染者が確認された1月24日、国民に向けた旧正月のメッセージの中で、SARS後の危機管理体制の強化によって、感染拡大に対する準備が整っている点を強調。また、国民の買い占め騒動の直後の2月8日には、動画スピーチで的確に要点に触れ、効果的に国民の不安を抑えている。また2月28日には、首相や大臣、そして大統領を含む政治家が1ヵ月の給与削減をすることに加え、感染拡大防止に従事する最前線の公務員には特別ボーナスを支給することを発表するなど、自己犠牲のリーダーシップを発揮している。
  
 一方、安倍晋三首相が初の記者会見を行ったのは感染者が200人を超えた2月29日。その内容の説得力はさておき、国民に直接語りかけるタイミングが遅すぎた点は否めない。

2.判断力

 シンガポール政府は2月1日、中国人の入国や空港での乗り継ぎを禁止。一方の日本政府は、2月1日に武漢が位置する湖北省に滞在していた外国人、2月13日には加えて浙江省に滞在していた外国人の入国を禁止。経済の下押し要因になることが理由で、中国全土からの入国禁止には踏み込めなかったとみる。両国を訪問する外国人は、ともに中国人が最大であり、入国禁止による観光業などへの影響は計り知れない。感染拡大防止の実利を優先したシンガポールに対して、経済への影響回避や中国のメンツを優先したとも読み取れる日本。結果的に両国に及ぼす中長期的な影響が注目される。

3.発信力

 感染拡大防止の指揮を執る保健省やタスクフォースのメンバーが、国民の間で主流となっているコミュニケーション・チャネルで積極的かつ直接的に正確な情報を発しているシンガポールとは対照的に、日本で同様の動きは見られない(図2)。またシンガポール政府は、2019年10月より、国内人口の約70%が利用する対話アプリのワッツアップ(WhatsApp)を、国民への情報提供に利用しており、今年1月の後半からは、Covid-19に関する情報も提供している。
 

 

試される国家の運営能力

 改めて国家の運営能力に注目したい。平穏な国情の中では問題視されることは少ないが、危機下においては一国の安定を揺るがしかねない。経営陣の巧拙が企業の業績を左右するのと同様に、首相や大臣のリーダーシップ、判断力、そして発信力は、国家の安定と成長に寄与する。これらの要素が欠如する日本は、無知と恐怖の代償が感染そのものを上回る結果を、今回の一連の出来事によって学ぶことになるのではないか。

 

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(2020年2月3日付)
 
 


山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。
週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

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