アセアン各国における自然災害リスク

　第4回まではシンガポールにおける各種損害保険の特徴についてご説明してまいりました。
　本稿ではアセアン各国における自然災害リスクに焦点を当て、その特徴や企業の取り組むべき対策についてご説明いたします。
 

アセアン各国の主な自然災害

　2019年も日本では巨大台風や豪雨、地震、火山の噴火等さまざまな自然災害が発生し、大きな被害に見舞われました。また、ニュースなどで「100年に一度」や「今までに経験したことのない」等の言葉が多く使われたように、規模の拡大や発生頻度の増加傾向も見られており、地球温暖化が影響しているとも言われています。
 
　一方、シンガポールに暮らしていると、大きな自然災害が少ない国であることを強く実感します。内水氾濫(※1)や落雷等は見られるものの、揺れを感じる地震はほとんど発生しておらず、台風やサイクロン(※2)の進路にも当たりません。ところが、近隣するアセアン各国に目を向けると、日本同様にさまざまな自然災害リスクが見られます。特に、フィリピン・インドネシア・ミャンマーにおける地震リスク、フィリピン・ベトナム・ミャンマーにおける台風やサイクロンリスク、タイ・インドネシア・ミャンマー・ベトナム・カンボジア・ラオスにおける洪水リスクは、アセアン各国の代表的な自然災害リスクと言えます。
 
※1 市街地での豪雨などにより短時間で雨水が処理能力を超えて、水があふれること。一方、河川の水が堤防からあふれたり、堤防が決壊することで発生する洪水を「外水氾濫」という
※2 北西太平洋で発生した熱帯性低気圧を台風、インド洋・南太平洋で発生した熱帯性低気圧をサイクロンと呼ぶ
 

（各種公的機関の公表情報、マスメディア・文献情報を基に弊社作成）

（各種公的機関の公表情報、マスメディア・文献情報を基に弊社作成）

企業の取り組むべき対策

　企業には、自然災害に見舞われても被害を最小限に食い止め、被害が発生しても事業を早期に再開するという重要なミッションがあります。このため、多くの企業がその国や地域における自然災害リスクの特徴や実態を把握したうえで、事前対策を講じています。
 

 
　また、事業を早期に再開するためには、平時に行うべき活動や緊急時の対応方法等をまとめた事業継続計画(BCP)を策定し運用することが欠かせません。ただし、日本のように地震や洪水等を想定したBCPを策定・運用しているケースはアセアン各国では少ないのが現状です。
 
　事業の早期再開にはファイナンスの確保も大きな課題になります。損害保険を活用する場合、火災保険（財物保険）により地震や洪水、暴風等による損害も担保されるのか、地震保険や水災特約など別の保険や特約を手配する必要があるのか等、想定される自然災害リスクに応じた保険が手配できているか確認しておくことが重要です。また、物的損害に対する保険に加え、直接・間接的な休業損失など利益や費用等に対する保険の活用も検討する価値があります。
 

企業の安全配慮義務

　近年、日本企業においては、自然災害発生時の安全配慮義務という考え方が注目されています。企業等は、自然災害発生時の対応では、建物への立ち入りや帰宅・出社時期等において、社員の安全確保に配慮した対応が求められるという考え方です。日系企業において、今後、従業員や関係者の生命・健康を守る観点からの取り組みも検討項目の一つになると思われます。
 

おわりに

　火災や労働災害等の事故とは異なり、自然災害は発生自体をコントロールすることが難しく、その対策には発生を前提とした平時からの備えが欠かせません。多くの日本人は災害大国と言われる日本で実際に自然災害に直面し、事業再開を実践した経験があります。当地で自然災害リスクへの具体的な対策を検討する際には、その経験を活かしイニシアティブを発揮する役割が求められています。

植木 辰二 / Shinji Ueki
Interisk Asia Pte Ltd
山口県出身。1988年、三井住友海上火災保険(株)入社。2018年10月よりInterisk AsiaPte Ltdに赴任。MS&ADインシュアランスグループに属するリスクマネジメント会社である同社は、バンコクに所在するInterRiskAsia (Thailand) Co., Ltd.とともに、アセアン各国に所在する企業向けに、火災リスク調査や洪水リスク評価、交通リスク等に関する各種コンサルティングサービスを提供している。