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ビジネス特集

2020年2月4日

シンガポールでの表現活動で注意すべきポイント

日本では、ヘイトスピーチや現代アートとの関係性で注目を集めた「表現の自由」。 さまざまな声が上がり、それだけ日本が表現の自由が認められている国であると 再認識できる契機となりました。 では、シンガポールでの「表現の自由」は、どの程度認められているのでしょうか? フェイクニュース防止法を中心に紹介し、その実態を解説していきます。

 シンガポールで生活する上で、現地の法律や慣習などを十分に知っておくことは重要です。日本と同じようなルールもありますが、異なる規制がなされているものも少なからずあります。国外からのチューインガムの持込み禁止、地下鉄での飲食禁止などはガイドブックへの記載や十分なアナウンスもなされているので、気付き易いルールです。
 
 一方で、普段の生活では気付きにくいルールも。その一つが、表現活動に対する規制です。表現の自由についての指標として、国際NPO国境なき記者団の「世界報道自由度ランキング」があります。日本は全180ヵ国・地域中で10~70位付近で推移していますが(2019年は67位)、シンガポールは150位前後(中国は2019年には177位、北朝鮮は179位)です。シンガポールは、国際的には報道の自由の保障の程度が低い国と評価されていて、日本と比べて、特定の表現の活動には寛容ではないと留意しておくことが必要です。
 
 特に昨年、シンガポールではインターネット上の虚偽の情報掲載を禁止する通称「フェイクニュース防止法」が成立・施行され、実際にフェイクニュース防止法が適用された事案が発生しています。また、昨年以来、香港では、反政府のデモ活動や抗議集会が盛んに行われ、シンガポールでも大きく報道されています。一方で、シンガポール国内で、デモ活動や抗議集会がなされているとの報道を目にすることはあまりありません。
 
 自分は表現活動をしないので法律なんて関係ないと思うかもしれません。しかし、フェイクニュース防止法では、LINEやフェイスブックなどのSNS、グループチャットなども規制の対象となります。またこれまでの摘発事例は、フェイスブックの記載が問題となっており、身近な問題として、認識する必要があります。
 
 本稿では、フェイクニュース防止法、デモ活動・抗議集会などの表現の自由について、日本での規制と対比させながら、両国のその内容及び規制内容にどのような違いがあるのかについて解説し、日本人がシンガポールで表現活動をする際の注意点も論じていきます。また、団体の結成での相違についても紹介します。
 

表現の自由

 まず、表現の自由とは、どのようなものなのかを押さえておきましょう。表現の自由とは、政府から制約されることなく、自分の考えを外部に伝えることができる権利のことです。
 
 政府が一定の表現内容を禁止すること(例:政府を批判する報道を禁止)や、一定の場所・方法・時間等における表現活動を禁止すること(例:選挙活動で戸別に住居を訪問することを禁止)は、表現の自由の規定に違反するのではないかとの問題が生じます。
 
 それでは、日本とシンガポールで認められている表現の自由の内容に、どのような違いがあるのかと、その位置づけの違いを見ていきます。
 

日本における表現の自由

 まず、日本では、日本国憲法の第21条で、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」として、表現の自由が保障されています。そして、外国人に対しても表現の自由は保障されます。日本においては、表現の自由に対して、立法による規制があるとの憲法上の明記はありません。
 
 このように、表現の自由が憲法で保障されているのは、表現の自由が主に2つの理由で、私たちにとって重要であるからです。一つ目は、表現の自由により、自分の考えを述べ、また他人の考えを知ることで、人格的な発展を遂げることができるためです(自己実現)。もう一つの理由は、自分の考えを自由に表明し討論することが、政治参加・民主主義に不可欠であるからです(自己統治)。そのため、日本における表現の自由は、他の権利と比べて優越的地位にあり、特に重要な権利であるとされています。
 

シンガポールにおける表現の自由

 シンガポールの憲法(CONSTITUTIONOF THE REPUBLIC OF SINGAPORE)においても、表現の自由、平和的な集会の自由、及び結社の自由は保障されています(14条)。しかし、シンガポール市民(Singapore Citizen)の権利としてのみ憲法では明記されています。また、憲法においては、安全のため必要な場合、他国との友好関係、公の秩序または道徳、議会の特権を保護するためまたは裁判所への侮辱、名誉毀損もしくは犯罪の扇動に対処するためには、立法によって、表現の自由を規制できると明記されています(14条2項(a))。
 
 そのため、日本と異なり、シンガポールでは憲法の中で、自国民のみに限定されるとともに、表現の自由に対して「立法による規制が認められる」と明記されていることに違いがあります。
 

フェイクニュース防止法

 近年のシンガポールにおける立法で、国際的に話題になったものに、フェイクニュース防止法があります。まず、フェイクニュース防止法とは、どのような法律をいうのでしょうか。また、なぜ、フェイクニュース防止法が、注目を集めているのでしょうか。フェイクニュース防止法は、主にインターネットで、虚偽の情報を掲載することを禁止し、このような情報を掲載した場合に罰則等を課すものです。これまでに、ドイツ、フランス、ロシアなどで、同様の法律が成立しています。一方で、掲載された内容をみて、政府が罰則を課すこととなるので、表現活動を萎縮させるものではないかとの懸念も示されています。

日本における動向

 日本では、震災直後の被災地で「外国人による犯罪が横行している」「動物園からライオンが放たれた」とのデマが流れたことや、選挙の際に、真偽・出所不明の情報や動画が掲載されたことなどから、フェイクニュースを防止する法律の必要性が論じられています。そして、同様の法律を制定するかについては、政府内で議論されています。ただ、2020年1月時点では、表現の自由の観点から、フェイクニュースを防止する法律の制定ではなく、業界の自主規制で対応する方向で検討しているとの報道がなされており、今後、動向を注視していく必要があります。
 

シンガポールにおけるフェイクニュース防止法

 それでは、シンガポールで成立したフェイクニュース防止法は、どのような内容のものでしょうか。また、どのようなことを目的に法律が作られ、どのような批判がされているのでしょうか。
 
①規制内容
 シンガポールの議会は、2019年5月8日に、「オンラインの虚偽情報及び情報操作防止法」(Protection from onlinefalsehoods and manipulation Act)(フェイクニュース防止法)を賛成多数で可決成立させ、同法は同年10月2日に施行されています。この法律では、虚偽の情報であり、公共の利益に反すると政府が判断した場合には、情報の削除とともに、訂正文の掲載を命じることができるとしています(10条、11条、12条)。そして、「公共の利益」とは、公衆の安全・健康、他国との友好関係、選挙の結果に対する影響、異なるグループごとの敵意・憎悪を促進、及び政府・国家機関による職務の遂行に対する国民の信頼を低下させる行為であると規定されています(4条)。
 
 従前から対応が必要とされてきた公衆の安全・健康、選挙の結果に対する影響に加えて、シンガポールが多民族国家であることから「異なるグループごとの敵意・憎悪」を含めるとともに、「政府に対する国民の信頼を低下させる行為」も「公共の利益」に含めている点に特徴があります。
 
 また、シンガポール政府の大臣であれば、命令を出せるとされており(10条)、この命令に不服があれば、大臣に命令撤回の申請をすることができます。命令が撤回されなかった場合には、14日以内に高等裁判所に提訴することが認められています(17条、19条、49条)。
 
 罰則については、故意・過失により虚偽情報を拡散した人には、禁錮5年以下または5万Sドル以下(または、その両方)が課せられ、個人以外には50万Sドル以下の罰金があります(7条2項)。また、偽アカウントなどを使用し、悪意で虚偽情報を拡散した人には、禁錮10年以下または10万Sドル以下(または、その両方)が課せられ、個人以外には、100万Sドル以下の罰金があります(7条3項)。さらに、政府の命令に反した個人は、禁錮12ヵ月以下または2万Sドル以下(または、その両方)が課せられます(15条1項(a))。個人以外(会社など)には、50万Sドル以下の罰金があります(15条1項(b))。
 
②目的・批判
 この法律の目的は、事実に関する誤った情報が掲載されるのを防止し、またこうした誤報が拡散されるのを食い止めるためとされています(5条)。また、同法の規制対象となる行為は、「事実」に対する虚偽情報であり、意見、批評、風刺、及びパロディといった、事実の摘示行為以外の表現行為には適用はないとされています。
 
 しかし、「事実」と「意見」を明確に区別することは難しく、どのような表現が虚偽の事実に該当するかの判断を下す主体がシンガポール政府であることから、政府の政策や方針に対する批判をする上で萎縮効果が生じてしまうという批判があります。実際、これまでの同法の適用例は、いずれも、政府や与党党員を批判する内容のものです。
 
③実際の適用事案
 それでは、シンガポール政府はこれまでにどのような事案に対して、フェイクニュース防止法を適用してきているでしょうか。
 
 最初の適用例となったのは、野党党員が、昨年11月13日に自身のフェイスブックに投稿した「国営投資会社のシンガポール政府投資公社(GIC)とテマセク・ホールディングスに対し、政府が投資判断に影響を及ぼしている」こと示唆する内容でした。この投稿に対してヘン財務大臣(副首相)は、投稿文章が虚言であると判断し、野党党員に、訂正文の書き込みを命じました。野党党員はこの命令に従い、投稿の文章は虚言であると書き込む一方で、政府の対応を批判しています。
 
 次のケースは同年11月23日、シンガポールの政治活動家のフェイスブックへの投稿でした。「与党党員が、某宗教とつながりがあるとの情報を漏らした人物が逮捕され、もう一人も捜査を受けている」との趣旨の書き込みについて、内務大臣は、ネットに虚偽の情報を掲載したとして訂正文の掲載を命じました。しかし活動家は、「自分は外国市民であり、外国政府の命令には従わない」として訂正文掲載を拒否しました。その後、内務大臣に命令撤回の申請を行ったものの、内務大臣は撤回を拒否したと報じられています。
 
 今後も、誰に対するどのような表現について、政府が法律を適用していくのか、注視していく必要があります。
 
④メッセージアプリ、SNSでのグループへの影響
 フェイクニュース防止法は、「ニュース」との文言が入っているので、ニュースを報道する報道関係者のみが遵守すればよいと思われがちですが違います。
 
 この法律は、インターネットの書き込みの他に、グループチャット、SNS、メッセージアプリなども対象としています。また、フェイクニュース防止法は、シンガポール国民であるか、報道機関であるか否かにかかわらず適用されます。日本人であっても、虚偽情報を記載し、公共の利益に反すると判断された場合、情報の削除等の命令を受ける可能性があります。そのため、インターネットやメッセージアプリなどを使用する際には、注意が必要です。
 
 具体的には、そのような事実がないにもかかわらず、友達とのメッセージアプリで「シンガポールの複数の場所で、外国人労働者が暴動を起こしている。」と記載することや、自分のフェイスブックで「シンガポールが隣国に宣戦布告した」などと投稿することは、フェイクニュース防止法に違反することとなります。また、これらのメッセージを見つけて家族や友人にメッセージアプリで伝えることや、SNSに転載することも、同様に同法に違反することになります。
 

個人での何気ないやりとりでも問題になることも。※写真はイメージです


 
 記載内容が虚偽であることを知らない場合でも、政府から訂正命令を受ける可能性はあり、命令に従わなければ、罰則があります。また、虚偽であると知りつつまたは知りうべきであったのに、このような記載等をした場合には、同じく、罰則があります。一方、虚偽であることを知らなかったりまたは知っておくべきだったといえない場合で、訂正命令にも従った場合には、罰則はありません。
 

 

デモ行進・抗議集会

 2019年3月以降、香港では、逃亡犯条例の改正案をきっかけに、デモ行進や反政府の抗議集会が度々開かれています。シンガポールでも、その様子が繰り返し報道されてきました。デモ行進や抗議集会は、ある考えを持った人が集って、外部にその考えを示すものであり、憲法の表現の自由によって保護されるものです。それでは、デモ行進・抗議集会に対する規制について、日本およびシンガポールでは、どのような違いがあるでしょうか。

日本の規制

 日本では、これまでも安保闘争やメーデーなどの大規模なデモ行進や抗議集会が行われてきており、近時でも、特定秘密保護法や集団的自衛権に対する反対デモや抗議集会がなされています。このようなデモ行進・抗議集会は、憲法上の表現の自由として保護されています。デモ行進・抗議集会が保護されているのは、民主主義に役立つからです。表現の自由の保障があるために、政府はデモ行進・抗議集会の見解内容(例:反政府の言論)によって、制約を課すことはできません。
 
 他方、デモ行進・抗議集会は、交通渋滞を起こすことや、平穏を害する可能性もあるので、道交法や各地方公共団体の公安条例により規制がされています。この条例では、公共の場所で、デモ活動等をするには、事前に許可を取る必要があるとされます。しかし、最高裁判所の判例(東京都公安条例事件)では、条例の文言上は許可とされているが、行政庁が自由に許可を出すか否かを決められるのではなく、不許可とできる場合が厳格に制限されており、実質的に届出制であると解釈されています。そのため、安全を保持する上で直接的な危険が明らかに認められる場合など一定の要件に該当しない限り、デモ行進等は、禁止することができません。よって、日本では、広くデモ行進・抗議集会は認められているといえます。
 

シンガポールの規制

 シンガポールの法令では、公共の場でのスピーチイベント、集会やデモ行進をする場合には、事前に政府の許可が必要とされています。
 
 ただ、2000年に表現の自由の制約に対する懸念から、ロンドンのハイドバークのスピーカーズ・コーナーを模して、シンガポールにも、「スピーカーズ・コーナー」が設置されました。そのため、ホン・リム(Hong Lim)公園の一角の「スピーカーズ・コーナー」においては、例外的に、政府からの許可を得ることなく、自由にスピーチやパフォーマンス、展示をすることが認められています。但し、事前にスピーチを行う意図などについて当局に登録を行っておくことが必要です。また、スピーチは、シンガポールの公用語で行う必要があり、宗教的な内容やシンガポールの異なる人種や宗教の間で敵意、憎しみ、悪意、敵意を感じる可能性のある内容の表現はできないなど、公安法(PublicOrder Act)に基づく施行令において、様々な制限がなされています。さらに、スピーカーや主催者は、シンガポール市民でなくてはならず、参加者もシンガポール市民や永住者のみとなっている点には、日本人としては留意すべきです。なお、スピーカーズ・コーナーを設置したのは、見せかけだけであり、実際上は、表現内容について規制しているのではないかとの批判もなされています。
 

その他の規制(団体の結成)

 最後に、日本とシンガポールの双方とも憲法において、結社の自由を認めています。しかし、両国では、規制が異なります。
 
 日本では、団体を結成する自由は、広く認められており、自治会、町内会、サークルなどの法人として登記されていない団体も認められています(権利能力なき社団)。
 
 一方、シンガポールでは、結社法(Societies Act)により、政府に登録されていない団体は、原則として違法となります(14条)。「団体」とは、その性質や目的に関わらず、10人以上で組織されるあらゆるクラブ、会社、パートナーシップ、協会を指すとされており、他の法令等に基づいて設立されている団体(例:会社、有限組合、労働組合、協同組合など)のみが除外されております(2条)。
 
 そのため、原則として、10人以上で組織される団体は、政府に登録することが義務付けられているので、注意が必要です。
 

まとめ

 法律や規制は、その国の文化や考え方を反映しています。そのため、日本で暮らしてきて当然と思っていたことが、シンガポールで禁止されていることが多々あります。特に、表現の自由については、日本とシンガポールでは、その規制が異なることが多く、どのような違いがあるかについて、十分理解した上で、行動することが重要となります。
 

ケルビン・チア・パートナーシップ
登録外国弁護士(日本国弁護士)
谷口 怜司(たにぐち れいじ)
 
岡山県出身。東京大学法科大学院を卒業し、弁護士として岡山県の法律事務所で主に企業法務を担当。企業への出向経験もある。その後、米国のジョージタウン大学ロースクールに留学し修士号を取得し、ニューヨーク州の司法試験にも合格した。現在所属するケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所で、勤務するために来星した。

 

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