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座談会

2019年8月26日

在星10周年起業家・集合!これまでの軌跡、そして明日

災い転じて福となす

中垣:レコーディング直前に声帯結節になって、ポリープの一歩手前のおできのようなものができて、歌えなくなったことがあったんです。医者は1ヵ月で治るかもしれないし、5年かかるかもしれないと言う。発声か何かが間違ってるんだと考えて、全部見直していったの。そうしたら1ヵ月で治って、以前より声が出るようになった。私の人生こういうことが多い。問題に対して一生懸命取り組むと、前よりもさらに良くなる。「SJ50コンサート(日・シンガポール外交関係樹立50周年記念)」の時は死ぬかもしれない、と何度も思ったくらい人生最大のイベントだったけれど。日本とシンガポールのトップアーティストに出演して頂いてのコラボレーションコンサート。

 

齋藤:すごい面々だったよね。

 

中垣:この最大イベントをプロデューサーとして全責任を負って一人でやるということに途中耐えられなくなってしまって。10万ドル単位の興行、自分一人で資金を集めて、スポンサーシップを取って。夜中1~2時くらいまでオフィスにいるということが1ヵ月続いていた。夜中にビジネスパートナーに電話して、あたしもうだめかもしれないとか言って泣きながら訴えたこともあった。でも辛い時、必ずだれか支えてくれる人がいた。ふとある時、これだけの大事業をやらせて頂いているんだから、もう死んでもいいや、と思った。私じゃないとできないと思い直して、自分を奮い立たせたの。結果、日本とシンガポールの音楽史上恐らく誰もやったことがないことをやれたと思う。

 

酒井:Sachiyoさんはすごいスケールの大きいことを、丁寧に着実にやるタイプ。お願いするときもしっかり資料用意して、終わった後にはお礼参りじゃなくて…。

 

一同:お礼参り!(笑)

 

中垣:お礼参りって…。「報告」の事ね。自分がやりたいことに資金を出して頂いたのだからご支援くださった方々にきちんと結果を報告することは大事と思う。収支報告ほか、全ての報告書を出して、ありがとうございましたとお礼を伝えたい。これは親に言われた事で、小さい時にその月の収支明細を出さないと次の月のお小遣いがもらえなかったのね。それが沁みついてる。

 

シンガポールのこれまでとこれから

この10年間、シンガポールの環境の変化など感じたことはありますか。

中垣:フェイスブックなどのSNSがこの10年すごく普及したと同時に、投稿やコメント内容、拡散される情報などに疑問を持つことが多くなった。それは正しい情報なのか、事実をきちんと確かめたのか。思慮深い日本人の良さが消えたような…。ネット上のリテラシーやマナーが非常に問われるようになった。そう言えば「ピンクドット(LGBTイベント)」が始まったのも10年前。この国で大々的にこのようなイベントが出来るようになったのはすごい。

 

齋藤:まず景観が変わった。ショッピングモールがさらに増えた。物価も変わって、10年前、日本なんて物価が高くて行けないって言ってたのが、年に何回も行くシンガポーリアンが増えましたね。

 

中垣:確かにGSSの時期は逆に日本に行った方が安いという話もある。今、シンガポールはなんでも高すぎる。コンサートの製作費も日本の倍かかります。

 

齋藤:ほんと、そう!でもチケット代は2倍じゃないから(ビジネスが)成り立たない。会場は日本の方が安いですよね。制作物も印刷代も。

 

酒井:安い安い。

 

中垣:日本に発注する方が安いとかそういう風潮になってくると、ちょっと残念ですね。文化に対してお金を払うという部分、もう少し育ってほしいよね。才能とかクリエイティビティということでは、オリンピックで金メダルが出たり、芸術面でもアカデミー賞を取った『ラ・ラ・ランド』のサウンドエンジニアがシンガポーリアンで、オスカーにノミネートされたりしてる。対日本でいうと、少し逆転した見方をされるようになったかも。

 

酒井:最近、海外で活躍するシンガポールアーティストも増えてる。やっぱり英語が喋れるのは強い。

 

中垣:アジアの大スター達のバックサポートを、シンガポーリアンがやっているんです。今、シンガポールのミュージシャンたちは台湾、香港、中国から引っ張りだこですよ。

 

酒井:レジデンスアーティストというのがいてね、(政府から)すごい手厚くサポートされてる。ずっと頑張ってた、大変なんだよって言ってた人たちがそういうのに選ばれると、おめでとうと思う反面、うらやましいなと思っちゃう。

 

中垣:そうだね。我々はその狭間に入っちゃうときがある。シンガポールの助成金はシンガポーリアンが優先。日本は、日本在住とか日本ベースの日本人アーティストが優先。その中で、どうやって自分のスペシャリティを訴えていくか。

 

齋藤:シンガポール永住権保持者(PR)だったらいいんじゃないの?コラボとか?

 

中垣:シンガポールのアーティストだけではなく、日本人アーティストも含めて日本とのフュージョンによって新しい文化価値を創出できると提案する。シンガポールの曲を日本の1400年の歴史を持つ楽器で奏でると違う世界観が生まれるとか。シンガポールの音楽文化に貢献できるという方法を提案し続けています。

 

酒井:ポテンシャルあるところにはお金、バン!と出しますよね。優秀な教授とか好待遇で引っ張ってきたり。アートに対しても、ポテンシャルのあるグループのサポートが、外部から見ても分かるような形でされていると思います。ホールもあるような新しい施設のスタジオとオフィスで活動しているような、できたばかりのアートグループもいます。10年前じゃそういう施設自体もそれほど多くなかったと思います。

 

シンガポールは今後どうなっていくと思いますか。

中垣:「異論を許容する多様性」が必要になっていくのでは。自由に表現できる、真の意味での多様性を許す多民族国家になってほしいという願いはあります。もちろん政府もそれに取り組もうとしているのは見えるのですが、まだまだ規制が多い。70年代は男性の長髪が禁止、ハードロック禁止。不良につながるからという理由で。ディック・リーさんはディープ・パープルが大好きだったのに、ポップミュージッシャンに転向せざるを得なかったようです。あと、雇用の問題などがあるのか、人へのサービスはもう少し頑張って欲しい。それを考えると、2029年ってどうなってるだろうね。

 

齋藤:なんでもオートメーション化されているかも。今の時点でも宅配BOXとかさまざまな手配や手続きがデジタル化されているのは日本より進んでいる。高齢化問題もあるから、AI化していかなきゃというのもあるんじゃないですか?

 

中垣:でもAIをコントロールするのは人間なんだよね。

 

齋藤:そこを言うと、読解力と効率的、合理的な部分での完遂能力はすごく高い人が多いシンガポールだけど、これからの教育で変わっていくのかなと思う。クリエイティブとかアートの推進とかに力入れてるでしょう。

 

中垣:PSLE(小学校6年生に受ける全国統一テスト)も段階的に廃止されるし、一芸入試で進学することも出来るようになってきた。

 

齋藤:セカンダリースクールでジャズコースもできるって聞いて、素晴らしいなと思って。ただ、これからは自分の専門分野に加えてプラスアルファ何かできる人が増えていきそう。コーワーキングスペースも最近増えてるし、活動は小さくても、いろんな人たちと共創しながらやっていく時代が来る。そこからイノベーションも生まれる。また創造力とか対話力などのコミュニケーション能力ってシンガポールのような多国籍社会ですごい大事だと思っています。柔軟性、順応力だよね。これがあれば、それだけでも可能性が無限に広がるし。

 

中垣:自分が主催者で、自らが運営していくアーティストが増えてきてる。アーティストがプロデューサーやマネージャーを雇ってね。ネットでの配信とかみてもシンガポール人は長けている。アーティストが「〇〇’s Room」とか自分のホームページで自分と他の業界の人と対談記事を載せていたりするの。

 

酒井:異業種どころか、もともと国内で、民族が違う人たちとやり取り慣れてるしね。

 

齋藤:外国人慣れしてるからね。

 

中垣:日本が本格的な外国人労働者の受け入れが始まった一方で、こちらは既に全体の4割近くが外国籍という…。

 

最後に一言お願いします。

齋藤:社会に必要とされること、自分にしかできないことをやっていれば続くと思っています。100年とか続くとかそういう意識はあまり考えていないです。社会のためになることを考えながらやっていたら続いてた、っていう自然な流れが望ましい。

 

酒井:「私だからできること、私にしかできないこと」をやっていくのが、私の道だと思っています。いただいた「ご縁」を大切に、目の前にあることを一つずつ丁寧に取り組んでいきたいです。

 

中垣:今、目の前にあることを一生懸命に向き合ってやっていけばいいんじゃないか、と。たくさん失敗した。でもそういうこと全部を経て、糧となって、今の自分となっている。今が一番いい。失敗も落ち込んだことも全部愛おしいもの。シンガポールで10年活動を継続できたのは、家族の理解と協力があってこそで、本当に感謝しています。

(聞き手/内藤剛志、編集/野本寿子)

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