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2019年4月25日

ノジマによるシンガポール家電量販店買収の成否

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Courts Asia to be delisted after losing freefloat in Nojima buyout
ストレイツ・タイムズWEB版 2019年3月14日付
〈記事の概要〉日本の家電量販企業ノジマが、シンガポールやマレーシア、インドネシアで家具・家電販売店を展開するコーツを買収し、子会社化することになった。3月13日夕方までにノジマが9割を超えるコーツ株を取得、シンガポール取引所での上場基準を満たさなくなったことからコーツの上場廃止が確定した。

 

 日本の家電量販企業のノジマが、シンガポールの同業Courts Asia(以下コーツ)へのTOB(株式公開買い付け)を実施した。ノジマは最終的に82億円を投じてコーツの株式の約96%を取得し、コーツはノジマの完全子会社となった。コーツは2014年に進出したインドネシアでは苦戦を強いられ、1987年から展開するマレーシアでも過去1年間に12店舗を閉鎖するなど、足元の業績は振るわない。本稿では、コーツの事業再生と拡大に向けて活用が期待されるノジマとのシナジー効果に加えて、過去10年間にわたって事業の売却や上場を模索してきたコーツの歴史をひも解くことで、買収の成果を出していくための要点に考えを巡らせたい。

ノジマがコーツへのTOBを実施
82億円で株式の約96%を取得

 東証1部上場で、地盤の神奈川県に77店舗を展開するノジマは、1都9県に計244店舗を出店し、2018年3月期の連結売上高は5,018億円に及ぶ家電量販の中堅企業。海外事業に関しては、2014年と18年にカンボジアのイオンモール1・2号店に出店しているのみであるが、昨年12月、シンガポールに海外子会社の運営管理を目的とする子会社ノジマ・アジア・パシフィックを設立している。
 シンガポール取引所(以下SGX)上場のコーツは、東南アジアの3ヵ国で計85店舗(2018年5月時点)を展開する家具・家電の小売り大手企業で、2018年3月期の連結売上高は7億1,300万Sドル(約570億円)。英国の家具量販店にルーツを持ち、1974年にシンガポールに設立後、1987年にマレーシア、そして2014年にインドネシアに進出している。
 ノジマは今年1月、コーツへのTOBを実施し、同社を買収する計画を発表、昨年12月に設立した子会社を通じて、2月1日にTOBを開始。コーツの発行済み株式の73.3%を保有するシンガポール・リテール・グループ(以下SRG)などがTOBに応じたことから、2月14日にコーツの子会社化を発表。そして3月13日には、株式の90.07%を確保したことからコーツの上場を廃止することを発表、さらに同18日には、最終的に82億円を投じて株式の約96%を取得し、コーツを完全子会社にすることを発表した。

マレーシア・インドネシア事業は低迷
シンガポールで一段の成長は困難

 ノジマは今後、東南アジアの3ヵ国で新たな事業基盤を獲得し、更なる成長が期待できる域内の家電小売市場で事業拡大を目指すとしている。しかしながら、想定通りに事業拡大を図ることは容易ではない。以下に、コーツが足元で抱える課題をみていく。
 コーツの過去10年間の売上高推移を見てみると、2014年をピークに年々売上高が減少していることが分かる(図1)。2014年はコーツがインドネシアに進出した年であり、店舗数は2015年の3店舗から2018年には9店舗と拡大はしている(図2)。しかしながら、インドネシア事業は全体の業績改善に貢献するまでには育っていないどころか、店舗面積当たり売上高においてインドネシアの業績は明らかに低迷している(図3)。現状では、コーツ全体の売上高に占めるインドネシアの割合は3.4%に過ぎないものの、人口2億6,000万人を誇り、今後も底堅い消費が期待される東南アジア最大の経済大国における事業の抜本的なテコ入れは待ったなしの状態にある。
 全体の売上高の20.4%を占めるマレーシアにおいても業績は下降線をたどっている。2018年1月には社内に専属の事業変革チームを設置して業績改善を試みているが、成果は出せていない。目立った変化と言えば、販売不振店を2018年4月以降に12店舗閉鎖したくらいであり、今後も店舗網の再編を中心とする生産性の向上は避けて通れないとみる。
 
図1 コーツの売上高と純利益率

 
図2 コーツの国別の店舗数と売上比率

 
図3 コーツの国別の店舗面積当たり売上高

注:1リンギット=0.33Sドル、1ルピア=0.000095Sドルで換算
(出典 図1~3すべてコーツ年次報告書)
 
 最後に全体の売上高の76.2%を占めるシンガポール。その圧倒的な規模からも、シンガポール事業の安定的な成長なくしてコーツ全体の改善は無い。そのシンガポールにおいてコーツは、1)ソリューション型販売、2)オムニチャネル、3)実店舗の体験センター化、4)家具カテゴリの再生、5)クレジット販売の活用、の5つの領域に引き続き投資をすることで事業を拡大する青写真を描いている。しかしながら、コーツと同様に10店舗強を展開する豪ハービー・ノーマン(Harvey Norman)、日本のベスト電器、そして地場のゲイン・シティー(Gain City・豊城)といった家電量販店に加えて、今年6月に再開業が予定されるフナン・モールやシム・リム・スクエアに入居する中小家電店の存在、そしてラザダを筆頭とするネット小売企業の躍進など、コーツを取り巻く競争環境は厳しい。

仕入れと品揃えの改善に期待
ノジマ流の接客の移植はあるか

 展開する3ヵ国それぞれにおいて事業拡大を進めていくことは容易ではない中、コーツがノジマの傘下に入ることでその成長に寄与すると期待されるシナジーも存在する。大きく2点を取り上げたい。
 1点目は、スケールメリットを生かした仕入れコストの削減と品揃えの改善。コーツの3ヵ国の店舗において、販売する商品は現状では各国のメーカーやその代理店などから調達していると思われるが、仕入れが一本化できる部分については、ノジマの規模と調達網を生かした上でより低コストでの仕入れが期待される。また特に付加価値の大きい高価格帯の商品群においては、ノジマの日本における幅広い品揃えがコーツにおいても応用可能であると考える。
 2点目は、接客サービスと店舗オペレーションの改善。コーツを含む当地の小売店舗では、勤務中に接客スタッフが自らのスマホをいじったり、店舗前で堂々と喫煙をしたりと、サービスレベルは高くない。ノジマは、今年3月に報道された野島社長の「この子は使い物にならない」発言でも脚光を浴びたように、メーカー派遣ではなく自社育成の社員による接客を強みとしており、買収先の企業にも自社で採用・教育した社員を送り込んで、ノジマ流を移植している。海外での買収で同じことを実現することは非常に困難ではあるが、一定のサービスおよびオペレーションの改善は期待される。

コーツは10年前から売却を模索
経営体制の刷新は不可避か

 ノジマが買収したコーツの売上規模はノジマの約9分の1。日本に比べて高い成長が期待できる東南アジアといえども、展開する域内3ヵ国での足元の業績は順風とは言えない。ノジマは東南アジアでの事業基盤は獲得したものの、果たしてコーツは最適のパートナーとなり得るのか。その答えを探る上で参考にしたいコーツの売却・上場に関する過去の経緯に触れて本稿を締めくくりたい。
 コーツは2012年10月に新規株式公開(以下IPO)でSGXに上場し、1億3,700万Sドル(当時のレートで約88億円)を調達している。しかし、その3年前の2009年にはIPOでの調達額の3倍となる4億1,600万Sドルで事業の売却を試みたものの買い手が見つからずに断念。さらに1年後の2010年にもIPOを試みたもののバリュエーション面の懸念から上場を断念し、翌2011年には5億Sドル以上の価格で事業の売却を計画していた。
 傍から見ると、コーツのオーナーは会社を手放すことに躍起となるあまり、事業の持続的発展に向けた基盤の強化には十分に目を光らせていなかった可能性が伺える。2012年のIPO以前、コーツ株は100%SRGに所有されており、その実質的なオーナーは、2007年にコーツ株の54%を5,620万Sドルで取得したベアリング・プライベート・エクイティ・アジア(以下BPEA)を中心とする投資ファンドであったこともその見方を裏付ける。
 2007年にBPEAがコーツに出資した際は、対象となるコーツの事業はシンガポールの1ヵ国のみでその当時の企業価値は約1億Sドル。そして今回ノジマが3ヵ国で事業展開するコーツの株式約96%を取得した際のコストも約1億Sドル。すなわちコーツは過去12年にわたって企業価値が向上していないどころか、実質的には低下している。その背景にあるコーツの事業成長能力を考慮すると、ノジマはコーツの経営体制の刷新なくして買収の成果をあげることは困難であると考える。そのような中、ノジマが如何にしてコーツの舵取りをした上で事業を再生し、また拡大していくのか。今後の動向に注目していきたい。

 

プロフィール
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.345(2019年5月1日発行)」に掲載されたものです。

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