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シンガポール星層解明

2018年10月30日

シンガポール小売りイノベーション最前線

消費者行動の多様化に伴い業態が進化
買い物の場からライフスタイルのハブへ

では「次世代小売」や「新たな小売のコンセプト」とは何なのか、具体的にみていきたい。シンポスト・センターに入居するフェアプライスでは、全面セルフレジに加えて、買い物客が手にした商品をスキャンしながら店内を回遊し、最後に専用のカウンターで支払いを済ませる「スキャン・アンド・ゴー・システム」や、探している商品の売場を最短の順序で回れるアプリを導入するなど、デジタル技術を活用した購買体験の改善に力を入れている。またモール内には島内最大規模の143ロッカーを有するポップステーションを設置、ネット上で購入した商品の受け取りが24時間可能となっており、ネット小売と実店舗小売の融合も図っている。フュージョノポリスのコールド・ストレージでは、全面セルフレジといった新技術の導入に加えて、即食商品の品揃えの拡大、ダイニング・エリアやワイン・テイスティング・バー、そして無料で利用できるミーティング・ルームを設置することによって、単に買い物をするだけの食品スーパーから「ライフスタイルのハブ」となるべく、顧客体験の刷新に力を入れている。
「クリック・アンド・コレクト」は、デカトロンなど実店舗での販売が中心の企業だけでなく、ネット専門の小売企業も積極的に導入している。ネット小売最大手のラザダは、大手ディベロッパーのキャピタランドと協力し、後者が運営する商業施設内にラザダのウェブサイト上で注文した商品を受け取れるラウンジを開設している。消費者の利便性を高めるだけではなく、ネット小売から実店舗小売への送客も期待される受け取りシステムは、今後も拡充していくとみる。

 

またジュエル・チャンギには、米ニューヨーク発の人気ハンバーガー・チェーンのシェイク・シャックがシンガポール1号店を、米アップルがオーチャード通りのシンガポール1号店に続いて2号店を出店する計画であり、消費者に訴求するテナントミックスを思慮する姿勢がうかがえる。フナンモールにおいては、センサー、データ・アナリティクス、そして顔認証技術を活用し、来店客の消費嗜好を分析した上でカスタマイズされた販促が計画されているなど、最新技術の小売現場への応用にも期待が集まっている。

 

小売業は社会と消費者への「変化対応業」
変化を先取りした価値創造の姿勢が必須

今後シンガポールで小売業が発展的に成長をしていくためには、社会の変化やそれに伴う消費者ニーズの多様化を十分に踏まえた上で、マーチャンダイジングの高度化は言うまでもなく、ライフスタイルを豊かにすべく新たな価値を消費者に向けて創造、提供していく姿勢がより重要になってくると考える(図1)。

 

例えば日本では、かつては「若い男性向け」と言われていたコンビニは、今では50歳以上または女性の客の比率が約半分を占めるようになり、客層の変化に合わせて品揃えや売り場レイアウトは日進月歩で進化している。またシンガポールにおいても、今年で開業25周年を迎えたシンガポール髙島屋は、1993年の開店から10年間は赤字続きで撤退論も出たというが、マーチャンダイジングを繰り返し修正したことなどにより、現在では当地での事業の利益が連結営業利益の約20%を占める稼ぎ頭に成長している。

 

小売業が先進的な米国、中国、日本からは周回遅れで小売業の新コンセプトが導入されている印象があるシンガポール。絶え間なく変化する市場の特性に合わせて消費者行動や買い物体験を大きく刷新するような価値を創造していくことができるのか、今後も各小売企業の動向に注目していきたい。

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山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.339(2018年11月1日発行)」に掲載されたものです。

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