シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP「クレイジー・リッチ!」なシンガポールの貧困問題

シンガポール星層解明

2018年9月28日

「クレイジー・リッチ!」なシンガポールの貧困問題

 原作者はシンガポール人、撮影もシンガポールで行われたハリウッドの新作映画「Crazy Rich Asians(邦題:クレイジー・リッチ!)」が人気を博している。映画で描かれているバブリーで金持ちなシンガポールとその国民のイメージに反せず、世界で最も裕福かつ先進的な都市国家となったシンガポール。しかしながら、国内では貧困が大きな社会問題の一つになっていることを知る外国人は多くない。本稿では、年を追うごとに存在感を増しているシンガポールの貧困問題やその背景にある社会的格差に加えて、シンガポール政府の対応策や今後の施政方針について考察していきたい。

 

「クレイジー・リッチ!」なシンガポール
1人当たりGDPは日本の2倍以上

 8月15日に全米で公開されて以降、3週連続で第1位を獲得した大ヒット映画「Crazy Rich Asians」。ハリウッド映画として25年ぶりに主要な出演者がアジア系のみという点に加えて、原作者はシンガポール出身でありながら11歳で米国に移住して兵役の義務を果たしていないケビン・クワン、そして映画の舞台もシンガポールが中心であることから当地でも大きな注目を集めている。ニューヨーク大学で経済学の教鞭をとる中国系米国人のヒロインが、恋人と一緒に彼の故郷シンガポールを訪れ、そこで初めて彼がアジア屈指の大富豪の御曹司と知ることになり、孤軍奮闘していくという恋愛コメディーの本作。そのタイトルや内容から伝わってくるのは、バブリーで金持ちなシンガポールとその国民のイメージであるが、実際にシンガポールは世界でも裕福な国のひとつに挙げられる。

 

 国際通貨基金(IMF)の推計によると、2018年のシンガポールの1人当たり国内総生産(購買力平価ベース)は9万8,014米ドル。日本の4万4,426米ドルの倍以上となっており、2023年までには11万7,534米ドルにまで成長するとみられている(図1)。購買力平価とは、物価や為替変動の影響を取り除いて算出された額であり、各国の実質的な購買力、すなわち「豊かさ」を計る基準とされる。参考までに、物価や為替変動などを考慮せず単純に米ドルに換算して比較した場合も、シンガポールの1人当たり国内総生産は4万6,569米ドルを記録した2010年以降、日本を上回っている(図2)。

 

 

シンガポールに存在する貧困問題
人口の20%は実質的に貧困層か

 世界で最も裕福かつ先進的な都市国家であるシンガポール。しかしメディアで喧伝される紋切型のイメージや、観光客が一時的に滞在した際に垣間見る表層的なイメージとは裏腹に、シンガポールで貧困が大きな社会問題の一つになっていることは外国人にはあまり知られていない。

 

 シンガポールは貧困ライン、すなわち生活をしていくために必要最低限の収入を政府が設定していない数少ない先進国のひとつである。世界銀行は昨年10月に、高所得国の貧困ラインを1人当たり1日21.7米ドルとすることを推奨しているが、仮にこの評価尺度をシンガポールに適用すると、シンガポールの人口550万人のうち、最大で20%は貧困層に当てはまるという指摘もある。1人当たり国内総生産が日本の2倍を誇る国にあって、20%にも及ぶ貧困層が潜在的に存在することは、シンガポールに貧富の格差が存在することに他ならない。

 

 所得や資産の不平等あるいは格差を測るための尺度の一つであるジニ係数(完全平等社会は0、完全不平等社会は1)を参照しながら当地における貧富の格差を他の先進国と比較してみる。2007年から2017年にかけてシンガポールのジニ係数は0.388から0.356と下降してはいるものの(図3)、2017年時点で他国と比較すると、シンガポールのジニ係数は米国、英国に続いて高く、日本などに比べても貧富の格差が大きいことが読み取れる(図4)。

 

 

 実際に、シンガポール人またはPR(永住権)保有者が世帯主である世帯における世帯人員1人当たりの平均月収を比較すると、上位10%の1万3,215Sドル(約106万円)に対して下位10%は554Sドル(約4万5千円)と、大きな隔たりが存在することが分かる(図5)。

 

 

シンガポールにも連鎖的な貧困が
社会的格差の是正は国の最重要課題

 これらの貧困問題への対応策の一つとして、シンガポール政府は2005年から「ComCare」と呼ばれるファンドを運営しており、主にファンドの運用益によって様々な支援プログラムを低所得世帯向けに提供している。中でも、病気や介護が理由で一時的な休職を余儀なくされている、または求職中で一時的な経済的援助を必要としているシンガポール人やPR保有者に対する支援プログラムを受給した世帯数は、2012年の2万572世帯から2016年の2万8,409世帯に増加しており、特に60歳以上の高齢者に対する支援の増加ペースが高いことが分かる(図6)。

 

 

 また日本のメディアでは学歴と収入との相関や、親から子世代への連鎖的な貧困を指摘する意見に頻繁に遭遇する。その是非はともかく、最近ではシンガポールにおいても同様の議論が高まっている。シンガポールの小学校(プライマリー・スクール)の入学システムでは、両親のどちらかが過去に通っていた学校に子供が優先的に入学できる制度が存在する。そして計約190校のうちの一握りの名門小学校を卒業する比較的成績が優秀な生徒の多くは、同様に人気が高い一部の中学校(セカンダリー・スクール)に進学し、その後は国内外の一流大学を卒業して経済的および社会的に地位の高い職業に就く、という画一的な進路が一般的には理想と見なされている。その結果として、裕福な世帯の子供が特定の小学校や中学校に構造的に集中してしまうことが問題視されている。リー・シェンロン首相は、国内社会を分断する要素はこれまでの人種や宗教ではなく社会階級であるとまで公言しており、多様な世帯の子供が各学校に入学できるように、様々な施策を打ち出している。

 

 またリー首相は、8月19日のナショナル・デイ・ラリー(建国記念日大会)で発表した施政方針において、「国民は生活費の増加にいらだちを募らせている。教育、医療、住宅が主要な支出である以上、政府としてこの3つに力を注ぎ、貧富を問わず全国民に高品質で手の届くサービスを提供していく」と述べている。シンガポールの年中行事であるこの首相演説においては国が抱える課題と施政方針が発表されることが通例であることからも、国内で拡大しつつある社会的格差や貧困問題に対して政府としても最優先で取り組んでいく様子がうかがえる。

 

日常生活で遭遇する身近な貧困問題
シンガポール政府の舵取りに注目

 「クレイジー・リッチ!」なイメージが先行するシンガポール。経済成長を続けて豊かになる一方の国家にあって、年を追うごとに貧困問題の存在感が高まりを見せていることは既に述べた通りである。日常生活で周囲を見渡してみても、ホーカー(屋台街)などで背中を丸めて働く清掃員や街中でポケットティシュなどを販売する人の数多くは80歳は下らないと見られ、恐らくは貧困問題の当事者と思わしき高齢者が生計を立てる現場に遭遇する機会は珍しくない。また、これまで見てきた貧困問題は主にシンガポール人とPR保有者を対象としているに過ぎないが、シンガポールの人口550万人のうち建設現場で肉体労働に従事する約30万人の出稼ぎ労働者も、月の基本給は500米ドル未満と、国民とPR保有者の平均月収の下位10%に位置している。

 

 これまで政府主導の政策と強烈なリーダーシップで国を発展させてきたシンガポール。その発展に大きく貢献してきたパイオニア世代(1949年以前に生まれた国民)や発展を下支えした出稼ぎ労働者を中心とする層で顕著に見られる貧困問題、そしてその背景にある社会的格差。シンガポール政府がいかにして是正していくのか、今後の舵取りに注目していきたい。

 

ピックアップニュース

リー・シェンロン首相が建国記念日大会で演説、公営住宅・医療政策を詳説
(2018年8月20日付)
 
 


山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。
週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.338(2018年10月1日発行)」に掲載されたものです。

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