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ビジネスインタビュー

2008年12月15日

地球家族、分かち合う幸せを皆が感じることから

The One Foundation(ワン基金) ジェット・リー氏

 

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ジェット・リー、その名を聞けば誰もが世界的なアクションスターの横顔を思い浮かべる。そんな彼が、現在、映画の撮影を一切休業して取り組んでいることがある。3年前に自らが中国を拠点として設立した「China Jet Li The One Foundation(ワン基金)」を、国際的な基金として本格的に拡大するため、その理念を広めるスポークスマンとなって世界中を駆け回っているのだ。

 

去る11月28日にシンガポールの社会起業中間支援組織である「Social Innovation Park(SIP)」主催による「グローバルソーシャルイノベーターフォーラム2008」にパネリストとして出席したジェット氏は、アジアを代表する慈善家の一人として、情熱的にワン基金の理念と自らの思いを熱く語った。

 

「The One Foundation(ワン基金)」について

1人が毎月1元(ドル)を、地球に暮らす一大家族のために寄付しよう、というのが、ワン基金の非常にシンプルな基本理念です。」とジェット氏は言う。自然災害、貧困、医療、教育問題の救済を目指し、ジェット氏が2005年3月にワン基金を設立して以来、今年の7月までに約9,300万元(約1,930万シンガポールドル)をも集め、特に四川大地震の救済活動に大きく貢献したことは記憶に新しい。

 

「どのくらいの額の寄付を集めたということが重要なのではなく、我々は一つの大家族であり、100年、1000年後も皆がその一員として主体的に関わっていくというスピリットを、継続的にどれだけ広げていけるかが大切。例えば、赤十字社が100年以上継続しているのは、やはりそこには皆が同感する人間愛に根ざしたスピリットがあるからなんです。」と、強調する。

 

実際にジェット氏は、このワン基金の立ち上げにあたり、約2年の月日をかけて世界中のNGO・NPO団体や基金を自分の足で視察し、有識者の協力を求めながら、21世紀にふさわしい基金のあり方を模索してきた。「いろいろな方法があっていい。僕は、人々がプレッシャーを感じる事なく、家族なのだから当然助け合うというような気持ちを根付かせるべく、1人1ヵ月1元という誰もが貢献できるアプローチを選びました。」と語る。集まった基金は、自然災害、貧困、教育、医療の問題に現場で取組むNGO・NPO団体らの活動資金として使われてる。現在は、中国北京市に本部を構え、これからインド、シンガポールに支部が立ち上がる予定だという。

 

地球家族のために、企業、個人ができること

「ワン基金の代表として企業を訪問する際、まず金を無心に来たと見られる。『僕は金が欲しいからここへきた訳ではない。あなたのその発想を変えて、その心を掴むために来た』と言います。そして私の信念に共感し、力を貸してくれるなら、ワン基金のことを社員に伝え、あなたの企業のもつ技術やサービスを活かして、それを世界中に浸透させるために協力をして欲しい、と投げ掛けます。」と、ジェット氏が語ると、そのオーラは全開になって聞く側を圧倒する力を持つ。

 

世界中の名だたる大企業が、ワン基金にその専門であるサービスを提供している結果をみれば、それがいかにパワフルなものであるかがわかるだろう。例えば、広告代理店のマッキンゼーは、無償でワン基金専属PRマネジャーを配置してマーケティングを受け持ち、 デロイト トウシュ トーマツは会計監査を、テレコミュニケーションの会社は、ウェブサイトから一元からでも寄付が出来るシステムや、携帯電話の利用者から毎月一元づつ自動的に寄付を集めるシステムを提供するなど、協賛企業は枚挙にいとまがない。

 

「まずは中国でしっかりとワン基金の活動を根付かせ、成功させる事で、世界に拡大できるシステムを築きたい。それが他で汎用できるベースとなり、世界中どの国や地域にあってもワン基金の考え方『1人1ヵ月1ドルを一大地球家族のために』に基づいた活動が実行できるようになる。そうなれば、もちろん、近い将来日本に拠点を持って活動する事も視野に入れています。」と語る。

 

ジェット氏は、誰もが無理なく行動に移せる手段としてのワン基金が、プロフェッショナルな組織となり、長期的に介在できるようにと心を砕いている。基金の収支報告はウェブサイトで誰でも見る事ができる等、公正で透明な管理体制も整えている。「わずか1元の寄付をしてくれる人にさえ、安心してそのお金を任せてもらえるような組織でなければならない。又、どんなに小額の寄付であっても、寄付した人にはその使い道を確認する権利がある。それを明確にするのが我々の責任だと思っています。」と説明した。

 

銀幕のヒーローが、地上のヒーローに

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「グローバルソーシャルイノベーターフォーラム2008」にてパネラーとして参加した(左から)SIP設立者のペニー・ロウ氏、ベロニカ・コロンダム氏、パメラ・ハーティガン氏、ジェット・リー氏、Z・アビディン・ラシード上級国務相

「2004年12月に南アジアを襲ったスマトラ沖の津波の際、モルディブにいました。長女を抱えた私は、首まで海水に浸かり、目の前を一歳の次女が流されて行くという事態を経験しながらも、運良く家族皆無事でした。その際に、国籍、人種、宗教を問わず救助活動に取組む人々に出会い、感銘を受けました。命を取り留めた自分は、生まれ変わったも同然で、残りの人生をより多くの人に手を差し伸べることに努めようと決心し、それを行動に移したわけです。」とワン基金設立に至ったターニングポイントを語った。

 

「人はこの世に生まれてから死ぬまで、必ず人の手を借りて生きている。生まれた時、年老いて死ぬ前は特にそう。であれば、人に手を貸す事ができる間は、出来る限り人に手を差し伸べるのは当然のこと。」とチベット仏教の信者でもあるジェット氏は言う。ハリウッドスターとしてその名声や富を手に入れた時よりも、自分の持てるものを人々と分かち合うため、ワン基金に注力する今のほうがよっぽど自由で幸せだと笑う。分かち合うことは、与えた分それ以上に自分が何かを得られるということを1人でも多くの人に伝えて行きたいと語る。

 

中国全国武術大会で連続優勝を果たしていた頃、中国の外交使節団に同行し、世界各国でその武術を披露していたことがあったジェット氏。ニクソン元大統領の前でパフォーマンスをした際、「きみの技術は素晴らしいね。私のボディーガードにならないか。」と大統領に声をかけられた。ジェット氏の返事は、「それはできません。私には、守るべき10億人の人々が中国にいるからです。」と答えたという。十代の若者のなんという心意気。彼の信念には積年の思いがある。

 

ワン基金に関わる人々は、ジェット氏を含め、自らの財を投じる事はしないというルールがあるという。どんなに個人が巨額を投じても、それはその場しのぎにしかならないからだ、とした上で、「だから私は裸一貫の物乞い。クレージーでしょ?」といたずらっぽく笑った。ジェット氏のいうクレージーとは、自らの信念に従い、情熱を心底注ぐことの代名詞に他ならない。インタビューを終え、合掌をして席を立ったジェット氏。そのうしろ姿を見送る人は誰しも、ジェット氏の言う地球家族の一員でありたいと願い、当事者として受け止める気持ちになるだろう。新たなムーブメントを創り出す氏の活躍に、今後も注目したい。

 

ジェット・リー

1963年 河北省北京市生まれ。8歳から中国武術を習い始める。11歳で中国全国武術大会で個人総合優勝を飾り、以降、5年連続優勝の記録を樹立。1982年『少林寺』で映画デビュー。アジアで数々の映画に出演した後、『リーサルウェポンⅣ』で本格的にハリウッドに進出。 『キス・オブ・ザ・ドラゴン』、『ヒーロー』、『スピリット』など次々に公開され世界的アクションスターとなる。今年、 ジャッキー・チェンとの共演作『ドラゴン・キングダム』が米興行成績初週第一位となる快挙を果たす。2005年にワン基金を設立、本格的な基金活動を始め、 2008年3月にはフォーブス誌に「アジアの慈善家48人」の一人に選出された。

 

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.136(2008年12月15日発行)」に掲載されたものです。
文=桑島 千春

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