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シンガポール星層解明

2016年11月7日

シンガポールの日本酒市場を深耕するための一考察

市場開拓に向けては課題も表面化
消費者目線の売場づくりが不可欠

さて、今後も成長が見込まれるシンガポールの日本酒市場であるが、実現に向けては解決すべき課題も存在する。以下では筆者が一消費者としてシンガポールの小売現場で目にする現状を基に課題を2点ほど挙げ、解決の糸口を探っていきたい。

 

1点目は、商品のターゲット顧客層が不明または品揃えと来店客層との間にミスマッチが存在している点である。具体例を挙げてみたい。シンガポール随一の繁華街であるオーチャードのスコッツスクエアに入居するFairPrice Finestは、近隣ホテルの宿泊客やコンドミニアムの居住者を主な来店客層とし、日本人の買い物客も訪れる現地系の高級スーパーであるが、日本酒の売場に関しては目を覆いたくなるような状況である。と言うのも、商品の棚割りは「アジア」のお酒で一括りにされており、日本酒は梅酒や焼酎、韓国焼酎(ソジュ)などと肩を並べて陳列されている。そのため選びやすく買いやすい売場からはほど遠く、また商品数は低価格帯を中心に15点にとどまるなど、来店客への訴求力を著しく欠いている。その向かいには日本酒を豊富に揃え、角打ちバーまで構える伊勢丹スコッツ店がある環境下において、FairPrice Finestは日本酒への親しみが比較的高い客層が来店する立地特性を活かして売場構成と品揃えを抜本的に見直すことで、売上機会を拡大することができると考える。

 

2点目は、店頭における商品の説明や陳列などの演出(ビジュアルマーチャンダイジング)が不十分な点である。具体例として、商品に貼付された日本語表記のラベルだけでは現地の消費者が日本酒か焼酎かの区別をすることすら困難であることに加え、裏面に貼られた英語表記のラベルにさえ商品の区別に資する情報が記載されていない事例や、英語表記のラベルさえ貼付されていない事例も散見される。またオーチャードの某日系小売店では、720ミリリットルで1本1,200Sドル(約9万円)を超える高額の商品であるにも関わらず、味や香りの特性などが一切紹介されることなく冷蔵ケースに陳列され、店員ですら商品の特徴を十分に説明できない事例が存在するなど、消費者の購買体験をないがしろにしている印象が拭えない。店頭でいかなる情報を提供し、どのような方法で商品を陳列することが消費者の購買意欲を刺激することにつながるのか、消費者目線で改めて考え抜く必要がある。

 

多様化する現地消費者の嗜好とニーズ
消費者の属性を反映した販促が必要

ここまでシンガポールにおける日本酒の潜在性および市場開拓を進めていくうえでの課題を述べてきたが、最後に日本酒を販売する側が検討すべき施策として消費者の属性に応じた販促の必要性を述べて本稿の結びとしたい。

 

図4は「日本酒への親しみ(横軸)」と「経済力(縦軸)」の度合を軸に、シンガポールにおける日本酒の消費者像を便宜的に4つのセグメントに分類して例示している。①は日本酒に対する造詣が深く、また常に高品質かつ希少な商品への関心が高いことから、シンガポールでは入手が困難な商品の独自ルートでの提供や、酒蔵へのプライベートツアーの開催などが効果的と考える。②は普及価格帯の日本酒を嗜む習慣はあるものの、商品の情報不足が理由で新たな銘柄にトライする機会に乏しいことから、味や香りの特性や蔵元の想いなど商品情報の効果的な発信が消費拡大につながると考える。③は日本酒に馴染みは薄いが、和食も含めて高級レストランで日常的に食事をするため、親和性の高い食材とのマリアージュによる日本酒の飲み方の積極的な提案が新たな需要を喚起すると考える。④は日本酒への関心は低いものの、和食も含めたクールジャパンに対する興味は高いことから、スーパーの日本食材コーナーにおける試飲や関連商品としての売り込み(クロスセル)が新たな需要を創出していくと考える。

 

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これまでのシンガポールの日本酒市場は、蔵元が醸造した日本酒をディストリビューターが横並びに販売する「作り手ありき」の販促が主流であった感が否めない。今後は多様化する現地消費者の嗜好やニーズといった市場の声を把握し、知恵をしぼって「顧客ありき」の販促施策を打ち出していくことが、市場を深耕していくうえで不可欠と考える。

web_profileプロフィール
山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.313(2016年11月7日発行)」に掲載されたものです

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