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来星記念インタビュー

2013年6月3日

日本のキラー・コンテンツをリメイクして世界へ

講談社 国際事業局・担当部長古賀義章

スクリーンショット 2015-06-30 12.33.34海外に出たい、という思いが人一倍強かったのは、旅好きだったこととも無縁ではないだろう。講談社国際事業局担当部長の古賀義章氏は、現在、インド版アニメ『巨人の星』こと、『スーラジ ザ・ライジングスター』の制作スタジオがある南インドのハイデラバードと東京の往復を続けている。

講演のためにシンガポールを訪れていた古賀氏に話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

雑誌の世界の次を探してたどり着いたもの

講談社で長年週刊誌などの編集に携わってきた古賀氏がパリに渡ったのは2001年のこと。現地の出版社に席を置き、取材のために世界各国へ足を運んだ。アメリカで同年9月に発生した同時多発テロをはじめ、国際的な事件や出来事が現地のメディアでどのように報道されているかも目の当たりにできた。

日本に帰国後、講談社創業100周年記念事業の一環として社内で新雑誌企画の公募があり、「世界中のメディアから記事を選んで編集する情報誌」というアイディアを提案。見事その企画案が採用されることになった。その雑誌は2005年11月に『クーリエ・ジャポン(COURRIER JAPON)』として世に送り出されることになる。同様のコンセプトで編集されているフランスの雑誌『クーリエ・アンテルナショナル』にならい、『クーリエ』と媒体名に付いているが、すべての記事は『クーリエ・ジャポン』編集部が独自に全世界1,500以上の媒体と個々に交渉し、選んだ記事を翻訳・編集している。

 

 

『クーリエ・ジャポン』を創刊から育て上げた古賀氏は、2010年2月に編集長の座を退くと、約1ヵ月間、インドへ旅に出た。学生時代にバックパッカーとして4 ヵ月滞在した際にインドに魅了され、いつかインドで仕事をしたいという思いを抱いていた。また、次に何をやるか考えた時、「雑誌とは違う、まったく新しいことをやりたい」という気持ちもあった。好きなインドに、日本の作品を売り込みたい、インドでヒットする日本の作品はないか――それを調査するための旅だった。「インドには3大人気のA・B・Cがあります。占星術(Astrology)と、ボリウッド(Bollywood)、そしてクリケット(Cricket)。なかでも、クリケットは、国民的スポーツとして人気が高く、長年愛されてきた競技。2008年にプロリーグが発足したことで、さらに人気が高まりました。また、インドは経済的にも急成長の途上にあり、自分が子供の頃、1960年代後半から1970年代前半にかけての日本と似ているところが多いんです。そこで、高度経済成長期の日本で大人気だった漫画『巨人の星』を、野球からクリケットに置き換えてリメイクしたら、というアイディアが生まれました」。

 

 

日本のコンテンツをインドでリメイク

『スーラジ ザ・ライジングスター』のオープニングを見ていると、すぐに原作『巨人の星』のプロットを見出すことができる。トレーニングに精を出す主人公のスーラジは星飛雄馬、裕福な家庭に育ったライバルのクリケットプレイヤー・ヴィクラムは花形満、主人公の親友パプーは伴宙太、そしてプロを目指して頑張る主人公を見守る美しい姉シャンティは星明子――舞台はインドの大都市ムンバイでありながら、映像はどこか『巨人の星』を彷彿とさせる。

 

 

しかし、『巨人の星』をベースに作るとはいえ、野球をクリケットに置き換え、主人公を日本人からインド人に置き換える、といったことを、果たして原作者側が受け入れてくれるだろうか。社内ではやはり懐疑的な見方が多かった。「とにかく一度お願いしてみようと、原作者である熊本在住の川崎のぼる先生や、故梶原一騎先生の奥さまにお会いしました。インドの事情をご説明し、『巨人の星』のリメイクのアイディアをお話しところ、どちらからも快諾を頂けました。作画を担当した川崎先生からはただ一つ『インド版の明子姉さんをとにかくきれいに描いてほしい』という注文が付いたくらいです」。

 

 

この作品ならではのユニークな取り組みが、背景の街並みや登場人物が使うものなどにスポンサーである日系企業各社の名前やロゴ、商品などがさりげなく目に入る形で取りこまれていること。多くのクリエイティブ作品と同様、『スーラジ ザ・ライジングスター』の資金集めやスポンサー探しは決して簡単ではなかった。苦労があったからこそ生まれた工夫だ。

 

 

インド側でアニメ制作を担当したのは、DQエンターテイメントというインド最大手のアニメ制作会社。ディズニー作品などアメリカやヨーロッパ各国のアニメ作品の制作を数多く手掛ける、社員3,500人ほどの会社だ。『スーラジ ザ・ライジングスター』の制作には同社からのべ160人が携った。

 

 

ムンバイで生まれ育った主人公のスーラジら登場人物たちが話す言語は、公用語のヒンディ語。しかし、原作にあるような会話をヒンディ語に翻訳するだけでもちろん済むはずがなく、アニメの重要なシーンもインドの文化や習慣を考慮したうえで、制作しなければならない。「例えば、星一徹の『ちゃぶ台返し』は、インドでは受け入れられないと言われました。食べ物を粗末にする行為だから、というのが理由でした」。一度は諦めかけたが、なんとか原作の名シーンを残すことができた。「飲み物しか乗っていないテーブルを父親が怒りのあまりひっくり返す、ということにしたらテレビ局の審査を通りました」。星飛雄馬が筋肉増強のために着用していた大リーグボール養成ギプスも、当初は「虐待だ」とインド側からは拒否反応が出たが、金属のバネではなく自転車のタイヤのチューブを使ったものであれば問題ない、ということになった。

 

 

インドでの放映開始と今後の展開

『スーラジ ザ・ライジングスター』は、日印国交樹立60周年であった昨年12月23日からインド全土において放映が開始された。毎週日曜日午前10時に「Colors(カラーズ)」という総合娯楽チャンネルで放送されている。「アニメ専門チャンネルではなく、敢えてドラマの放送などで人気のチャンネルを選択しました。子供だけでなく大人にも楽しんでもらえる作品だからです。日曜日の午前中なら家族揃ってテレビを楽しむ家庭も多いと考えました」。1話21分、全26話を6月中旬まで放映予定で、3月下旬から4月上旬にかけて学校が長期休暇に入った期間には、視聴率が2〜3倍に上がったエピソードもあった。

 

 

「視聴者14〜15人を集めたグループインタビューを行って番組の感想を聞いたことがあり、原作のなかにある、『父と子の家族愛』や『友情』、『苦難を乗り越える努力』といったテーマがインドの若者たちの多大な共感を得ていることを知りました。我々制作サイドの狙いは正しかったことを実感しました。ただ、インドは多言語国家であること、またインド人は録画する習慣がないことなど日本と異なる視聴習慣があります。今後、何度も何度も再放送を繰り返したり、ヒンディ語以外の言語で放映したりといった、インド独自の展開も必要です」。

 

 

7月からは2つのアニメ専門チャンネル「ニック(Nick)」と「ソニック(Sonic)」での再放送が決定しており、月〜金の毎日放映される。さらに、『スーラジ ザ・ライジングスター』の続編制作も現在検討されている。

 

 

『スーラジ ザ・ライジングスター』を通じて日本生まれの映像コンテンツが持つ高い可能性を実感した古賀氏は、早くも次の挑戦を考えている。「日本の漫画や小説を原作にしたインド映画を作ってみたいですね」。映画産業が盛んなインドで、古賀氏らの手によって日本のキラー・コンテンツがどのようにリメイクされるのか、そして日本以外でどのように受け入れられていくのか。『スーラジ ザ・ライジングスター』に続くリメイク作品が登場し、さらには世界各国へ飛び出していくのを見られる日はそう遠くはないようだ。

古賀義章

佐賀県出身。1989年明治大学卒業後、講談社入社。『フライデー』、『週刊現代』など週刊誌編集部を経て、2001年に海外研修のために渡仏。2004年より2010年まで自身の企画で立ち上げた『クーリエ・ジャポン』編集長を務める。現在、国際事業局担当部長としてインド事業を担当、アニメ『スーラジ ザ・ライジングスター』のチーフプロデューサーでもある。これまでに『普賢岳 OFF LIMITS 立入禁止区域』(平凡社)、『場所――オウムが棲んだ杜』(晩聲社)などの写真集を発表、今年1月には『飛雄馬、インドの星になれ!』(講談社)を上梓。

 

2013年06月03日
文= 石橋雪江

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