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シンガポール星層解明

2019年3月14日

シンガポールで日本のテレビが見れなくなる?

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著作権法を改正へ、創作者の権利保護に力点
https://www.asiax.biz/news/48848

(2019年1月18日付))
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シンガポールで有料テレビ放送の視聴環境に大きな変化が起きている。通信大手2社が提供する有料テレビ放送の契約者数は、ここ数年の間に約10万7,000人も減少している。その背景には、メディア視聴形態の多様化、オンライン動画配信サービスの拡大、そして海賊版コンテンツを視聴できる機器の普及が挙げられる。本稿では、海賊版コンテンツを視聴できる通称Android TV Boxに対して規制を強めつつあるシンガポール政府の動向や、年内に予定されている著作権法の改正案にも触れながら、在星日本人にも無視できない影響を与える日本のテレビの視聴環境を考察していきたい。

有料テレビの視聴環境は変化
通信業界の再編は時間の問題

シンガポールにおけるテレビ放送には、大きく分けて3つのタイプが存在する。チャンネル・ニュースアジアなど政府系テレビ局メディアコープの7つのチャンネルが見られる地上波放送、通信大手StarHub(スターハブ)が主に提供する建物にケーブルを引き込んで放送されるケーブル・テレビ、そして通信最大手Singtel(シングテル)が主に提供するインターネットを利用して放送されるIPTV(インターネット・プロトコル・テレビジョン)の3つである。
地上波放送は、2018年末に地上アナログ放送が終了し、2019年1月より地上デジタル放送に完全移行された。昨年半ばの時点において地上アナログ放送を視聴していた全体の約25%の世帯に対して、政府は無料の地デジ視聴セットを提供して地上デジタル放送への移行を支援している。残りの約75%の世帯は、主にStarHubやSingtelと有料で契約をした上で、地上波の7つのチャンネルに加えて豊富な数の海外チャンネルを視聴しているが、この有料テレビ放送の視聴環境に大きな変化が起きている。

 

シンガポールの通信大手2社が提供する有料テレビ放送の契約者数の推移を見てみる(図1)。StarHubの契約者数はピーク時の2014年末の54万2,000人から2017年末には45万8,000人、Singtelの契約者数はピーク時の2015年末の42万4,000人から2017年末には40万1,000人と、2社合計でここ数年の間に約10万7,000人もの契約者を失っている。
売上高全体の約16%を占めるケーブル・テレビ事業に加えて、売上高全体の約51%を占める携帯通信事業においても業績の低迷が続くStarHubは、2018年10月にフルタイム社員の1割強におよぶ300人を解雇することを発表している。また米格付け会社ムーディーズは、2019年1月に発表したレポートの中で、市場環境の変化や新規プレーヤーの参入を理由に挙げて、シンガポールの通信業界は今後3年以内に再編が避けられないとの見通しを示している。

テレビからオンライン動画へシフト
「魔法の小箱」は在星日本人も常用

シンガポールでStarHubやSingtelが提供する有料テレビ放送の契約者数が減少している理由は、大きく3つあると考えている。1点目は、メディア視聴形態の多様化。インターネットとテレビやパソコン、スマートフォンなどの端末で、好きな場所で都合の良い時間に好きな番組をオンデマンドで見る視聴行動が普及して久しい。2015年にシンガポールの情報通信メディア開発庁は、0歳から65歳のシンガポール人およびPR(永住権)取得者の計2,585人に対してオンライン動画の視聴に関する消費者調査を実施した。その結果、34歳以下の消費者の過半数は、従来のテレビではなオンライン動画に対してより多くの時間を費やしている(図2)。幼少期からオンライン動画に慣れ親しんだ世代が成長するにつれて、このシフトは加速していくと予想される。

 2点目は、オンライン動画配信サービスの拡大。上述した2015年の調査では、オンライン動画を視聴する消費者の96%はYouTube、59%はFacebookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、そして20%は海賊版サイトを利用していた。また2016年には世界最大手の米Netflix(ネットフリックス)に続いて、Singtelも出資するシンガポール企業Hooq(フック)が当地で有料動画配信サービスを開始している。Netflixは、今年1月に配信が始まった「KonMari~人生がときめく片づけの魔法~」を一例とするオリジナル番組の提供が、市場を拡大していく上での大きな差別化要素となっている。昨年11月にシンガポールで開催されたイベントでは、今後アジア圏においてもインド、タイ、台湾などからのオリジナル番組を放送していく計画を公表しており、視聴者数の拡大が見込まれる。
3点目は、海賊版コンテンツを視聴できる機器の普及。リトル・インディアからほど近い電気街シムリム・スクエアや郊外のモールで日常的に販売されている通称Android TV Box(アンドロイド・テレビ・ボックス)。200Sドル(約1万6,000円)弱で購入できるこの機器をインターネットに接続し、さらにテレビなどの端末に繋げるだけで、日本を含めた世界各国のテレビ番組や映画が視聴できる。StarHubやSingtelが提供する有料テレビ放送で視聴できる日本語の番組といえば、NHKの海外向けサービスである「NHKワールド」と、スカパーJSATと海外需要開拓支援機構(通称クールジャパン機構)が出資する「ワクワク・ジャパン」と限定的である中、日本の地上波に加えてBS・CSの一部チャンネルや無数の映画が無料で視聴できるとあって、この「魔法の小箱」が生活必需品となっている在星日本人も少なくない。

政府は違法配信の取り締まりを強化
未だに無料での視聴は可能な状況

通信や映画の業界団体は、Android TV Boxが海賊版コンテンツの違法配信の温床になっているとして、シンガポール政府に取り締まりを要請してきた。しかしながらシンガポール知的財産庁は、この機器がStarHubやSingtelなどが提供する有料テレビ放送への不正アクセスによって無料での視聴を可能にしているのであれば著作権侵害で違法となるものの、機器にインストールされたYouTubeなどのアプリを経由して合法なコンテンツにもアクセス可能な機器自体に違法性はないとの見解を示してきた。実際に、現状ではこのAndroid TV Boxを販売する小売業者、そして購入し利用する消費者を罰する規制は存在しない。ただ、政府は新たな法的措置を講じて取り締まりを強化する姿勢を見せており、今年中には機器の販売や購入が違法になる可能性が高まっている。以下に違法性をめぐる直近の動向をみていく。
昨年1月に有料テレビ放送大手のStarHubとSingtel、そしてメディア大手FOXとサッカーのプレミア・リーグの計4社は、Android TV Boxを販売する地元小売業者2社とその経営陣に対して著作権侵害で訴訟を起こしている。訴訟を起こされた小売業者側は争う姿勢を見せており、今年の4月に予定されている公判の結果、裁判所がAndroid TV Boxに対していかなる法的な見解を出すかに注目が集まる。また昨年4月には、高等裁判所がSingtelやStarHubなどのISP(インターネット・サービス・プロバイダー)に対して、海賊版コンテンツを配信する53のウェブサイトへのアクセス禁止を命令したのに続き、昨年11月にはAndroidTV Boxにインストールされたアプリへのアクセス禁止も命令している。ISPがアプリへのアクセスを遮断したことによって一時的に視聴ができない状態になったものの、Android TV Boxにあらかじめ用意されている別のアプリをインストールしてDNS(ドメイン・ネーム・システム)を変更することで、現在でもテレビ番組や映画は視聴可能な状況にある。

今年中に著作権法は改正の見込み
今後も既存の機器で視聴は可能に

シンガポール法務省と知的財産庁は、過去3年間に及んだ著作権法(Copyright Act)の見直しを基に、今年1月に著作権法の改正案をまとめたレポートを公表した。その中で、今年中に法律を改正した上で、今後は海賊版コンテンツにアクセスできるAndroid TV Boxの製造、輸入、流通、販売が違法になる旨が明らかにされた。
これまでは機器自体を取り締まる法律が存在しなかったために街中で幅広く販売されていたAndroid TV Boxであるが、法改正後は公に販売される姿を目にすることはなくなると想定される。しかしながら今回の改正案は、Android TV Boxを利用する消費者を規制する旨は明確にされていないことから、法改正前に合法に購入した機器を通じて、今後も海外のテレビ番組や映画を視聴することは可能であろう。
著作権法の改正内容に関わらず、視聴者の行動や意識を変えていくことは容易ではない。2017年の調査では、シンガポール人の約40%は日常的に海賊版コンテンツを視聴しており、約75%はそれらの視聴は問題の無い行為と考えている(Sycamore調べ)。法律の遵守が大事であることは言わずもがな、無料での視聴に慣れ親しんだ消費者の行動を変えていくには、合法的にコンテンツを提供する各社が、魅力的な番組をリーズナブルに提供していくことが必須となる。著作権法の改正が業界のこれからを占う試金石となるのか。今後も各社の動きに注目していきたい。

プロフィール
山﨑 良太
(やまざき りょうた)316web_book_10_mr-yamazaki
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.343(2019年3月1日発行)」に掲載されたものです

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