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熱帯綺羅

2020年2月15日

ベトナム北部の伝統工芸品 「バチャン焼」

東南アジアでキラリと星の如く光る、人、モノ、コト─。それは目新しくもあり、今に生きる古き良きものでもあるでしょう。 忙しい日常の中で、ふと何かを気づかせてくれるストーリーをご紹介します。

「バチャン焼」とは?

 温かみのある柔らかなタッチで描かれた菊やハスの花のモチーフの皿や湯のみ――。この柄を見かけたことのある人も多いのではないでしょうか。


 
 焼き物の名前は「バチャン焼」。ベトナムの首都ハノイ市内の中心部から南東に約14キロ、ホン川(紅河)沿いに位置するバチャン村で作られている磁器です。バチャン焼は500年以上も続く、ベトナムを代表する伝統工芸品のひとつで、ベトナム国内をはじめ、アジア、ヨーロッパ、米国などで幅広く使われています。
 

温もりのある、素朴な味わいが魅力

 ハノイ市街から車で約40分。バイクや人の活気に溢れた市内の喧騒を抜けると、目の前には褐色の紅河。長い橋を渡り、一変して広がるのどかな風景の中、水牛の群れを眺めながら砂利道を走ると、見えてくるのが大きな看板のかかったバチャン村の入り口です。村内は住居を兼ねた小規模な工房・店舗から、観光客をターゲットとした大型の販売店まで多くの店が軒を連ね、「Gốm sứ(磁器)」の看板で溢れています。
 
 ハノイ市バチャン村の人民委員会によると、村の面積は、東京ディズニーランド約3.5個分の178ヘクタール。人口は約8,500人で、このうち8~9割の人が磁器の仕事に携わっているといいます。バチャン焼は生産、流通、販売を含めこの地域の主要産業となっており、今では、周辺地域から3,000~5,000人の労働者が毎日バチャン村に働きに来ています。家族経営の小規模生産者が全体の約9割を占めますが、海外などの大口取引に成功した生産者は企業体として活動しています。
 

バチャン村の磁器市場。観光客向けのお土産店に比べて安く商品が手に入る。
バチャン村は小道も多く、散策では村民の生活も垣間見ることができる。

 
 大型の販売店をのぞいてみると、茶碗、湯のみ、カップ、小皿、れんげなど種類豊富で、色鮮やかなバチャン焼が大量に並びます。伝統的なバチャン焼は手作業で絵付けした、白地に藍色の絵柄の「染付」、同じく白地に赤い絵柄の「赤絵」、薄緑色で無地の「セラドングリーン」の3種。
 

村の観光客向けのお土産店には様々な種類のバチャン焼が並ぶ。店によって値段は異なるが、コースター(7USD) 、鍋敷き(20USD)、皿(35USD)など。
籐(ラタン)を編み込んだデザインのバチャン焼の鍋敷き。

 バチャン村はベトナムの数ある伝統工芸村の中でも、柔軟に外からの需要に対応することで、新しいデザインや製品分野についても果敢に挑戦してきました。例えば、円形のバチャン焼のまわりに籐(ラタン)が編み込まれた鍋敷き。これは別の工芸村の籐編み細工の伝統手法を取り込んで作られたデザインといいます。海外との取引からも新しい嗜好も取り入れており、現在バチャン焼の人気柄となっているトンボの絵柄は、もともと日本側からの要望に合わせて作られた絵柄といわれています。
 

安土桃山時代の茶人にも愛されたバチャンの磁器

 バチャン焼の歴史は諸説ありますが、その始まりは10世紀に遡るともいわれています。現在のバチャン村周辺は紅河沿いに位置し、磁器の生産に適した土が豊富だったこと、また当時のベトナム王朝の都タンロン(現在のハノイ市内)に近かったことから、磁器の開発地に選ばれたといいます。14、15世紀になるとバチャンの焼き物は中国にも献上されていました。そして、ベトナムの陶磁器産業における輸出の発展期とされるのが15~17世紀。中国の海禁政策(民間人の交易を禁止する政策)により、これまで高い競争力を持っていた中国の磁器の流通量が減少し、バチャンをはじめとした ベトナム製磁器への需要が高まりました。これを受け、当時のアジアの貿易を牽引していたオランダの東インド会社などがベトナム製磁器を買い集め、東南アジアや日本地区に販売していたといいます。
 
 日本には16世紀中頃の安土桃山時代から、「安南焼(あんなんやき)」としてバチャンをはじめとしたベトナム製磁器が輸入され、著名な茶人に愛用されていました。日本で最初の磁器「伊万里焼(いまりやき)」の生産が佐賀県・有田で始まったとされる17世紀初期より前に、バチャンの磁器は日本で愛用されていたことになります。
 

ハノイ市公認の観光地に認定

 バチャン村は近年、観光客の誘致を積極化。2019年8月にはハノイ市公認の観光地に認定されました。バチャン村を訪れる観光客は年間約20万人で、このうち外国人は20%。年代では学生などの若年層が40%を占めています。村のアクティビティーの一つとして観光客がバチャン焼作りを体験できる拠点が増加したため、外国人観光客のほか、ベトナム人の学生の遠足や実地体験でもよく利用されています。この日、シンガポールから訪れていた家族連れも、ハノイからの個別ツアーに参加し、バチャン焼作りに挑戦。「短時間の中で、生産工程の見学、買い物、そして実際にバチャン焼の成形体験もできて嬉しい」と満足げです。
 

工房では熟練の生産者らが黙々と作業を進めている。ここは釉がけの工程で、焼き上がり後のツヤを出すための「釉薬」で器の表面を覆う。
磁器作りが体験できる拠点も増えている。成形、絵付けなどを10万ドン(約500円)以下で楽しめる。ホテルまでの宅配も別料金で可能なところが多い。

 村に唯一残った「登り窯」も観光拠点の一つです。60年前には12基あった登り窯ですが、ガス佂の普及により、今ではこの1基のみに。妊婦のお腹のように膨らんだ窯が連なる形状から「妊婦窯」の名称がついており、その大きさには圧倒されます。現在は使用されていませんが、再生され、見学施設となりました。ガイドも常駐しており、バチャン焼や登り窯の歴史について説明を聞くことができます。
 

 
 中心街から1時間以内でバチャン村のような伝統工芸村を楽しめるのもベトナム・ハノイの魅力の一つです。ハノイ市内から、工房見学・買い物など約3時間の行程の半日ツアーも出ています。ハノイを訪れた際には、ぜひバチャン村まで足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

(取材・文/糸井夏希)

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