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熱帯綺羅

2016年6月6日

壁に織りなす都市のメッセージ グラフィティ・アートと壁画を巡る

旧き良きシンガポールの風景が壁画に蘇る

2015年8月から活動を始めた壁画アーティストのイップ・ユーチョンさんは、カンポン・グラムにあるリトアニア人のアーネスト・ザッカレビクさんの壁画を見て、自分が20年暮らす街角に懐かしい風景を描き留めようと思ったといいます。エバートン・ロードに描いたプラナカンの暮らしやショップハウスの食材屋をはじめ、チョンバル地区には70年代のホーカーや市場の様子、居間でくつろぐ人など往時を忍ぶ光景を生き生きと描いています。実物大に近い、程よく奥行きを持たせた描き方が、通り過ぎる人を壁画の一部にしてしまうかのようで、見る人が思わず近づいてしまうのもうなずけます。

 

金融関係の会社に勤務するイップさんは、シンプルなものなら週末の2日、長くても4日間で、アクリルの画材を使用し壁画を仕上げます。新作のウォータールー・ストリート51番地にある「ヘリテイジドア」は、同級生のユアン・カムチョンさんと描いた大作で、消滅してしまった建物や、ほぼ見かけなくなった通りの風景や人々の暮らしが描かれています。その腕前を買われ、9月にはロンドンのチャイナタウンで、シンガポールとマレーシアの風景を壁に描く招待を受けているのだとか。

 

「壁画は屋外に晒されているため、大体2~4年で色が褪せて塗り替えが必要になる。その時に塗り替えてしまえばまた元に戻るというところがいいんです。長くそこに留めておくのが目的ではないので、もし数年後に壁画を修復を頼まれたら、私は一度きりの手直しにしたいですね」と、イップさん。取材の間もイップさんの壁画を子供連れで訪れる家族や、その前で写真を撮る若者たちが次々にやってきました。「壁というキャンバスは一緒でも、グラフィティ・アートは隠されたメッセージを描くといわれています。私の場合は見えているままですが(笑)、見てくれた人が昔を思い出したり、若い人ならその原風景を少しでも体感して覚えていてくれるきっかけになったら嬉しい」。

 

真新しくデザインも斬新な高層ビルを背景に、人間味溢れるグラフィティ・アートや壁画を訪ねて歩けば、時代を超えてシンガポールに暮らす人々の声が聞こえてきそうです。それらは色褪せるまでシンガポールの新名所となり、訪れる人を惹きつけていくことでしょう。

 

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イップさんの壁画の描写の一部。思わずつまみたくなるプラナカン菓子の鮮やかな色合いが美しい。
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クイーンズ・ストリートのビルに描かれたグラフィティ・アート。東南アジア地域のアーティストたちによる協働プロジェクトを展開するSolidarity 21が企画した。シンガポール人アーティストRACLやバンコクのアーティストらが参加している。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.303(2016年6月6日発行)」に掲載されたものです。
取材・写真:桑島 千春

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