ささやかだけれど、役に立つこと

赴任から今月でようやく丸1年を迎えたばかりで、歴代投稿者のご経験に比べるとシンガポールでの経験値はまだまだなのですが、日本での６年近くの人事経験と比較して、最初に感じた新鮮な印象を、ふたつだけ、みなさんと共有できればと思います。たったふたつ、それだけです。

ひとつめは、「人材流動」に関する驚きです。

われわれジェーシービーのお客様は、パートナーとして加盟店契約やカード会員募集を行う現地の金融機関、クレジット決済をお取り扱いいただく加盟店、そして、プラザ・ラウンジにお越しになる会員のみなさまです。私自身は担当上、現地の金融機関の方と昼夜問わずお会いする機会が多いのですが、よく驚かされるのが、「人材流動」に関する身のこなしです。おそらく特定の業界に限らないのではないかと思いますが、こちらのみなさま、同じ業界内で、いわゆる競合とされる会社でも積極的に転職されているようです。商談の冒頭は、たいてい「ああ、あなたもＢ社にいたんだ。Ｂ社にいた彼、いまはＤ社でがんばってるらしいよ」「おや、彼なら、昔、私の上司だったよ。ということは、今Ａ社にいる彼女も知ってる？」といった話題がシングリッシュで繰り広げられるのが、定番となっています。

それだけ柔軟に、キャリアアップを遂げられる人材が多いことはマーケット全体としては素晴らしいことですが、いざ、自分たちの会社の経営を考えたときには、手放しで喜べないというのが本音ではないでしょうか。私自身も、外部の話を聞くにつけ、そういった人材流動を前提にビジネスをしていかなければならないだろうと覚悟していたのですが、ふと、当社に目を向けてみますと、現地採用スタッフの在籍年数が長いことに驚かされました。当然、企業は変化を遂げ続けなければならず、平均勤続年数が長いことが必ずしも良いこととは断定できませんが、スタッフが、日々やりがいをもって明るく仕事をしている姿をみると、日系企業だからこその何かが、そこにあるのではないかと感じました。意思決定に煩雑な手続きが伴ったり、本部とのやりとりに時間が割かれたりと、改善すべき点は山ほどありますが、われわれが気付いていない、ときに家族のような一体感が、魅力なのかもしれません。シンガポールのマーケットにおいて、われわれ日系企業だからこそ醸し出せる空気感に着目していきたいですね。

もうひとつは「傾聴」に関する話です。

よいチームワークの大前提は、メンバー同士でコミュニケーションがしっかり取れていること。これは、洋の東西を問わず大切なことですが、こと言語が異なる環境において、いかにそれを実践するかは、海外で働く誰しもが直面する課題ではないかと思います。とくに私の場合、海外赴任は晴天の霹靂でしたので、言語の面からも、その戸惑いたるや大きなものでした。ところが、案ずるより産むが易し、いざ日々のビジネスにおいて、知らず知らずのうちに、実践していることがありました。それが「傾聴」です。各企業のみなさまには釈迦に説法でしょうが、人事部時代、面談やメンバーからの相談の際、最大のポイントとなるのは「傾聴」だということを教わりました。とにかく、積極的に耳を傾けること。ついついしゃべりすぎてしまうキライのある私のような人間にとっては、なかなか酷でしたが、それが英語でとなると、話は別。相手の発言を聞き取ろうと必死なので、自然と「傾聴」に徹しているわけです。

赴任数ヶ月目のある日、メンバーから悩みを打ち明けられ、冷や汗をかいたことがあるのですが、とにかく一所懸命、聞き役に徹し、ペラペラとしゃべりすぎなかったこと（正確には、ペラペラしゃべる語学力が伴っていなかっただけですが……）が功を奏し、その後も、モチベーション高く、仕事に取り組んでもらっています。ケガの功名ともいえますが、知らず知らずに、コミュニケーションの原理原則を実践していたわけです。行間を読み取るコミュニケーションができないことが、むしろ、意思疎通を明快にしたようです。

以上、私自身のつたない経験ではありましたが、シンガポールへ進出する日本企業が増えている昨今、改めて、われわれ日系企業、そして日本人だからこその魅力を再認識するきっかけになれば幸いです。今後も、新鮮な体験は続きそうですが、とにかく前向きに捉えていこうと思います。