シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP第1話:「海運ハブ」シンガポールの誕生

Vessel Manager 令官の海事点描

2014年11月3日

第1話:「海運ハブ」シンガポールの誕生

シンガポールの海を見つめていると、たくさんの船が停泊している光景を目にすることがあると思います。この国の海運産業を肌で感じることが出来るのではないでしょうか。シンガポールは何故、そしてどのようにして海運産業を発展させて来たのでしょうか。これにはシンガポールの地理と歴史、また政府政策に関係があります。

 

荷物の中継地点として

シンガポールはその地理的位置から、欧州/中東、東アジア、豪州の貿易中継地点としての役割を担うことができ、もともと海運産業国としての素地が備わっていたと言えます。事実、現在シンガポールで取り扱われるコンテナの約85%は「トランシップ」として、シンガポールで一旦荷揚げされた後に、その荷物が別の船に積み込まれ、最終の送付先へと向かいます。すなわち、シンガポールはその荷物の中継地点となっているのです。

 

生き残り策としての貿易立国

一方、発展を遂げた歴史的背景としては、イギリス東インド会社のトーマス・ラッフルズ卿の上陸がエポックメイキングでしょう。ラッフルズ卿の上陸後、イギリスの植民地となったシンガポールは、欧州とアジア貿易の中継地点として、また、同じくイギリスの植民地であったインドやオーストラリアと中国大陸との貿易などで発展していきます。しかしその後、その重要性ゆえに、世界大戦の波に飲み込まれることとなってしまいます。

大戦後は脱植民地としてマレーシア連邦が結成されますが、マレーシア中央政府とシンガポール州の関係は良好とは言えず、1965年、結果的に袂を分かつような形でマレーシア連邦から独立することになります。

このような状況下での独立であったため、リー・クアンユー初代首相は、シンガポールの生き残り策として、貿易立国、また海運拠点としての海事政策を打ち出したのでした。

 

優れた海事政策

このような歴史的背景があったことからも、シンガポール政府は戦後、一貫して海事政策に力を入れてきました。1970年代にシンガポール船籍の船に対して設けられた税制優遇制度に始まり、現在も様々な政策を実施しています。

 

主なものとしては、以下の4点が挙げられます。
(1)海運の拠点としてのハブ港
(2)シンガポール船籍制度
(3)シップファイナンス、海運税制優遇措置
(4)海運関連人材育成

(1)ハブ港として港湾事業では民営のPSA(Port of Singapore Authority)の一元管理のもと、港湾管理にITを積極的に活用して、手続きの簡略化、迅速化を行い、また24時間運営を実施するなど、質の高い港湾サービスを提供しています。また、法令・規制の制定、航海安全、港湾環境など制度面をMPA(Maritime and Port Authority 海事港湾局)が担うことで、PSAは港湾事業へ専念できます。これは官民の上手な住み分けが出来ている良い例とも言えるでしょう。

(2)(3)シンガポール船籍制度やファイナンス、税制優遇措置としては、(シンガポール船籍の)船から得られる収入の免税措置(Singapore Registry ship)や、船舶を所有、運航、管理する海運関連会社自体への収入免税措置(MSI-AIS、MSI-ML、MSI-SSS制度 他)が多様に設けられています。単にシンガポール船籍の船を増やすばかりでなく、加えて海運関連企業自体をシンガポールへ誘致することで、さらにシンガポールの海運産業を発展させるよう税制を整えています。

(4)海運関連人事育成については、Maritime Cluster Fund(企業や個人が海事関連開発の援助を受けたり、授業料補助、奨学金制度などを設けている)に見られるように、未来の港湾事業や海運事業へ従事する人材を育成すべく国家的に力を注いでいます。

今日のシンガポールの海運産業が確立し、発展を続けるのはその地理的優位性に加え、歴史的な背景、またこれを踏まえた政府のたゆまぬ努力があると言えるでしょう。

 

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文=令官史子(れいかん・ふみこ)

日本郵船グループのNYK SHIPMANAGEMENT PTE LTDでVessel Manager(船舶管理人)や就航船管理の業務にあたっている。2013年の来星までは、約9年間新造船業務に携わった。
九州大学工学部船舶海洋システム工学科卒業、同大学院都市環境システム工学専攻。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.268(2014年11月03日発行)」に掲載されたものです。

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