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座談会

2017年7月26日

シンガポールでの人事考課制度のあり方とは?

AsiaX:今回の座談会のテーマは人事考課です。アドバイザーとして、人事考課制度の構築・運用サポートなどを手がけるあしたのチームシンガポールの田尾さんにお越しいただくとともに、各企業・団体の人事のご担当者様にお集まりいただきました。それではまず、組織における人事考課の重要性について、田尾さんにご説明いただければと思います。

 

田尾:人事考課は、組織と従業員が互いに対して何を求めているのかを明確にし、双方をつなぐための共通言語といえます。従業員は人事考課を通じて、自分が何をすれば評価され給料が上がるのかを理解することができます。組織を運営していくうえで人事考課はなくてはならないルールであり、憲法のようなものといえるでしょう。

 

AsiaX:それでは、人事考課に関して皆さんの組織で行っている取り組みや、独自の工夫などについてお聞きしたいと思います。

 

池上:現在シンガポール日本人会には、パートを含め約120人の職員がいます。昔に比べて大きな組織となってきているのですが、人事考課制度については小さかった組織のままの状態なので、職員の業務のクオリティを保つため、人事考課についてはコストや時間、従業員の資質も含めて試行錯誤しているところです。

 

平松:当行のシンガポール拠点には当地で採用しているローカルスタッフが約1,000人、日本からの派遣行員が約200人在籍しています。ローカルスタッフの人事考課は、グローバルな方針に基づき、当地の規制や慣行も踏まえて人事制度を整備しており、年度初に設定した目標の達成度を年度末に評価する成果責任と、行動特性(コンピテンシー)評価を組み合わせ、総合評定を5段階評価したうえで、昇格や昇給、ボーナスへと反映させています。

 

前田:当社はITサービスをクライアントに提供しています。営業の場合、成果が数字に表れるので評価は比較的簡単ですが、技術者の場合は明確な数値目標がないため評価がしにくい面があると思っています。私が一番大切にしているのは、顧客からの声です。顧客の抱える問題を解決したことに対して、当社のエンジニアがどれだけ感謝の言葉をいただけるかが大事だと思っています。

 

嘉藤:私は昨年5月にシンガポールへ赴任しました。評価基準を策定するため、人事考課に関する本も何冊か読みましたが、さまざまな人種、年齢の社員がいる中、何が正しいやり方なのか結局答えは出ませんでした。いろいろ試行錯誤して出した結論は、「人種や年齢に関係なく、とにかく公平に評価しよう」ということです。
例え勤続年数が長くても、相応のパフォーマンスを出せなければ評価の対象にはなりません。一方で、この人がいなくなったら困るという人に対しては、それなりの待遇を用意することが必要だと思います。

 

田尾:人が人を主観で判断する以上、完璧な人事考課はあり得ません。公平かつ透明で皆が納得できるルールを策定し、経営者の強いリーダーシップのもとで運用しながら改善を繰り返していくことが必要になります。「頑張れば自分の承認要求が満たされる」と社員が判断すれば、その人はより努力するようになります。一方で「この会社ではサボれない」と思って辞めていく人もいるかも知れませんが、健全な新陳代謝が生まれるという意味では良い事だと思います。

 

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AsiaX:優れた人事考課制度を構築することはもちろん大切ですが、制度を運用する人間をきちんと訓練すること、つまり考課者教育も必要だと思います。考課者の育成について、どのように取り組んでいけばいいのでしょうか。

 

池上:考課者教育は日本人会でも課題のひとつです。外部の講習会などにも参加してもらっていますが、人事考課のスキルは一朝一夕で身につくものでもありません。担当者にもしっかり噛み砕いて理解してもらい、レベルを上げていく必要があると考えています。

 

平松:人事考課者の育成は重要な課題と捉えており、当行では2つのことを実践しています。1つ目は、役職ごとに「期待する行動要件」を明確に定義し、スタッフ全員に開示しています。常に職階ごとの期待要件と実際のスタッフの行動特性を比較することで、足元の業績だけに捉われないコンピテンシー評価の実現を目指しています。
2つ目は、キャリブレーション(相互牽制による評価調整)の実施です。人事セクションの中にBusiness Partnerと呼ばれる担当を配置、現場の上司とその担当者が、評定決定前にキャリブレーションを実施し、最終評定が現場管理者によって過度にばらつかないような仕組みを導入しています。
こうした手法は、スタッフに対して公明正大で透明性のある人事評価を提供する効果があるだけでなく、考課者自身の評価方法に気付きを与えるとともにスキル向上に大きく寄与しています。

 

田尾:考課者を育てるには、その人の評価結果に関するデータをしっかり分析することが効果的です。データを分析することで「この人の評価は甘くなりがち」とか「ある従業員について、成果が出ていないのに評価が高い。これは考課者が好き嫌いで判断しているからではないか」など、さまざまな課題が見えてきます。
適正な評価ができていないと思われる人には、必要に応じて研修を受けてもらい、組織の評価基準への理解を深めてもらうといった取り組みをすべきでしょう。その人には、評価される従業員とも定期的に面談してもらい、座学と運用の両面からレベルアップを図っていくことが必要です。さらに、その評価が適切かどうかを上層部に判断してもらうといったプロセスを繰り返さなければ、考課者も育ちません。

 

嘉藤:マネジメント側と社員との間で、一定の距離感を保つことも必要だと思います。評価軸をしっかり定め、好き嫌いではなく公平性を重視しなければ、良い人事考課はできないでしょう。中には、自分に対する評価に納得できず離職する社員が出てくるかもしれませんが、人事考課を担当する人間はある程度割り切って考えないといけないと考えています。企業の上層部の人間はある意味で悪役にならざるを得ない、と言えるのではないでしょうか。

 

田尾:確かに、経営者と社員は適切な距離を保つべきです。給料についても、トップが直接従業員と話し合うのではなく、透明性のある仕組みに基づいて決めたほうがいいと思います。その分トップは社長業に専念し、経営戦略や人事戦略についてしっかり考えるべきでしょう。社員ひとりひとりと向き合うには相当なエネルギーが必要ですし、感情に流されてしまうこともあり得ます。社員に適正な給料で報いることのできるしっかりした仕組みをつくり、ある程度仕組みに任せるようにしないと、組織は大きくなりません。

 

前田:当社の場合、1拠点の人数が10人以下という小さい組織なので社員との距離も近く、家庭の事情などいろいろな話が聞こえてきます。完全に無視する訳にもいきませんが、仕事への評価に関する軸をぶらさず、しっかり距離感を保ったうえで査定することが大事だと感じています。

 

田尾:1人の社員に感情を込めて寄り添った時点で不公平が生じます。全社員と同じような接し方はできないからです。仮に家庭の事情があったとしても、処遇まで考慮していたのでは適切なマネジメントはできないでしょう。

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