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シンガポールにおけるスポーツブランド勝敗の法則

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ラグビー「サンウルブズ」の応援レセプション日本人会で開催(2017年3月3日)
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元プロ野球選手の原辰徳氏の講演が、4月23日にシンガポールで開催された。またナショナルスタジアムでは、ラグビーの国際リーグ戦であるスーパーラグビーの試合のほか、7人制ラグビーの大会であるシンガポールセブンズが行われるなど、スポーツ関連のイベントが盛り上がりを見せている。シンガポールで一番人気のあるスポーツはマラソンと言われる中、各スポーツブランドは関連製品の市場シェアを拡大すべく、独自の事業展開を図っている。本稿では、主なスポーツブランドの動向を紹介しながら、シンガポールで成功するための要因を考察していきたい。

 

ナイキとアディダスが市場の3分の1を占有
非寡占型の市場は後発ブランドにも好機

図1でシンガポールと米国、日本、中国におけるスポーツウェアの市場規模と、上位ブランドの市場シェアを比較した。シンガポールの市場規模は7億6,300万Sドル(約611億円)と日本の約25分の1にとどまるが、その人口規模やスポーツ後進国と揶揄される消費環境を踏まえると驚くべき数字ではない。

 

またシンガポールでは中国と並び、米ナイキと独アディダスが市場の3分の1のシェアを占めており、米国や日本に比べて2大ブランドが占める割合が高い点が特徴である。しかしながら、その他の上位ブランドが占める割合は4ヵ国の中では最低の13.1%にとどまり、ナイキとアディダスに続くブランドの存在感が低いことが読み取れる。この点は、見方を変えれば後発のスポーツブランドが市場を拡大するチャンスを暗示しており、シンガポール独特の市場環境と多様な消費者の嗜好を十分に理解したうえで、事業展開を進めていく重要性を示唆している。

 

「ハブ国家」の市場特性を活かした出店を
スクーリング選手のスポンサー争奪戦に注目

市場シェアの拡大には店舗の数とロケーション、すなわち出店戦略が重要であることは言わずもがなであるが、シンガポールの「ハブ国家」の特性を活かして出店しているのがナイキとアディダスである。ナイキは11店舗を展開しているが、アウトレットの3店舗を除いた8店舗の内、実に6店舗はオーチャード通りを中心とする市街地に出店している。またアディダスは量販店を含めて約150店舗を島内各地に出店しているが、注目すべきはチャンギ国際空港の全3ターミナルに出店している点である。海外から年間約1,600万人が訪問するシンガポールにおいて、その多数が通過するエリアに集中して出店する2大ブランドの戦略は、インバウンド需要を取り込むことで人口550万人の小規模市場のデメリットを補う施策として参考になる。また両ブランドともに既にオンライン店舗を展開しており、確実に加速する実店舗からオンライン店舗へのシフトに対する備えも整っている。

 

さて原辰徳氏が巨人軍に在籍していた1981年から2015年にわたり、チームのユニフォームは老舗ブランドのデサント、アディダス、そしてアンダーアーマー(以下UA)の3社がスポンサーとして提供していた。アディダス以降のユニフォームにはブランドのロゴが入っており、後発であるが故に認知度も劣るUAに関しては、選手が着用している姿を見てブランドを認知するに至った消費者も相当数いたとみている。これらのスポンサーシップは、自社ブランドが狙いを定める潜在顧客に好感的に認知され、来店を促したうえで商品を購入してもらい、最終的にはロイヤルユーザーになってもらう過程で重要な役割を担っており、ブランドマーケティングの一環としてシンガポールでも各スポーツブランドが積極的に展開している。

 

マラソン以外にシンガポールで人気があるスポーツと言えばサッカー、バトミントン、そして卓球が挙げられるが、サッカーのシンガポール代表チームにはナイキが、バトミントンの代表チームには中国最大手のLi-Ning(リー・ニン)が、そして卓球の代表チームにはアシックスがこれまでに用具を提供している。また日本のヨネックスは過去40年以上にわたってシンガポールのオリンピック委員会のスポンサーを務めており、2020年の東京五輪までは代表選手団のウェアを提供することが決まっている。

 

様々なスポンサーシップの中でも特筆したいのが、アジア最大の総合格闘技団体ONE Championship(ワン・チャンピオンシップ、以下ONE)に対するUAのスポンサーである。2011年に日本人とタイ人の親を持つ起業家によって設立されたONEは、昨年には政府系投資会社から出資も受け入れ、シンガポールを拠点に拡大路線を突き進んでいる。一方で、2014年にシンガポールに進出してから着実に成長を遂げ、4月にはオーチャード通りに旗艦店を開店したUAは、東南アジアの4ヵ国で昨年開催されたONEのイベントスポンサーを務めたことで、新興市場の潜在顧客に対して大きなアピールができたとみている。

 

さらに興味深いのは、昨夏のリオ五輪でシンガポール史上初の金メダルを獲得した競泳男子のスクーリング選手が、5月にシンガポールで開催されるONEの大会にセコンドとして参戦する点である。現在米国の大学に在籍する同選手は、NCAA(全米大学体育協会)の規定によりスポンサーからの資金提供を禁じられているが、卒業後は数億円単位の争奪戦が予想される人気アスリートの登用は、ONEを通じて将来の広告塔に接近を図るUAの「青田買い的」な思惑とみえなくもない。

消費者目線に立った商品政策の推進を
販売チャネルの巧拙はブランドの体現を左右

多数のスポーツブランドが限られた市場のパイを競い合っている状況では「マーケットイン」に立脚した商品政策、すなわち消費者の顕在的なニーズや潜在的なウォンツを基に商品を開発し、店頭での品揃えや陳列に反映していくことが一段と重要になってくる。しかし商品の情報不足や選択肢が多すぎるが故に、消費者自身が何を求めているのか具体的に理解していないケースも存在するため、ブランド側は積極的かつ明確に商品のバリュープロポジション(提供価値)を発信していく必要がある。

 

ナイキがムスリム女性のアスリート向けに開発したスポーツ用のヒジャブや、外国からの訪問客を狙ったと思われる「新加坡」のロゴ入りご当地Tシャツ、また「ランニング」、「トレーニング」、「ライフスタイル」と利用シーンごとに選びやすく構成されたナイキの売場は、いずれも消費者目線に立った商品政策の一例と言える。

 

またナイキは、シンガポールの小規模なスポーツ専門店への商品の供給を今年1月から停止することを表明しているが、その背景には物流費の削減といったオペレーション上の改善のみならず、大規模専門店やオンライン店舗に限定して商品を流通させることで店頭でのブランドイメージをコントロールし、結果的に顧客体験を高める狙いがあったと考えている。

 

独自に複数ブランドを揃える小売店に人気
後発ブランドは事業モデルを再検討する必要

さてここまでスポーツブランドを主体に動向をみてきたが、独自のコンセプトに沿って複数ブランドの商品やサービスを提供する小売店も市場での存在感を高めている。例えば、ランニング用品の専門店「running lab」では、海外のアスリートに人気があるブランド商品の販売に加えて、ランニングマシンで商品を試用できるサービスを提供している。またスニーカーのセレクトショップ「Limited Edt」や「The Social Foot」では、コラボや海外モデルに力を入れた品揃えをしている。これらの小売店は、ナイキやアディダスなど単一ブランドの店舗と同等、もしくはそれ以上の集客に成功しており、消費者に対する「専門性」、「希少性」、「顧客体験」の提供を軸に、今後スポーツブランドが参考にすべき要素を含んだ展開を図っている。

 

シンガポールにおけるスポーツブランドは、自社のみで展開、自社とディストリビューターで共同展開、ディストリビューターが展開、の3つの流通形態に大きく分けられるが、自社のみで展開する形態を除き、これまで考察してきた店舗戦略、スポンサーシップ、商品政策、そして販売チャネルで成功するには、ディストリビューターの手腕が肝要となる。しかし本来であれば、二人三脚で事業を推進すべきディストリビューターが複数ブランドを取り扱っているために、自社ブランドのポテンシャルが十分に発揮されていないケースなど、ディストリビューターの能力に懸念があるのも事実である。

 

後発のスポーツブランドにとって市場拡大のチャンスにあふれるシンガポールであるが、チャンスをものにするためには、自社ブランドが効果的に消費者に伝わり、目標とする売上に結び付いているかを冷静に見直し、自社展開への切り替え、またはディストリビューターの再選定も含めて、事業モデルを再検討する時期に差し掛かっている。